中国への半導体輸出規制など、米国は自分たちが過去に築いた知的財産やドル決済システム、金融・情報ネットワークなどを武器化して、自国の目的を達成するための脅しの道具として使うようになってきた。米国の政治学者ヘンリー・ファレルとアブラハム・ニューマンの最新刊『 武器化する経済 』では、その経緯が詳細に描かれている。同書の解説を執筆した鈴木一人・東京大学政策大学院教授に、米国による経済武器化の真意と日本への影響について聞いた。その前編。(聞き手は沖本健二=日経BOOKSユニット編集委員)

「政治と経済は別」はもはや過去の話

今なぜ、米国による経済の武器化が進んでいるのか。その背景について教えてください。

鈴木一人氏(以下、鈴木):人間の歴史の中では、経済というのはいつも武器だったんですよ。例えば、豊臣秀吉の兵糧攻めや水攻め、ナポレオンの大陸封鎖、さらには第2次世界大戦前のABCD包囲網もその例です。

 このように経済は古くから武器として使われてきたのですが、第2次世界大戦後、それはよくないことだといわれるようになった。戦前のABCD包囲網やブロック経済など、政治が経済に関与し、経済を道具として使えば、国家間の関係に非常に大きなフリクション(摩擦)を生み出し、戦争を誘発する。言い方を変えれば、国家が経済に手を入れれば入れるほど、戦争のリスクが高まるので、国家は経済から手を引くべきだというのが、世界の流れになった。その結果、生まれたのが、GATT-IMF体制や自由貿易でした。経済的なロジックを優先させながら、政治的な対立があってもそこには関与しない。

鈴木一人(すずき・かずと) 2000年英国サセックス大学大学院ヨ-ロッパ研究所現代ヨーロッパ研究専攻博士課程修了。00~08年筑波大学大学院人文社会科学研究科で専任講師・准教授、08~20年北海道大学公共政策大学院で准教授・教授。12~13年プリンストン大学国際地域研究所客員研究員。13~15年国連安保理イラン制裁専門家パネル委員。20年から東京大学公共政策大学院教授、22年から地経学研究所長(ともに現職)。内閣府宇宙政策委員会委員(宇宙安全保障部会長)、日本安全保障貿易学会会長、国際宇宙アカデミー正会員、日本国際問題研究所客員研究員なども兼任。(写真:品田裕美、以下同)
鈴木一人(すずき・かずと) 2000年英国サセックス大学大学院ヨ-ロッパ研究所現代ヨーロッパ研究専攻博士課程修了。00~08年筑波大学大学院人文社会科学研究科で専任講師・准教授、08~20年北海道大学公共政策大学院で准教授・教授。12~13年プリンストン大学国際地域研究所客員研究員。13~15年国連安保理イラン制裁専門家パネル委員。20年から東京大学公共政策大学院教授、22年から地経学研究所長(ともに現職)。内閣府宇宙政策委員会委員(宇宙安全保障部会長)、日本安全保障貿易学会会長、国際宇宙アカデミー正会員、日本国際問題研究所客員研究員なども兼任。(写真:品田裕美、以下同)
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 もう1つは、第2次世界大戦後、冷戦構造が出来上がって、2つの異なる経済体制、つまり、「自由主義市場経済」対「共産主義計画経済」のどちらが優れているのかの争いがあった。

 したがって、第2次世界大戦後、冷戦の間は西側諸国において自由貿易、つまり、国家が経済に介入せず、国内でもグローバルでも経済を自由に発展させるという考え方が長らく定着した。結果的には冷戦において、共産主義が滅び、経済体制としては市場経済のほうが優れていることが証明された。もちろん市場経済にも様々な問題はありますが、それでも共産主義計画経済よりはちゃんと経済を回している。冷戦の終結後、自由貿易や市場経済のメカニズムはさらに拡大していった。その象徴が2001年の中国の世界貿易機関(WTO)加盟でした。

 グローバル化の時代というのは、政治が経済に介入しない、言ってしまえば、国家の存在感がない時代です。この頃は、政治的な対立がある国、例えば、中国やロシアに対しても、自由に投資をしたり、経済的に関与したりすることについて、ビジネス上のトラブルはあまりなかった。もちろん、いろんな規制の問題はあったけれど、それもなくなっていく方向にあった。

 ところが、これが大きく変わってきたのは2010年代に入ってからで、さらに米国はトランプ大統領の登場(2017年)により、国家と経済の結びつきを強化するプロセスを加速させていった。それまで相互依存が当たり前だった世界、サプライチェーンをグローバルで自由につくり上げていく世界、世界中のどこにでも投資をし、お金が回る世界が変容していった。

 その背景に何があるかというと、1番大きいのは、このグローバル化の闇が深くなったということです。

グローバル化の恩恵を得た中国、損をした米国

「グローバル化の闇」というのはどういうことですか?

鈴木:グローバル化によって経済が自由に発展すると、貧しい人たち、貧しい国も豊かになっていきます。中国はその典型ですが、グローバル化はとりわけ途上国に便益をもたらした。ところが、これで割を食ったのが、実は先進国なんです。

 つまり、先進国で生産をするコストがどんどん高くなっていく。グローバル化が進むと、海外に工場を移転したり、グローバルなサプライチェーンに依存したりするようになる。それまで国内で守られてきた、ないしは、国内で完結していた生産のメカニズムがグローバルに開いていくわけです。そうなると、コストがより安いところ、より生産性の高いところに投資はシフトしていく。結果として、例えば、重厚長大といわれる鉄鋼や造船は、日本から韓国、そして、中国へとシフトしていきます。ここで何が起こるかというと、日本の造船所が潰れ、韓国に造船所ができ、次に韓国の造船所が潰れて中国に造船所ができることになる。

 要するに、米国や日本、韓国は、そこで生まれた雇用がなくなっているわけです。グローバル化によって自分たちの生活が奪われ、自分たちの生活が惨めになっていくという感覚が強まっていく。その原因はどこにあるのかというと、例えば、雇用を奪っていったのは中国であるとか、他国に対して恨みみたいなものが強まっていく。結果的に、グローバル化が悪い、自由貿易はダメなんだという言説が強まっていくわけです。

 そうなると、自分たちの経済を守るために、より雇用を生み出すような動きが出てくる。米国でいうとCHIPS法やインフレ抑制法(IRA)によって補助金を付けて、産業を呼び戻したり、自分の国に投資を増やす仕組みをつくったりしていかなければならなくなる。と同時に、他国が自分たちを脅かすような産業をつくることを止めなければならない。そうすることによって、「武器化した経済」が進んでいきます。

 ファレルとニューマンの著書『武器化する経済』の原書タイトルは「アンダーグラウンドエンパイア(直訳すれば、地下帝国)」です。それが意味するのは、これまで目に見えなかった国家が持っている力、例えば、規制や知財のコントロール、金融やインターネットなどのネットワーク化された経済などを武器にして、国家が持つ権限を使って他の国に対して圧力をかける時代が、自由貿易の終わりとともにやってきたということです。

 それまでの自由貿易の枠組みの中では、国家が経済を武器にすることは望ましくないとされていたが、自由貿易やWTOのルールは無視していいとなれば、今度は、国家が自分の地政学的な目的、国家戦略的な目的、安全保障上の目的で、様々な経済的な手段を使って、他国に圧力をかけることが可能になります。

 ですから、ここまでの話をまとめると、グローバル化が進んだことによって経済の相互依存が深まり、相互依存が深まった結果、それを武器にすることができるようになった。つまり、他国から何かを依存されている場合、その依存を断ち切れば相手は苦しむ。相互依存関係が深まったというのが必要条件です。もう1つの重要な条件は、自由貿易の枠組みや原則を無視できるようになったことです。その結果、自分たちの戦略的な目的を実現するために経済を武器として使う時代がやってきた。こういう流れなんだと思います。

機能不全に陥ったWTO

自由貿易の枠組みや原則を無視できるようになった理由は何ですか。

鈴木:自由貿易を促進してきたWTOには紛争解決メカニズムがあり、上級委員会という、いわばWTOの裁判所が機能することで、WTOのルールに強制力が生まれていました。ところが米国は、WTOの上級委員の任命を拒否しているため、裁判所が機能しなくなっています。

 加えて、自由貿易や国際的な経済秩序のルールというのは、関連する国々にルールを守ろうとする意思がないと機能しないのですが、米国はその意思をなくしていることが挙げられます。

 一方、中国は自由貿易によって最も利益を得た国なので、まだ自由貿易をやめるつもりはないのですが、米国が経済を武器として使うようになったため、中国も受けて立つ形で、力によって対抗するようになってきています。大国がコミットしなければ、自由貿易のルールは維持されません。結果として、自由貿易が終わりを告げることになったわけです。

米国は中国の追い上げなどで、経済面では以前のように圧倒的優位な状況ではなくなってきています。自由貿易やグローバル化によって米国の強さは相対的に低下していったが、覇権を維持するために、自由貿易に背を向け、過去の遺産を掘り起こして使える武器はないかと探し、かつて築いた知財や金融・情報ネットワークなどから新しい武器をどんどん編み出していると感じるのですが。

鈴木:その通りだと思いますね。経済の武器化は、対象となる国との間に相互依存関係が成立していないと効果がありません。そして、これまで相互依存を成立させるような世界経済のインフラを整えてきたのは米国です。インターネットなどの通信ネットワークであれ、クラウドサービスであれ、金融ネットワークであれ、基軸通貨のドルであれ、米国は覇権国としてそれらの国際公共財を提供してきたわけです。

 こうした国際公共財があるからこそ、みんなそれに乗っかって、例えば、米国とは関係ない2国間での貿易もドルで決済するとか、インターネットや半導体の基本技術、クラウドサービスなど、米国が提供してきた国際公共財で、世界の国々が利益を得てきた。

 ところが近年、米国は、それを公共財ではなく自分たちの私有財として使うようになってきている。つまり、「これは俺のものだ」と。そして、「もしこれを使いたいのなら、ちゃんと言うことを聞け」と言って条件を付け始めた。これまで無料だった道路が、ある日を境に「ここは私道なので料金を取ります」あるいは「言うことを聞かない国は入れません」と言って料金所を設置したわけです。

 誰でも使えるという前提がなくなり、米国にお金を払ったとか、米国の仲間でなければ使えないようにし、それまでの公共財を米国が権力を行使するための道具にしたというのが、現状です。

 武器化した経済というものが、米国特有の現象であるのは、それまで様々な公共財を提供し、相互依存を深めていったのが米国だったからです。自由貿易体制をつくったのは米国なので、この武器を最もたくさん持っているのも米国です。

 国際公共財というのは、本来、米国が覇権を握るために、世界の国々に提供してきたものでしたが、今や、米国はそれを私有財として使い始めたということが、重要なポイントだと思います。

米国はなぜ考えを変えたのですか。

鈴木:米ソ冷戦のときは、公共財を提供することによってソ連や東側と対抗するという大きな目的があった。自分たちの優位性、つまり西側諸国の資本主義、市場経済、自由主義が優れているものだと見せなければいけなかった。だから、米国はその私的な目的、つまりソ連に勝つという目的のために公共財を提供してきた。その他の国々は、これをあたかも天から降ってきた恩恵のように受け取っていたわけです。でも、それはもともと米国の目的のために用意された公共財ですから、米国の目的が変われば、当然公共性もなくなります。

 そもそも国際社会に公共財というものはありません。これまで公共財として機能してきたのは、たまたま米国がそれによって利益を得ると思っていたからです。

 ところが、公共財を提供して、グローバル化が進んで、相互依存が進むと、どうやら一番損をしているのは米国じゃないかという話になった。そこで、もう公共財として提供するのはやめて、自分たちの目的が変わったから、そのために使わせていただきます、となったわけです。

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(後編に続く)

米国は、自国の企業が開発した先端技術や、インターネットや金融のネットワーク、ドル決済システムなどを、他国に圧力をかける武器として、あからさまに利用するようになってきています。なぜ、米国は自由貿易に背を向け、経済の武器化に突き進んでいるのか? 気鋭の政治学者である著者2人が、経済安全保障と地政学の両面から、世界情勢の真実と近未来を読み解きます。

ヘンリー・ファレル、アブラハム・ニューマン(著)、野中香方子(訳)、日経BP、2750円(税込み)