WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)など世界大会で日本のプロ野球選手が戦う際、バントや盗塁といった細かいプレーを駆使する「スモール・ベースボール」が有効だという考え方があります。実際どうなのか? 日本のプロ野球球団やメディアなどに精緻なデータを提供してプレーの分析を行う企業、データスタジアムの山田隼哉アナリストに意見を聞きました。バントや盗塁の効果に異議を唱え、野球戦術を変えた本も紹介します。

送りバントはどのような場面で有効か

2023年3月8日から野球の世界大会、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)が開幕します。日本代表チームにとって最大のライバルは米国代表チームであり、また各国代表としてチームに加わるメジャーリーガーたちでしょう。

 では、どうすれば彼らに勝てるのか。日本の野球の強みは、細かいプレーを駆使する「スモール・ベースボール」にあると言われます。典型的なのが送りバントです。しかし、本当に有効な戦術なのでしょうか。

 基本的に、有効ではないとされています。バッターが出塁できる可能性を捨ててしまいますからね。アウトを1個相手に与えてでもランナーを2塁や3塁に進めたほうがいい場面は、非常に限定的です。バッターがピッチャーのときのようによほど打力が低い場面や、次のバッターが、例えば村上宗隆選手のように高確率で打ってくれそうと期待できる場合だけです。

 もちろん、状況にもよります。シーズンの打率がそこそこ高い打者でも、監督がベンチから見て「今日の調子では打てなさそうだ」と判断したり、相手ピッチャーがエース級だったり相性が悪かったりした場合で、なおかつ9回裏・同点であと1点取れば勝てるといった場面なら、バントを指示することは当然有効だと思います。

 ただ、それにしても限定的です。シーズン全体で見て、送りバントを多用することは得策ではありません。実際、日本のプロ野球を年度別で見ると、送りバントの数はどんどん減っています。日本でもそういう認識が浸透してきているということでしょう。

「アウトを1個相手に与えてでもランナーを2塁や3塁に進めたほうがいい場面は、非常に限定的」と話す山田さん
「アウトを1個相手に与えてでもランナーを2塁や3塁に進めたほうがいい場面は、非常に限定的」と話す山田さん
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ファン目線で見ていても、特にランナー1塁2塁の場面での送りバントは、失敗する確率が高い印象があります。

 そうですね。送りバントは必ず成功するわけではないので、どれくらいの確率で成功させられるかも変数になります。例えば1塁2塁の場面では3塁がフォースアウトになるので、成功の確率は下がります。猛然とダッシュしてくる一塁手やピッチャーに簡単に打球を捕られたら失敗ですね。そのあたりのリスクも、ベンチは把握しておく必要があります。

日本の野球では進塁打も重視されますね。1塁にいるランナーを2塁へ進めるためにライト方向へ打つとか。進塁打の有効性はどうでしょうか。

 バントと同じでしょう。バッターやベンチの判断としては、おそらく普通に打ってもアウトになる確率が高いので、せめてランナーを先に進めようという発想だと思います。ただ、自分のアウトと引き換えにするという意味では、やはりかなり限定的な場面においてのみ有効です。

 ただバントと違うのは、結果的にヒットになる可能性も捨てていないことですね。だから、進塁打も有効ではないとは言い切れません。この点も、いろいろな考え方があると思います。

『マネー・ボール』で野球が変わった

バントが有効ではないという考え方が広まったのは、いつごろからでしょうか。

 『 マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男 』(単行本は2004年刊。現在は文庫の「完全版」が販売中/マイケル・ルイス著/中山宥訳/ハヤカワ・ノンフィクション文庫)が読まれるようになった頃、つまり2000年代半ばからだと思います。この本の影響を受けて、野球にもっとデータ分析を取り入れようという認識が広まりました。選手の能力や一つ一つのプレー、チームの作戦を科学的に分析することで、「勝てるチーム」をつくろうと。その一環として、送りバントによって得点期待値が下がることは統計的に明らかなので、もうやめようという流れが生まれたわけです。

野球を変えた『マネー・ボール』。現在は早川書房から文庫版が販売されている
野球を変えた『マネー・ボール』。現在は早川書房から文庫版が販売されている
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 その意味では、『マネー・ボール』がもたらしたインパクトはすごく大きかったと思います。

ブラッド・ピット主演で映画にもなりましたね。貧乏で弱小球団だったオークランド・アスレチックスが、ゼネラル・マネージャー(GM)のビリー・ビーンの手腕で強豪に生まれ変わる物語でした。

 要するに、勝利至上主義なんですね。例えばビリー・ビーンの発言に、「球団は、選手ではなく、勝利を買うべきだ」というものがあります。優秀な選手の獲得を目指すのではなく、勝利を増やすために貢献できる選手をとろうと。

 では、勝利はどういう構造でできているかを考えると、得点を増やす、失点を減らすことが大事。そのためには、打率よりも出塁率を重視せよとか、送りバントは非効率な戦術であるとか、「勝負強い」と言われている選手は統計的には存在しないとか、そういう画期的な方針を次々と打ち出していったわけです。

『マネー・ボール』では、盗塁の効果についても疑問を呈しています。実際の有効性はどうでしょうか。

 盗塁は送りバントより、ずっとハイリスク・ハイリターンと言われています。バントはアウト1個と引き換えにランナーを1つ進める作戦で、それなりの確率で成功しますが、盗塁の成功率は平均すると6割5分ほど。失敗すればランナーを失う上にアウトカウントまで増えるので、すごくダメージが大きい。ただ、成功すればアウトを相手に与えることなくランナーを進められるので、バントよりもリターンが大きいわけです。

 では、盗塁が作戦として有効かどうか。大まかに、成否の損益分岐点は7割程度だと言われています。つまり、7割以上の成功率がないと、かえって得点の可能性を下げてしまうことが統計から分かっています。

それは、選手の能力によるということでしょうか。

 その通りです。選手の走塁の能力と、相手ピッチャーのクイック投法の速さとかキャッチャーの肩の強さとか。そういったものを勘案した上で、なお7割以上成功すると思えるのであれば、仕掛ける価値はあるということです。

「フライボール革命」はデータ分析から

WBCでは、各国代表チームのメンバーとして戦うメジャーリーガーが強力なライバルになりそうです。そのメジャーリーグでは、最近「フライボール革命」が起きていると言われています。どういうものですか。

 少し前まで、打球の分析は、ゴロかフライかライナーか、この3つぐらいのざっくりした分け方しかありませんでした。しかし2015年、メジャーリーグに「スタットキャスト」と呼ばれるトラッキング(追跡)データの解析ツールが導入され、例えば打球の角度も数値で表せるようになったのです。

 その数値を分析した結果、どういう角度で打球を上げればより長打になるか、さらにはホームランになるかが明らかになってきた。反対に言うと、ゴロを打つのは、得点を取る上では有効ではないと分かってきたのです。

 そこでバッターは、できるだけゴロを打たず、フライを打つことを意識するようになりました。スイングの仕方を変えたり、ボールの下側を捉えて打球を上げる練習に取り組んだり。その結果、メジャーリーグでは多くのバッターがフライを打つようになり、ホームランの数も飛躍的に増えたのです。これが「フライボール革命」です。

日本の少年野球では、「ゴロを打て」という指示をよく聞く気がします。

 少年野球でゴロが推奨されるのは、守備の能力が未熟だからです。転がせばエラーが生まれやすいので出塁の確率が上がる、と。しかしある程度のレベルになると、エラーの確率は下がるので、ゴロが有利にはなりません。だから、日本のプロ野球でも、さすがにどんな場面でも転がせという指導をすることはないと思いますよ。

「メジャーリーグでは多くのバッターがフライを打つようになりました」
「メジャーリーグでは多くのバッターがフライを打つようになりました」
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永遠のいたちごっこ

日本のプロ野球でも「フライボール革命」に取り組んでいるチームはあるのでしょうか。

 そう明言している球団はありませんが、選手個々のレベルでは広く認識されていると思います。「今年は打球の角度を○度上げたい」と具体的な数字でコメントをしたり。特にパワーがある選手ほど、打球を上げたほうが有利ですからね。

 ただ、メジャーリーグの「フライボール革命」も少しずつ進化していて、なんでもかんでもフライにすればいいという話ではなくなっています。場面に応じてライナー性の打球を打つとか、柔軟な発想に変わってきていますね。

 フライはあくまでも長打を打つための手段なので、シングルヒットで1点を取れるような場面では、無理にフライを打ち上げる必要はないわけです。それよりも、ライナーを意識してヒットの確率を上げようと。そういう指示を徹底しているチームもあります。

一方、ピッチャー側はどういう対策をしているのでしょうか。

 バッターがどんどんアッパースイングになっているので、それに対してどういう軌道のボールが有効かという研究が日々進んでいます。例えば、高いゾーンにストレートを投げ込んでボールの軌道を水平に近づけるほど、アッパースイングとの接点が少なくなって有効だとか。

 ただ、そうするとバッターももう少し上からたたくようにバットを出して対策をしたりします。このあたりはもう、永遠のいたちごっこですね。

取材・文/島田栄昭 写真/鈴木愛子