メジャーリーグでは近年、内野手を一二塁間に3人置くような極端な守備シフトを敷くケースが増えています。守備シフトはなぜ始まったのか。本当に有効なのか。日本のプロ野球球団やメディアなどに精緻なデータを提供してプレーの分析を行う企業、データスタジアムの山田隼哉アナリストに意見を聞きました。守備シフトが導入された経緯や効果が分かる本とともに解説します。
「守備シフト」は有効な作戦か
近年のメジャーリーグの試合では、極端な守備シフトがよく見られます。これはいつごろ始まったのでしょうか。
前回 「WBCでバントや盗塁の『スモール・ベースボール』は有効か」 で紹介した「フライボール革命」と同じぐらいのタイミング、つまり数年前からだと思います。投球や打球のトラッキング(追跡)データを取れるようになって野球がビッグデータ化したので、どのバッターがどういう場面でどの方向に打球を飛ばしたか、分析できるようになりました。
それが分かれば、ほぼ打球が飛ばないと考えられる方向に野手を置く必要はないよね、と。飛ぶ方向に野手を寄せて、アウトの確率を高めようということで始まったわけです。この経緯は、『 ビッグデータ・ベースボール 20年連続負け越し球団ピッツバーグ・パイレーツを甦らせた数学の魔法 』(トラヴィス・ソーチック著/桑田健訳/KADOKAWA)に詳しく書かれています。
こちらは、前回紹介した本『 マネー・ボール〔完全版〕 』(マイケル・ルイス著/中山宥訳/ハヤカワ・ノンフィクション文庫)が描いたオークランド・アスレチックスの台頭から10年以上が経過した2013年以降の話。それまで20年にわたってシーズンの負け越しを続けていたピッツバーグ・パイレーツが、突如としてプレーオフ進出を果たすほど強くなった経緯をたどります。打力に期待できないパイレーツは、守備力の強化に活路を見いだそうとします。その1つが、ビッグデータを駆使した極端な「守備シフト」だったわけです。
実際に有効な作戦なのですか。
いろいろな評価の仕方があります。リーグ全体で見た場合、極端な守備シフトを敷いたときと敷いていないときを比較すると、ヒットの確率はさほど変わらないというデータがあります。つまり、統計的に言えば、さほど有効ではないか、有効だとしてもごくわずかということになります。
ただし、個々のプレーを見ていくと、本当に一定の方向にしか打たないバッターもいるので、そのときはシフトを敷くことでヒットの確率を下げられる。要するに選手によるということですね。
もっとも、メジャーリーグでは2023年のシーズンから極端なシフトは禁止になります。試合時間短縮が目的です。バッターごとに内野手が行ったり来たりすると、そのたびに時間を取られますからね。
そこで今は、先の話の裏返しで、シフトが禁止されることによって恩恵を受けるバッターが誰なのかという分析が行われています。確かに、シフトがなくなることでヒットの確率が上がるバッターもいるでしょう。
日本のプロ野球の場合、極端な守備シフトは少ない気がします。なぜでしょうか。
一昨年あたりから徐々に増えてはいます。例えば横浜DeNAベイスターズの佐野恵太選手のように極端な左のプルヒッターが入ると、相手チームによっては内野手をライト側に集めたりしています。でも、確かにメジャーに比べれば少ないですね。
その背景にあるのは、おそらく日本のバッターはチームプレーに徹する傾向があるからだと思います。状況に応じたバッティングがうまかったり、個人の成績よりチームの成果を重視したり。
例えばランナーを1人返せば勝ちという状況で、仮に三遊間ががら空きでも、メジャーリーグの強打者なら関係なく自分本来のバッティングをする。しかし、日本の打者は、右打ちが得意でもきっちり三遊間を狙って打とうとしたりするわけです。だとすれば、守備シフトの意味はほとんどなくなりますよね。だから、よほど極端な傾向のあるバッターではない限り、シフトすべき場面がないということだと思います。
守備のうまさは見た目では分からない
守備シフトもさることながら、そもそも守備力は勝敗に大きく影響します。守備のうまい、下手はどのように判断すればよいのでしょうか。
「守備率」という数値がありますが、エラーしなかった回数を守備機会で割っただけです。記録員の主観にも大きく左右されるので、上手下手を正確に示しているとは言えません。我々もほとんど見ません。
このような見えづらい能力を分析する際に使っているのが、「セイバーメトリクス」という手法です。いろいろな定義がありますが、広い意味では野球というスポーツを客観的に調査・探求していく活動全般を指します。もう少し定義を狭めれば、野球を様々な角度から数値化し、統計的に分析して選手を評価したり、戦略立案に役立てたりしようというものです。前回も紹介した本『マネー・ボール〔完全版〕』の原点がここにある、と言えば分かりやすいでしょうか。今やメジャーリーグの全球団が取り入れています。
セイバーメトリクスの中に、守備力を評価する指標がいくつかあり、そのうちの1つが「UZR(アルティメット・ゾーン・レーティング)」です。非常に複雑なロジックで導かれる指標ですが、考え方としては、あらゆる打球を方向や速さなどいくつかの要素で分類し、リーグ全体のそのポジションの野手がどれだけアウトにできたかという平均を出して基準値とします。その上で、ある選手のプレーが基準値をどれだけ上回ったか、下回ったかを見て、それを合算することでトータルの守備力を評価しようというわけです。
その評価は、一般のファンが見た印象とは違いますか。
結構違うと思います。守備を見た目で評価するのは難しいですからね。やはりスライディングキャッチなど派手なプレーに引っ張られるので。しかし、統計的に分析すると、派手さはなくても、他の選手ならさばけなかった打球をきっちりさばいていたりすることがよくあります。だからそこは、データを使って客観的に評価することがすごく大事だと思います。
メジャーリーグの試合を見ていると、たまにとんでもないエラーがあって、実は日本のプロ野球のほうが守備がうまいのでは、と思いますが、実際どうなのでしょうか。
それは一概には言えませんね。メジャーリーガーの中で誰が優れているとか、日本のプロ野球の中で誰がうまいとかいう評価はできますが、両者を同じ土俵で直接比較することは難しいので。
ただ、イメージとしては、日本のプロ野球のほうが最低限のことをできる選手が多い感じがします。アマチュア時代から徹底して基礎の練習を行っているので、ブレ幅が少ないというか。一方、メジャーリーガーの場合は、うまい人はすごくうまいけれど、下手な人はすごく下手。本当にバッティングしか練習してこなかったような選手もいますから。その意味で、ばらつきが大きいことは考えられるでしょう。
取材・文/島田栄昭 写真/鈴木愛子