政治学者ヘンリー・ファレルとアブラハム・ニューマンの最新刊『 武器化する経済 』によると、米国が経済を武器化して威圧する相手は、中国やロシアなどの敵対国だけではない。日本などの友好国もその対象になるという。特に、日本は、経済面でも安全保障面でも米国に依存しており、例えば、再びトランプ氏が大統領になれば、経済武器化により多大な損害を被る恐れがある。同書の解説を執筆した鈴木一人・東京大学政策大学院教授に、経済武器化時代に日本と日本企業が取るべき対応について聞いた。(聞き手は沖本健二=日経BOOKSユニット編集委員)
(前編「鈴木一人・東大教授『自由貿易に背を向け経済武器化に突き進む米国』」から読む)経済武器化で損害を被るのは競争力のある企業
グローバリゼーションの時代は、政治的な対立があっても経済と政治は別であるとされ、世界の国々と自由に取引できました。その結果、企業は自由に効率を追求することができ、サプライチェーンが世界中に張り巡らされました。しかし、そうした時代は終わり、これまでグローバリゼーションで大きな利益を得てきた企業は、リショアリングやフレンドショアリングなどに取り組んでいます。経済の武器化がますます進む中で、日本企業が生き残っていくために重要なことは何でしょうか?
鈴木一人氏(以下、鈴木):「経済の武器化」と言うとき、「武器」となるのは、国ではなく企業がつくり出したものです。つまり、半導体技術などの知的財産や金融ネットワーク、クラウドのシステムなどで、米国は、自国の企業が頑張って開発して生み出した技術や製品、国際競争力をいわば乗っ取って武器化し、輸出規制などに使っているわけです。
例えば、米国は2022年10月に先端半導体と半導体製造装置の中国への輸出を制限する規制措置を導入し、日本にも同じように規制するよう政府に要請してきました。日本には、半導体製造関連で高いシェアを誇るメーカーがたくさんあります。これらの企業には、米国の再輸出規制(米国由来の製品や技術が一定割合含まれる場合は、「エンティティー・リスト(EL)」の掲載企業と取引ができなくなる)に引っかからない、自分たちで努力して開発した技術や製品がある。それらが米国の規制を受けずに自由に中国に出ていくと、米国の対中輸出規制の効果が薄れるため、日本政府になんとかしろと言ってきたわけです。
企業は、自助努力で再輸出規制が適用されない独自製品をつくってきたわけですが、この努力をすればするほど、あるいは、世界で唯一無二のものを開発すればするほど、米国の武器にされる恐れがあるというのが今の状況です。これは企業にとってものすごく不幸なことだと思うんですね。
例えば、イランや北朝鮮に核兵器をつくらせないためというのだったら、企業は喜んで協力するはずです。イランや北朝鮮の経済の規模は、そこに物を売らなくても困らないぐらい小さなものですから。ところが、相手が中国となると、市場規模の大きさからして、そこに輸出するなと言われると困るわけですね。けれども、企業がその要求から逃れる方法はないんです。権力を持っているのは政府ですから、企業はそれにあらがうことはできない。
結局、企業は技術を磨けば磨くほど、国家間での争いの武器になってしまう。だから、「武器化する経済」というのは、実は日本にとってみるとすごく不幸なことです。
ファレルとニューマンの著書『武器化する経済』にもあるように、米国はここ数年、他国、特に中国に対して、半導体技術など企業が開発した知財などを武器として使っていますが、それによって損害を被るのは日本の、しかも競争力のある企業なんです。
求められるワシントン・インテリジェンス
技術者たちは、唯一無二の技術開発を目指しているのに、それをやるほど米国に武器として使われてしまうというのは、努力が報われないですね。
鈴木:米国の武器として使われないようにするためには、日本企業は「最先端の技術を中国に売らない」ことを前提に、ビジネスを考えなければならない。例えば、最先端の半導体製造装置を中国に売ればもうかりますが、「武器化する経済」の時代では当然、米国の目に留まって輸出をやめさせられる。だから、製品開発の初期段階で、これは中国には売れない、ないしは米国の武器として使われるだろうと想定し、いつでもこれを切り離せるようにしておくといったように、考え方を変えないといけない。優れたものであればあるほど武器にされてしまうので、そういう覚悟を持ってやるしかないという結論になってしまう。
昨年の日本による半導体製造装置の輸出規制は、中国の軍事能力を高めないためというメリットがありました。つまり、日本が最先端の半導体製造装置を中国に輸出して、その結果、中国の軍事力が上がったら、それは日本にとってもよくないことだという判断があったわけです。
では、日本にとってのメリットがなく、米国の勝手で日本の技術が武器化される場合はどうなるか。米国が一方的にどこかの国に制裁をかけ、日本も足並みをそろえるように強制し、もし自分たちの言うことを聞かなければ、日本企業を米国市場には入れてやらないとか、そういうことを言い出す可能性は今後あると思います。
今年秋の米大統領選の結果が、気になりますね。
鈴木:特に、トランプ政権になった場合は、そういう嫌がらせをされる可能性は大いに高まります。では、米国の言うことを100パーセント、聞かざるを得ないのか。おそらく聞かざるを得ないでしょう。それに備えるためにも、米国が今、どの国に対してどういう規制を考えているのか、どこに問題の焦点があって、踏んではいけない虎の尾は何なのか、こうした経済インテリジェンス、ないしはワシントン・インテリジェンスといってもいいかもしれませんが、そういうものを持っておく必要があると思います。
仮に来年、トランプ政権になったとしても、なんでもかんでも規制をかけることはなく、おそらく重要性の高いものから順番にやってくるはずです。それは何なのかを早めに探知しておくことが必要です。
経済武器化は同盟国向けのほうが効く
それを考えると、大統領選の直前に日本製鉄がUSスチールの買収計画を発表したのは、悪手でしたか?
鈴木:どうしてあのタイミングだったのか、疑問だと言わざるを得ません。日本製鉄の目線で見れば、米国は通商拡大法232条で、鉄鋼、アルミに関税をかけています。一方、インフレ抑制法(IRA)によって電気自動車の生産が一気に増えていて、欧州も韓国もみんな米国で製造するようになってきている。当然、米国内での鉄鋼需要も拡大します。でも、232条があるから、日本から輸出すると関税がかかる。そんな状況で、USスチールがちょうど売りに出ていたので買った。その理屈はよく分かるんですよ。
鉄工業の世界だけを見れば正しい選択かもしれません。けれども、現在は経済が政治や安全保障から大きな影響を受ける時代です。USスチールはペンシルべニア州のピッツバーグに本社があり、アメリカの名前を冠した象徴的な会社であり、しかも、ペンシルべニアは、大統領選で民主党と共和党の激戦が予想される州です。選挙中に発表すれば、当然のことながら猛烈な反発を招く。経済のことだけ考えていれば安全保障や政治のことは考えなくていいという時代では、もはやありません。今はそういう時代であることを、他の日本企業も自覚すべきです。
これは鈴木教授が『武器化する経済』の解説文で指摘していることですが、今の米国による経済や相互依存の武器化による圧力は、中国に対してはそれほど効いていないし、グローバルサウスには全然効かない。逆に、米国の同盟国には、すごく効く。日本にとって、これは恐ろしいことですね。
鈴木:米国による経済の武器化が進み、力による支配が鮮明になってくると、実は、最も被害を受けるのは、日本を含めた米国の同盟国なんです。同盟国は、経済でも安全保障面でも、米国に大きく依存しています。この依存度が高いほど、武器化したときの効果も大きい。だから、この本を手放しで称賛してはいけないと思っていて、むしろ、米国が地経学的パワーを振り回せば振り回すほど、困るのはわれわれなんだということを認識して読むべきだと思っています。
ヘンリー・ファレル、アブラハム・ニューマン(著)、野中香方子(訳)、日経BP、2750円(税込み)


