どのような人が他者から評価され、給与が上がっていくのか。時間割引率の概念から考えていく。小説家(「『このミステリーがすごい!』大賞」大賞受賞)、AI研究者(東京大学・松尾豊研究室出身)、経営者(マネックスグループ取締役)の3つの視点から山田尚史氏がアドバイスする『きみに冷笑は似合わない。 SNSの荒波を乗り越え、AI時代を生きるコツ』(日本経済新聞出版)から抜粋してお届けする。

時間割引率が高い人は損をする

 『 GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代 』(アダム・グラント著/楠木建監訳/三笠書房)によれば、取引に対する人の姿勢は三つに大別できるという。すなわち、自分が損してでも相手のために尽くすギヴァー、反対に自分が最大限得するために容赦なく搾取しようとするテイカー、そして自分と相手の損得を釣り合わせようとするマッチャーである。同書によれば、1人の人が一つに固定されているわけではなく、職場ではマッチャーだが家庭ではテイカーであるなど、場面場面で態度を切り替えるのが普通であるそうだ。そして、同書で明かされている最も重要な示唆は、社会的成功を最もしている人はギヴァー、すなわち自分より相手を得させようとする人であるということだ。同時に、最も失敗しているのもギヴァーだという。

 成功と失敗を分けるものは何かというエッセンスについては、実際に同書を読んでいただくとして、私の持論を述べると、仕事において大きく成功したいならギヴァーとして振る舞うべきである。私の周りで大きく成功している人はほとんどがギヴァーだ。ただし、もしかしたらそもそも私の周りにはギヴァーが多いなどのバイアスもありうるため、これは完全に私見でしかない。だが、お金にこだわればこだわるほど小金でとどまり、お金にこだわっていない人ほど大きなお金が入ってくる、という事象を多く目にしてきていて、私の人生哲学もそれに近いものを持っている。

 特に、最終的に損しやすいと私が感じているのは、時間割引率が高い人たちだ。時間割引率というのは、現在価値と将来価値に差をつける割合のことで、例えば今日もらえる1万円と、1年後にもらえる1万円の価値は違う、というのは直感的に理解できると思う(例えば預金や債券には利子がつくから、先にもらった方が得である)。それに対して、では1年後にもらえるのがいくらなら現在の1万円と釣り合うのか、1万1000円なのか1万5000円なのか2万円なのか5万円なのか、といった倍率の逆数が、そのまま時間割引率(*1)になる。

 私の観測範囲では、この時間割引率が高い人ほど、目の前の年収を少しでも上げようとし、時には社外のサブプロジェクトにも多く手を出し、結果として一時的に小金は稼げるのだが、5年後には一つのことを一生懸命にやってきた人に追い抜かれている。しかも、その差は2倍ですらなく、数倍、数十倍の差がつけられていることが多い。本人はなんとか得しようともがいているのだが、長期的に見れば、結果的に損しているのである。

 時間割引率が高い人は、享楽的である人か、せっかちな人か、あるいは小ずるく見える人が多いように感じる。ただしこれは原因というよりむしろ結果で、目の前のことに長期間集中できない人はせっかちに見えるし、短期的に小さな得をすることを繰り返すことに慣れてしまって、それが時には信用を毀損してでも実利を取る行為として映る人は、小ずるい人に見えてしまうのだろう。享楽的・刹那的に生きることは単なる価値観なので全く問題だと思わないが、もし成功しようとしているのに、せっかちだったり小ずるかったりする行動を繰り返してしまう人は、自制をするか、考えを改めた方がいいかもしれない。それは倫理的な理由ではなくて、単純に損だからである。

評価される人は謙虚

 ところで、ギヴァーと関連して、優秀で周囲に評価される人はとにかく謙虚である。謙虚といっても卑屈ではなく、自分はこれだけは負けないという自信も持っているのだが、一方で傲慢にはならず、世の中を客観的に、そして自分を厳しく見ている人たちが多い。そうした人たちは内心マッチャーとして振る舞っているだけでも、外見的にはギヴァー的な振る舞いとみなされやすい。例えば、人事評価のときに自分はこれだけ頑張ったから1円でも給与を高くしてほしい、と声高に主張する人よりも、自分にはもっとできることがいくらでもあったと言っている人の方がかえって高く評価され、重要なプロジェクトを任されてあっさり昇給していくこともあった。

謙虚な人の方が高く評価され、昇給することもあった(写真:DESIGN ARTS/stock.adobe.com)
謙虚な人の方が高く評価され、昇給することもあった(写真:DESIGN ARTS/stock.adobe.com)
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 改めて述べるが、私は統計的な調査をしたわけでもなく、見てきたケースから構築された持論、言うなればお気持ちを語っているだけである。この見解はバイアスにまみれているし、こうであってほしいという私の願望も含まれている。だから、この主張が常に正しいなどと言うつもりは毛頭なく、割り引いて考えてほしいというのが正直なところだ。

 だが、それにしてはあまりに似たようなケースを何度も見てきた。少しでも小金を得ようといろんなプロジェクトにいっちょ噛みしている人や、しんどいときに踏ん張れず新しい環境に移って一発逆転を狙おうとしている人、あるいはどれだけ主張しても自分が評価されないと悩んでいる人などは、一度立ち止まって、真摯に、謙虚に自分を省みたり、拙速なリターンを追い求めず、一つのプロジェクトに集中したりする方が、道は開ける……かもしれない。

*1 もしかしたら、これを100%から引いたものをそう呼ぶべきかもしれない。しかし意味するところは同じだ。
SNS上で蔓延(まんえん)する冷笑主義を乗り越え、AIで激変する社会を生き抜くために。「『このミステリーがすごい!』大賞」大賞を受賞した小説家、東大・松尾豊研究室出身のAI研究者、マネックスグループ取締役を務める経営者という著者の3つの視点からアドバイスする。

山田尚史著/日本経済新聞出版/1650円(税込み)