SNS(交流サイト)で不満をぶちまけ、多くの人から注目を集めて快感を覚える人がいる。だが、こうした行為は幸せにつながっているのだろうか? 小説家(「『このミステリーがすごい!』大賞」大賞受賞)、AI研究者(東京大学・松尾豊研究室出身)、経営者(マネックスグループ取締役)の3つの視点から山田尚史氏がアドバイスする『きみに冷笑は似合わない。 SNSの荒波を乗り越え、AI時代を生きるコツ』(日本経済新聞出版)から抜粋してお届けする。

愚痴で世間の注目を集める人たち

 SNSで文句を言うことは、何かをなすことではない。むしろ、それだけで何かをなした気になり、成功から自分を遠ざけるとさえ言える。

 SNSやネット掲示板が登場する以前は、匿名で何かに不満をぶちまけ、それを多くの人に見てもらい、しかも共感が可視化されるような手段はなかった。あえて言うなら塀への落書きなどがあたるかもしれないが、ともすれば犯罪行為で、誰もができることではない。電話や投書という手段もあるにはあったが、悪意をぶつけることはできても、広く共感されるようなことはない。第一それには特定の相手が必要で、「世の男(女)どもは~」といった主語の大きな話の行く先はなかった。

 それが今や、(誹謗中傷などでない限りは)犯罪にあたらない形で、匿名で簡単に自分の意見を世に問うことができ、しかも同じ思いを抱えた者が世界中から集まってくるような世界になってしまった。酔っぱらって帰宅した夫の愚痴を「夫、ありえん!」と書けば、1時間以内に数多くの賛同と慰めを得られるだろう。そのことは本能的に、自分は多くの注目が向けられた重要人物だと感じさせる。100人、1000人以上から注目される機会など、日常生活ではめったにないだろう。その快感が忘れられず、日常的に愚痴を投稿するようになっても不思議ではない。だがその道は、本当に幸せに続いているのだろうか。

 本来であれば、例えば夫婦間のいさかいは当事者間で解決すべきだろう。それができたらそうしている、という話もあるので一概には言えないが、こうした発信が問題を解決から遠ざけてしまうかもしれない。

SNSであなたに届く言葉は偏っている

 SNSで見られる事象の一つとして、エコーチェンバーというものがある。エコーは反響、チェンバーは小部屋といった意味で、自分が言った言葉がそのまま反響するような部屋、ということだ。SNSでは、フォローやフォロワーといった概念があり、例外はあるが傾向として、意見も近しく似たような属性の人がフォローし合っていることが多い。そうでなくても、日頃つながりがある人に対して、それは違うよとわざわざ否定的な意見をする人は少ないだろう(それを繰り返すと、フォローが外されるかブロックされると思う)。そうした事情が積み重なって、何か意見を言ったとき、同じような意見が周囲から反響のように浴びせられ、やはり皆も同じ意見だ、自分は正しいと確信を深めてしまう。実際の世の中全体から見れば、そのコミュニティはごくごくわずか一部であるにもかかわらず、である。

 同様に、フィルターバブルというものもある。もともとはイーライ・パリサーが『The Filter Bubble:What the Internet Is Hiding from You』(邦訳は『閉じこもるインターネット グーグル・パーソナライズ・民主主義』井口耕二訳/早川書房)で提唱した、検索エンジンに関する概念だ。

 SNSの目的は、“あなたの耳に痛いが、ためになる情報”を提供することではない。あなたが心地良く、エキサイティングな情報に触れ、なるべく長くSNSに触れ続けるように設計されている。だから、アルゴリズムで推薦されるのは、あなたにとって聞こえのいい言葉ばかりである。それに、あなたが意図的に選別を行わない限り、あなたがフォローしているユーザーは、あなたに似た意見を持っていることが多いのは先ほど述べたとおりだ。これは同書で言うところの「ユーザーは次第に自分の考えと対立する観点の情報に触れることができなくなり、自分自身の情報皮膜の中で知的孤立に陥る」という状況に酷似している。2011年に検索エンジンについて語られた文言だが、現在のSNSでも近しいことが起きていることが分かるだろう。

 こうした情報の無意識な選別や、特定コミュニティからの反響により、仮に正すべき意見を持っていたとしても、それを省みることなく逆に強化されてしまうというのが、SNSの危うい点の一つである。そうした意見を強固に持つことは、往々にして、パートナーとの問題解決を困難にするだろう。

技術に善悪はない。どう使うかが重要

 誤解してほしくはないが、私は、こうした発信や交流ができるようになったこと自体はいいことだと考えている。あるいは、百歩譲って、いいも悪いもないと考えている。テクノロジーが人々の生き方を変えるのは避けられないことだし、私もその片棒を担いで生きてきた。ただ、その使い方を誤って、不利益を被っている人もいるだろうということだ。

SNSのアルゴリズムで推薦されるのは、あなたにとって聞こえのいい言葉ばかりだ(写真:beeboys/stock.adobe.com)
SNSのアルゴリズムで推薦されるのは、あなたにとって聞こえのいい言葉ばかりだ(写真:beeboys/stock.adobe.com)
画像のクリックで拡大表示

 真偽は不明だが、テックカンパニーの創設者であるビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズは子供にスマートフォンやiPadの使用を禁止していたという逸話がある。スマートフォンは非常に利便性が高く、それがどれほどの便益を人類にもたらしたか、今さら語る必要はないだろう。一方で、それは使いすぎれば害になる。アンデシュ・ハンセンのベストセラー『 スマホ脳 』(久山葉子訳/新潮新書)を引き合いに出すまでもなく、スマートフォンが脳にどれだけ悪影響を与えるかという言説は、枚挙に暇がない。それでも我々は、スマートフォンを使い続けている。悪影響の全てがデマだからではない。もはやそれなしでは社会生活を送れないからである。だからこそ、コントロールしながら使う術を学ぶ必要がある。

 SNSも同様だ。ここまでSNSについて、負の側面を強調してしまったが、だからといってSNSは悪ではない。エンターテインメントとしても、意見の発信場所としても、それを必要とする人はきっといるはずだ。だが、スマートフォンと同様、付き合い方は重要で、薬も過ぎれば毒になるということだ。

SNS上で蔓延(まんえん)する冷笑主義を乗り越え、AIで激変する社会を生き抜くために。「『このミステリーがすごい!』大賞」大賞を受賞した小説家、東大・松尾豊研究室出身のAI研究者、マネックスグループ取締役を務める経営者という著者の3つの視点からアドバイスする。

山田尚史著/日本経済新聞出版/1650円(税込み)