米シリコンバレーの新鋭スタートアップとして注目を集めた「エアビーアンドビー」に50歳代で入社し、CEO(最高経営責任者)のブライアン・チェスキー氏のメンターとして、またホスピタリティー部門の責任者として活躍したチップ・コンリー氏。もともとはホテルチェーンの創業者で、ITとはなじみが薄かった彼が、大きく年の離れた若者たちに囲まれ、頼りにされたのはなぜか。地位や肩書ではなく、知恵と経験によって尊敬される「新しい年長者」としての働き方について、コンリー氏の著書『 モダンエルダー 40代以上が「職場の賢者」を目指すこれからの働き方 』から抜粋・編集してお届けします。第1回は「年齢とともに身につくスキルとその価値」について。

50代になると奇跡のように

 昨日の朝目覚めたあとにバスルームの鏡を見ると、57歳の私がこちらを見つめていた。気持ちはまだ17歳でも、鏡の中や友達のフェイスブックの投稿のくたびれたオヤジの姿を見ると、いやでも現実に向き合うことになる。それでも、私にとって50代はこれまでになく楽しい。人生の「小春日和」を謳歌している。まだサーフィンができるくらいには若く、人生で何が大切かわかるくらいには年齢を重ねてきたからだ。

 スタンフォード大学長寿センターの創立者でセンター長を務めるローラ・カーステンセン教授は、人生の残り時間が少なくなると、人は今に集中できるようになると言っている。また、70代の人たちのほうが50代や40代や、なんと30代の人たちより幸せで人生に満足していることもわかってきた。中年になるまでに、人は何度か苦い経験を乗り越え、若き日の多くの傷を癒やしている。幸福に関するどの研究でも、人生の満足度は年齢を重ねるごとにU字を描くことがわかっている。

 大人になりたての若者は人生にワクワクしている。しかし、20代の後半から30代に差し掛かると、友人、家族、幼い子供、家計といった責任が肩にのしかかり、自分のための時間も作れなくなる。満足度が最も低いのが40代で中年の失望感から新しいスポーツカーに凝り出す人もいれば、離婚の危機を迎える人もいる。

 だが50代になると奇跡のように、その前の10年間の期待がガラリと変わり、大切なことをもう一度優先させ、人生に対して少しいい気持ちになれる。これまでに積み上げてきた自信や勇気や型破りな面白みをもう一度楽しめるようになる。気が狂いそうなほど忙しい数十年を経てやっと、心に平穏を感じはじめる。そしてありのままの自分を出す余裕も生まれる。だから50代は素晴らしい!

賞味期限切れか、ビンテージか

 だが、このU字曲線が上向きに戻ってきたあたりで、頭の中に小さな声が聞こえはじめる。(投資家のバーナード・バルークの言葉を借りると)「自分がいくつになっても、老人とは自分より15歳年上の人を指すものだ」と。私たちはこれまでになく年寄りだし、同時にこれまで以上に自身を若く感じている。

 鏡を見ず、フェイスブックの写真に自分をタグ付けしないでおくことはできるが、世の中は私たちに否応(いやおう)なく年齢を意識させる。自分の存在感がなくなることを恐れる人はますます増えている。自分を賞味期限の迫った古い牛乳のように感じてしまう人もいる。ベビーブーマーはこれまでで最高の健康状態にあり、仕事で活躍し長く働けるようになったのに、世の中からますます取り残されていくように感じている。自分たちの経験(と残された時間)が、上司や雇用主から、資産ではなく負債と見られるのではないかと心配しているし、それはもっともなことだ。私がたまたまキャリアの第二幕をはじめることにしたテクノロジー業界では特にそうだ。

 だが、私たちのような「いい歳の」社員は、賞味期限切れの牛乳というよりもむしろ、熟成された高価なビンテージワインのような存在だ。このデジタル時代にはとりわけそうだろう。そして、若さと革新がもてはやされるテクノロジー業界ではひときわ価値がある。

 テクノロジー業界は有害な企業文化で名高く、20代のお子ちゃまCEOが人事問題を起こすことでも知られている。株主も企業もこのところやっと、ちょっとでも「知恵の保険」をかけておけばリスクが避けられることに気づきはじめた。つまり、いい歳の大人に備わった謙虚さや心の知能指数(EQ)や知恵が保険がわりになるということだ。ここで私は、少し年季の入った私たちが提供できるものがあることを伝えようと思っている。特に、今この時代に役に立てることがあるはずだ。

 私たちは両親より10年ほど長生きし、20年ほど長く働ける可能性があるのに、世の中で力を持つ人の層は10歳ほど若返りつつある。ということは、私たち年長者が自分の役割を考え直さなければ、数十年も「用済み期間」が続いてしまうことになる。「ベビーブーマーの憂鬱」に陥らないようにするためには、年季物のワインをうまく貯蔵して腐らせないようにするすべを身につけたほうがいい。いいワインには、年季だけではなく貯蔵の仕方、注ぎ方が重要だし、それを開けて乾杯する理由も必要だ。

(写真:UfaBizPhoto/shutterstock.com)
(写真:UfaBizPhoto/shutterstock.com)

年齢とともに身につくスキルとは

 古いワインがすべて見事なビンテージになるわけではない。それと同じで、年寄りがみな賢いというわけではない。マックスプランク研究所で人材開発を研究するポール・バルテスとウルスラ・シュタウディンガーは、包括的な調査を行い、27歳から75歳までの年齢層で年齢と知恵のあいだにはほぼ何の相関もないことがわかった。この結果は一見残念かもしれないが、実は多くの人がもっと価値の高いものを身につけていることを研究者は発見した。年齢とともに知恵を集めるスキルが身につくということだ。

 テキサス大学の心理学者のリーダーとして知恵について一連の実験を行ってきたダレル・ワージー博士は、年長者のほうが長期的な利益につながる判断にはるかに優れていることを発見した。大人の中でも年齢が若いと目の前の利益につながる判断を即座に下しがちだが、年齢が上がると未来を視野に入れた戦略的な判断を下せるようになる。ガンジーはかつて、「速度を上げるばかりが人生ではない」と言った。アクセル全開の現代の世の中で、年長の者こそ、運転席に座るのにふさわしいのかもしれない。

 ロバート・サットン教授によると、究極の知恵とは自信と懐疑心の程よい調和であり、そのどちらをいつ強めたらいいかを知っていることだという。作家であり学者でもあるコプソーン・マクドナルドは、最善の判断をするための枠組み作りに役立つ知恵として48の項目を挙げている。賢者とは、自分のつまずきやすい点を自覚しており、深く考え他者に共感でき、健全な判断ができる人物だ。だが賢さ、つまり知恵の特徴はこれだけではない。

 職場での「賢さ」とは何よりも、多岐にわたる情報を素早く取り込んで物事の「核心」を摑(つか)み、全体を俯瞰(ふかん)したり組織的に考えたりすることができる能力だと私は思う。その一部は、パターン認識のスキルで、これに優れていると全体像を素早く把握することができる。そして年の功が間違いなく発揮されるのが、この部分だ。長く生きていると、その分多くのパターンを見ているし、認識もできる。

 そして、この全体像をみる力が、斬新な考え方を育てることにもつながる。心理学者のジーン・D・コーエンは、著書『いくつになっても脳は若返る』(ダイヤモンド社)で、経験を積んだ年長者はその成熟した脳の中に解決策が蓄積されているため、より多くの情報を処理して多くの解決策を提案できると書いている。

 57歳のジョン・グッドイナフ(実名だ!)博士を例にとってみよう。エネルギーを最小化したリチウムイオン電池の共同発明者が、グッドイナフ博士だ。リチウムイオン電池の発明から37年後、博士はガソリン車を終わらせるかもしれない、革新的な電池の特許を申請し、晩年に一躍有名人となった。想像してみてほしい。100歳を目前にしてなお、その神経細胞はまだ活発に新しいものを生み出しているのだ。

陳腐化が加速する時代だからこそ

 パーカー姿の若き天才が、デジタル化された未来の楽園へと私たちを先導してくれるかのような神話をメディアが作り出してきたことは間違いない。だが、若い反逆者たちが独力で進歩を成し遂げると言うのだろうか? 果たしてそれが可能なのか? ウーバー創業者のトラビス・カラニックは、経営者として未熟なミスを続けたために取締役会から追放された。彼の物語から教訓が引き出されるとすればそれは、デジタルネイティブと年長者は共生し得るということかもしれない。

 産業を破壊し、その技術的な優越と熱量と速さと体力によって大きな将来性を見せつける若いリーダーを、私たちはもてはやす。こうした若いテクノロジーの起業家は経験のなさをデジタル技術と厚かましさで補っているはずだと私たちは自分を納得させている。

 だが、戦略的未来家のナンシー・ジョルダーノは、こうした「ユニコーン(企業価値が10億ドルを超える、若い未公開企業)」の多くがリーダーシップの面で困難に直面していることを挙げ、テクノロジーを直感的に理解できるからといって成熟していることにはならないと言っている。「私たちは、年長者が多大な指導と正式な訓練によって身につけた知恵の使い方を、若いテクノロジー起業家たちがほんの少しの訓練で奇跡のように身につけることを期待している」とナンシーは説明する。

 若い世代が十分に「仕上がる」前に、あっという間に力が若者に移っていく中で、年長者の役割はおそらく、若い世代におけるこの自己認識のプロセスを速めることにあるのかもしれない。陳腐化のスピードがますます加速する時代に、専門知識のない年長の世代には価値がなくなるのではなく、特定分野の狭い考えを全体像として見る力によってむしろ価値が上がるはずだ。

5世代共存、未踏の新世界で

 異なる世代が相互に補い合うという考え方は現代にこそぴったりだ。今、人間の歴史上はじめて、5世代が同じ職場で一緒に働いている。沈黙の世代(70代半ばから終わり)、ベビーブーマー、X世代、ミレニアル世代、そしてZ世代。普通は組織の序列にしたがって上下関係が決まり、たいていは年長の経験者が若い新入りよりも上にくる。しかし、このところ次第に年長者から若者に力が移っている。もちろん、地元のスーパーでは30歳の店長のもとで年寄りの店員が店頭に立っている光景は日常的に見られるようになった。

 今の65歳以上の世代の多くは、20世紀の後半に平均退職年齢が下がっていく中で、悠々と過ごしてきた。だが、この30年ほど、職場のメンバー構成における年長者の割合は上がっている。ニューヨーク・タイムズによると、アメリカのベビーブーマーの半分以上は65歳を過ぎても働くつもりか、引退しないつもりだという。

 しかも65歳以上の労働者の数はほかのどの年齢層よりも速いスピードで増えていくと予想されている。2025年には、65歳以上の労働人口は30年前と比べて3倍になると言われ、75歳以上の労働人口は2024年まで年率6.4%という未曽有の割合で増加していくことが予想される。未踏の新世界がここにある。年長者の知恵は、天然資源の中では珍しく、減っているのではなく増えているのだ。

 職場にあらゆる年齢層の人が一緒にいるという状況は、ある意味でややこしい。というのも、それぞれにまったく異なる価値観を持ち、働き方も違うからだ。一方で、これは世界がいまだかつて経験したことのないチャンスにもなりうる。異なる世代が分離され交(まじ)わらずにいると、年長者も若い働き手もそれぞれ密封された容器の中で自分だけの知恵に囚(とら)われてしまう。だが、壁を破ればみんながお互いから多くのことを学べる。知恵は希少なものではないが、ダイヤモンドと同じで掘り出す道具がないとなかなか手に入らない。

 そんな世の中に、かけがえのないスキルを持ち、年齢を重ねた世代がいる。心の知能指数(EQ)が高く、数十年にわたる経験から判断力に優れ、専門知識があり、人脈も広い人たち――モダンエルダーたちが、志の高いミレニアル世代と組むことで耐久力のある事業を作り出すことができる。皮肉なことに、テクノロジーが世に普及するにつれ、DQ(デジタルな知能指数)は差別化要因にならなくなっていく。プログラミングのスキルは一般化し、人間的な要因だけが自動化の対象にならずAIに置き換えられないものになる。必要なのはソフトウェアの開発者ではなくソフトスキルの育成者になる。そして未来の組織に最も大切なのはこのソフトスキルだ。

 これからあなたが挑戦するのが、仕事人生の第二幕であろうと、第三幕、あるいは第四幕であろうと、あなたのスキルと経験を活(い)かすことで今の時代についていくだけでなく、職場に欠かせない人材になれる。この世界はいつの時代より今、あなたの知恵を必要としているのだ。

(訳:大熊希美、関美和)

日経ビジネス電子版 2022年2月10日付の記事を転載]

人生100年時代、職場の賢者としてずっと尊敬される「新しい年長者」として働くために

 著者はホテルを創業して経営したのち、シリコンバレーで注目のスタートアップ「エアビーアンドビー」の創業者に頼まれ入社。二回りも年下の若者たちに囲まれて、尊敬されながら楽しく働き成果を出す「モダンエルダー」としての働き方を解説します。

チップ・コンリー(著)、大熊希美、関美和(訳)、外村仁(解説)、2200円(税込み)