どうしてあの人は反対意見を聞けないのか、と思ったことはありませんか? あるいは、自分は反対意見を聞くのが苦手だと自覚している人もいるかもしれません。実は、人は自分とは異なる意見に対しては生理的に「脅威」を感じているという脳の実験データがあります。しかし、それを乗り越え、脅威を感じる相手の視点を受け入れることは、人間の器を大きくします。本稿では、『 LISTEN 知性豊かで創造力がある人になれる 』より、反対意見に関する項目を、一部抜粋、編集し紹介します。
反対意見に人間は生理的に「脅威」を感じる
本気で相手の視点を理解してしまったら、自分の中にある大事なものを見失ってしまうのではないかと心配する人は多いものです。
人が、自分と同じ意見の人やメディアに耳を傾ける理由は、ここにあります。同意できない持論を展開する人の話を、最後まで聞かずについ反論してしまうのも、そして腕ぐみ、ため息、呆(あき)れた表情などで自分が反対意見であることを表現するのを抑えられないのも、理由は同じです。
自分の強い信念や考え方に異論を唱えられたり、自分が間違っているかもしれない気配がわずかにしたりしただけで、まるで存続にかかわる脅威であるかのように感じてしまうからです。
ロサンゼルスにある南カリフォルニア大学の「脳・創造性研究所」の脳神経科学者らは、政治的スタンスを明確にしている被験者を数人集めました。調査では、fMRIスキャンを使い、被験者の政治的信念に反対意見を唱えられたときに脳の活動がどうなるかを観察しました。すると、まるでクマに追いかけられているときのように、脳が反応することがわかりました。
つまり、私たちは反対意見を聞いたとき、「戦うか、逃げるか、すくむかといった反応」を起こします。そして、そうなってしまったら、何かに耳を傾けることはほとんどできなくなります。

ソーシャルメディアでは、誰にも邪魔されずに自分だけの現実をつくり出せる
抗議活動に参加している学生たちは、自分と反対の意見を聞くと、「危険だ」と感じると言います。ブルッキングス研究所が全米の大学生を対象に行った調査では、自分と意見が違う講演者を怒鳴って黙らせる行為を「許容できる」と答えた人の数は、半数以上(51パーセント)に達しました。また、ほぼ5人に1人(19パーセント)が、演者に講演させないために暴力に訴えることを支持すると答えました。
ソーシャルメディアでは、自分が話す番がくるまで待つ必要はありませんし、不快な意見を聞く必要もありません。ソーシャルメディアは、民主的です。なぜなら、誰かを通すことなく編集されていない意見を、誰もが世の中に向かって発信できるからです。
一方で、ソーシャルメディアは非民主的でもあります。なぜなら、自分の見解が正しいと思わせてくれる意見だけを選択的に聞くからです。これだと、偏狭な考えやいわゆる「もうひとつの事実」(明らかに虚偽のことを事実として話すこと。オルタナティブ・ファクト)を生み出してしまいます。
ドナルド・トランプ前大統領の有名な発言で、「自分のいちばんの相談役は自分だ」というものがあります。ツイートを量産していたトランプ前大統領は、国家のあり方の変容の象徴でした。右派も左派も、オンラインで自分だけの現実をつくり出し、誰にも邪魔させずに自分だけの物語を推し進め、気に入らないコンテンツや意見は片っ端から中傷し、ブロックし、削除していくのです。
その結果、私たちはニュースなどの情報源を共有しなくなりました。誰でも、ボットすらも、瞬時に意見や批判を吐き出すことができます。ソーシャルメディアでのこうした投稿は、140文字のツイートに詰め込むためにニュアンスが捨てられ(しかも感嘆符つきで!)、情報源、動機、正確性は一切考慮なくリツイートされたり「いいね」されたりします。
実体のないツイッターのハンドル名やフェイスブックのニュースフィードでは、顔を合わせたときよりも、辛辣な言葉が飛びかいます。その結果、政治や文化に関する議論はますます不作法かつ過激になり、不信、毒舌、恐怖を生み出しました。
自分が支持しないグループには「恐怖」すら抱いている
これが、まるでクマに追いかけられているようだという先ほどの話につながります。
ピュー研究所が行った調査で、アメリカ人の大部分が今や、自分が支持する政党の対立政党に対して、不満や怒りのみならず恐怖さえも抱いていることがわかりました。民主党員の過半数(55パーセント)は共和党を恐れており、共和党員の49パーセントは民主党を怖いと思っています。長年の経験を誇る政治世論調査専門家のフランク・ランツが、政治に関する対話について1000人に聞き取り調査を行ったところ、2016年の大統領選以降、政治面での意見が合わないことが原因で、話さなくなった友人や家族がいると答えた人が3分の1近くに上ることがわかりました。
アリゾナ州ツーソンにあるアリゾナ大学の「礼儀正しい対話のための国立研究所」(NICD)では2016年以降、政治的な怨恨が原因で、家族、教会の信者同士、同僚などの間でお互いが反目するようになってしまったため、仲裁に入ってほしいという依頼が急増しているといいます。マサチューセッツ州ケンブリッジにある調査組織、エッセンシャル・パートナーズもまた、「政治的な見解の対立が原因で分裂した人たちのために、丁寧な対話の場をつくりたいので手を貸してほしい」という電話が急増していると報告しています。
NICDの事務局長キャロリン・ルーケンスマイヤーは、これまでの活動は主に、党派に偏り、どうしようもないほど膠着状態になってしまった州議会議員を対象とした限定的なものだったと言います。「しかし今や私たちは、職場、自宅、学校、教会など、日常的な居場所で支持政党に過剰に傾倒するという、大きな変化を目にしています。そうした場所で人々はお互いをそしり、悪者扱いし、お互いを嫌悪し拒絶しているのです。過激で破壊的なほどに」
効果的な反対意見は、相手を理解しないと出せない
内なる警戒感――「バカはそっちだ!」と言いたい衝動――を抑え、凝り固まったイデオロギーに溺れるのを防ぐのは可能です。それには、怒りに満ち、いらだち、警戒するのではなく、落ち着き、オープンで、好奇心に満ちた心を持つように、自分に言い聞かせるのです。
人がなぜその結論を持ったのかを知り、そこから自分が何を学べるか(あなた自身の考えが変わるにせよ、逆に強化されるにせよ)を知るために話に耳を傾ける方がよっぽど有益です。自分と意見が合わない人に、敵のように反応したいと感じたその瞬間に、深呼吸して相手に質問しましょう。相手の理論の欠陥を暴くためではなく、相手がなぜそう思うのか理解を深めるための質問をするのです。
実は私たちは、自分の信念に確信を持つには、異なる意見をぶつけてもらう必要があります。自信のある人は、自分と違う意見に怒ったりはしませんし、反論するためにオンラインでかんしゃくを起こしたりもしません。心に余裕がある人は、相手をひとりの人間として知ることもなしに「救いがたいほどのバカだ」とか「悪意を持っている」などと決めつけることはありません。
人は、単なるレッテルや支持政党だけで表せる存在ではありません。そして効果的な反論は、相手の視点を理解し、その人がなぜその視点を持つようになったかを完全に理解してのみ、可能となります。
その人は、なぜその考えを持つようになったのでしょうか? そしてあなたが自分の考えを持った理由は何でしたか?
物事をよく理解した上で意見を持つ方法はただひとつ、耳を傾けることです。さらに、傾聴は傾聴を生みます。自分の話を聞いてもらった経験がある人だと、あなたの話を聞いてくれる可能性がずっと高くなります。
[日経ビジネス電子版 2021年8月16日付の記事を転載]
「自分の話をしっかり聞いてもらえた」体験を思い出してみてください。
それはいつでしたか? 聞いてくれた人は誰だったでしょうか? 意外に少ないのではないかと思います。
他人の話は、「面倒で退屈なもの」です。どうでもいい話をする人や、たくさんしゃべる人など、考えただけでも対応が面倒です。その点、スマホで見られるSNSや記事は、どれだけ時間をかけるか自分で決められるし、面白くないものや嫌なものは、無視や削除ができます。しかし、無視や削除がどれほど大事でしょうか。
話を聞くということは、自分では考えつかない新しい知識を連れてきます。また、他人の考え方や見方を、丸ごと定着させもします。話をじっくり聞ける人間はもちろん信頼され、友情や愛情など、特別な関係を育みます。一方、「自分の話をしっかり聞いてもらった」ら、自分の中でも思いもよらなかった考えが出てくるかもしれません。どんな会話も、我慢という技術は必要です。しかし、それを知っておくだけで、人生は驚くほど実り豊かになります。
ケイト・マーフィ(著)、篠田真貴子(監訳)、松丸さとみ(訳)、日経BP、2420円(税込み)