マッハのスピードで飛ぶ戦闘機に乗るのはパイロットただ一人だけ。この「現場」の状況は、「リーダー」には見えない。そんな航空自衛隊のミッション遂行に不可欠なのは、「意図取り」であると、航空幕僚長の井筒俊司氏は話す。航空自衛隊という組織のコミュニケーションは、ビジネスの世界にどんな示唆をもたらすのか。『 LISTEN 知性豊かで創造力がある人になれる 』を監訳した篠田真貴子氏とともに語り合った。対談後編。
トップの役割は、コミュニケーションがメイン
篠田真貴子(以下、篠田):井筒さんはリーダーシップをどう考えていらっしゃいますか。
井筒俊司氏(以下、井筒):10年近く前に、米空軍の教育課程を受講する機会がありました。少将や中将を対象の、1週間ほどの教育課程です。1990年の湾岸戦争のとき、多国籍軍が編成されましたよね。米空軍の中将クラスの指揮官の下で、空軍の戦闘機だけでなく海軍の戦闘機やNATO(北大西洋条約機構)の多国籍部隊の戦闘機が集結する状況に対応する能力を身に付けることが目的でしたが、大きなショックを受けました。というのは、指揮官に求められる能力がコミュニケーションとコーディネーションだったんです。日本人的な感覚で、おいおい指揮官がデシジョン(決定)をしなくてどうする?と思いました。
でも、よく考えてみれば、海軍は空軍の言うことなんて聞かないし、他国の軍もしかり。そこでまずしなくてはいけないのは、トップが自らコーディネートすることであり、そのためにはコミュニケーションが欠かせなかった。あの状況に身を置いて、それがストンと腹に落ちました。
篠田:そういうご経験があったのですか。
井筒:はい。それで、航空幕僚長となった今、私の仕事は、陸上、海上および統合幕僚監部と調整をする、大臣や次官に説明をする、よその国の空軍参謀長と話をする……要は話すこと聞くことなんです。もちろん私の名前で命令を下すことは多々ありますが、実際は部長級がそれまでに詰めてくれるからオートマチックに動く。トップの役割は、決心して命令することではなく、いやもちろんそれもあるけれど、その手前のコミュニケーションとコーディネーションこそ大切なのではないか、と思うんですよ。

危機のときに生きてくるのは、ピラミッド型ではないフラットな意思疎通

篠田:それは、権限を持って人を動かすのではなく、 前編 で話された「統御」というもので人を動かすのだ、ということにつながりますね。ところで、昨今、企業の危機管理が重要視されていますが、井筒さんは航空自衛隊のトップとしてどう対応されていますか。
井筒:危機管理のコミュニケーションは、時間が少ない中で正解を追求する、あるいは不正解を取らないことが求められるという点では、非常に難易度が高いと言えます。うまい切り抜け方や決め手となる解決策のパターンがあるわけではなくケース・バイ・ケースなのですが、いずれにしても私がトップとしてやるべきは、説明責任を果たすことに尽きます。なんでこんなことになったのかと部下から情報を集める前に、大臣のところへ行って説明をし、メディアに向かってまた説明をしなくてはなりません。
篠田:調べて経緯を発表するまでにはどうしても時間がかかりますが。
井筒:ええ、よく、どこかの部署に経緯をまとめさせ、報告が上がってくるまで、世間に対しては「調査中です」「分かりません」を繰り返すトップがいらっしゃいますが、それは得策ではありません。例えば事故があった場合、「とにかくすぐに事故現場の写真を見せてくれ。そこから今あるだけの情報を出して私がつなぐから」と言う。今あるリソースでできる限りのことをするのが危機管理コミュニケーションの基本です。経緯をまとめるのもどこかの部署にやらせるのではなく、情報は私のいるここに出してくれ、なんでもいいから教えてくれ、と。
こんなときに必要なのは、世の中の考え方とは逆ですが、ピラミッド型ではないフラットな(立場での)意思疎通なんです。その素地を組織の中に作るためには、日ごろからリーダーが聞く態度を示すことが欠かせないと思います。
篠田:聞く態度を示す、それは、相手が心を開いてくれる聞き方をするということですよね。具体的にどんなふうにされているのですか。
井筒:フラットに「どんどん情報を出してくれ」と言うと、例えば何人もが同じ情報を持ってきます。そのときに「それはさっき聞いた」と事実だけを伝えると、彼ら彼女らは次から「これは新情報ではないのではないか」と考え、萎縮してしまいます。だから、「その情報はほかからもさっき聞いたから、間違いのない情報だね」とポジティブな言葉を付けて返します。そんな5秒のフレーズで情報の流れは全然変わります。
篠田:ピラミッド型の組織、言うなれば昭和的な組織ですが、危機のときはピラミッド型がいい、全組織で立ち向かうべきだと考えるところも多い中、大切な指摘をいただきました。

「聞く」は人間関係の土台である
井筒:『LISTEN』を読ませていただいて、一番面白かったのは、ネガティブ・ケイパビリティ――不確実性や相いれない考えに耐えられる能力について書かれた章です。この力のある人は、不安なく人の話に耳を傾けることができると書かれていました。それによって情報を蓄え、整理し、何かと何かを結びつけたり、新しいアイデアを生み出したりすることも可能になる。つまり、「聞く」ことは学びであり、成長であり、創意工夫の原動力にもなりうるんですね。問題を察知することも解決法を見つけることも、聞く力あってこそなんだと思いました。
篠田:そうですね。人の話には驚きがあり、その経験には学びがあるという指摘もありました。そもそも聞くということは相手に好奇心を持つことなのだ、と。そして、「話し手への質問は、好奇心からでなくてはいけません」。これには私自身もちょっと反省するところもありまして。
井筒:私も反省材料を見つけましたよ。相手の話に集中できない原因は、自分が話す番になったら何を言おうかと考えているから。私は常に考えていますね(笑)。それから、親密であるために自己満足して、もっとも近い人の気持ちを読み取る能力を過信してしまう「近接コミュニケーションバイアス」。我が家なんか思いっきりこれです。
篠田:それは多くの読者も感じているのでは、と思います。私は『LISTEN』を監訳して、「聞くこと」はビジネススキルとして必要不可欠なものなんだという思いを強くしました。なぜなら、「聞く」は人間関係の土台であるから。上司部下であれ同僚同士であれ、人間関係の土台である以上ビジネススキルとしても大事ですよね。そして、「聞く」は、パフォーマンスの向上に結びつく。これも本のあちこちに書いてありますが、これこそ必須のビジネススキルです。ところがこんなに大事なのに、きちんと「聞く」ことはなかなか難しく、自然には身に付かない。だから、私たちは意識的に積極的に学ばなくてはならない。これが大切なポイントだと思います。
井筒:私はリーダーシップという観点からこの本にアプローチしましたが、例えばZ世代なら、人に聞いてもらえない孤独という切り口でこの本を捉えるかもしれない。管理職経験のあるなしで読み方は変わりそうだし、現場の若い人もまた別の視点で捉えるでしょう。いろいろな人に届いて、いろいろな読み方をされる本なのではないでしょうか。
篠田:そう言っていただけるとうれしいです。

(構成:平林理恵)
[日経ビジネス電子版 2021年12月27日付の記事を転載]
「自分の話をしっかり聞いてもらえた」体験を思い出してみてください。
それはいつでしたか? 聞いてくれた人は誰だったでしょうか? 意外に少ないのではないかと思います。 他人の話は、「面倒で退屈なもの」です。どうでもいい話をする人や、たくさんしゃべる人など、考えただけでも対応が面倒です。その点、スマホで見られるSNSや記事は、どれだけ時間をかけるか自分で決められるし、面白くないものや嫌なものは、無視や削除ができます。しかし、無視や削除がどれほど大事でしょうか。
話を聞くということは、自分では考えつかない新しい知識を連れてきます。また、他人の考え方や見方を、丸ごと定着させもします。話をじっくり聞ける人間はもちろん信頼され、友情や愛情など、特別な関係を育みます。一方、「自分の話をしっかり聞いてもらった」ら、自分の中でも思いもよらなかった考えが出てくるかもしれません。どんな会話も、我慢という技術は必要です。しかし、それを知っておくだけで、人生は驚くほど実り豊かになります。
ケイト・マーフィ(著)、篠田真貴子(監訳)、松丸さとみ(訳)、日経BP、2420円(税込み)