米シリコンバレーの新鋭スタートアップとして注目を集めた「エアビーアンドビー」に50歳代で入社し、CEO(最高経営責任者)のブライアン・チェスキー氏のメンターとして、またホスピタリティー部門の責任者として活躍したチップ・コンリー氏。もともとはホテルチェーンの創業者で、ITとはなじみが薄かった彼が、大きく年の離れた若者たちに囲まれ、頼りにされたのはなぜか。地位や肩書ではなく、知恵と経験によって尊敬される「新しい年長者」としての働き方について、コンリー氏の著書『 モダンエルダー 40代以上が「職場の賢者」を目指すこれからの働き方 』から抜粋・編集してお届けします。第3回は「ドラッカーに学ぶ、好奇心の重要性」について。

知恵を得たいなら、毎日何かを…

 「もう溺れそうだよ」

 エアビーアンドビーの天才データサイエンスチームのプレゼンテーションを聞き終え、すごすごと会議室を後にする際、声をかけてきたベビーブーマー世代の同僚に私はそう答えた。キャリアの転換期の真っ只中(まっただなか)にある人は混乱した境界状態に陥る。自分の存在が危ぶまれる不安感に伴う自然な反応は闘争か、逃走か、思考停止のいずれかだ。けれど、環境に順応する学習者に進化することで、そのいずれの反応にも陥ることなく、力を発揮できる。

 「自分にはもう学ぶ力なんて残っていないかもしれない」とここから先を読むのに気が重いあなたに古代中国の哲学者、老子のこのシンプルな名言を贈ろう。

 「知識を得たいなら、毎日何かを取り入れなさい。知恵を得たいなら、毎日何かを捨てなさい」

 優秀な編集者になることが人生の後半で学習し、活躍する鍵なのである。 

 世界は知識であふれているが、知恵が足りていない。子供の頃に受けた教育から私たちは情報が知識に、知識が知恵になると信じているが、その量は完全に比例しているわけではない。文脈のない過多な情報は霧のようなものだ。灯台のように辺りを照らす知識があれば多少安心かもしれないが、難問に取りかかるには、真っ暗な嵐の中を航海するような不安感とうまく付き合わなければならない。

 だが、特にデータが重視されるようになった現代において私たちは反射的に利用可能な情報をすべて取り入れて消化し、素早く完璧な答えを出そうとしがちだ。あるいは、知らないことを誰にも悟られないようにしようとするかのどちらかだ。

蓄えるべき知識は、75%から10%へ

 ピカソはかつて「コンピュータは役に立たない。答えしかくれないのだから」と言った。この30年で学びがどのように変化したかを考えてみよう。

 カーネギーメロン大学のロバート・ケリー経営学教授によると、最も若いベビーブーマー世代が社会に出て働き始めたとき、仕事に必要な知識のうち、頭に入れておくべき知識の割合は全体の約75%だった。残りの25%はマニュアルや本など、さまざまな資料を読んで補った。

 しかし、この割合は今では10対90になっている。検索エンジンやソーシャルメディアがある時代、すべてを覚えておく必要はない。いつでもパッと「ググっ」たり、友人に聞いたりできるなら知識や事実をわざわざ頭に入れておく必要なんてないのだから。

 これは裏を返せば、知識を大量に蓄える重要性がどんどん失われているということである。特にテクノロジーの世界では、毎年技術的な知識の約30%が古くなり、使い物にならなくなると言われている。時代についていくためには単に新しいことを学ぶだけでなく、必要な情報にすぐアクセスする方法を学ぶ必要がある。

 加齢に伴う脳細胞の減少で脳機能が衰えてしまうことを心配する人は多い。しかし「神経可塑性」、つまり神経細胞はよく使うことで筋肉のように機能を維持し、人生の後半になっても十分な認知能力を発揮できると示す研究結果がある。神経学者マーセル・メスラムによると、年齢を重ねても認知機能の低下がほとんど見られない「スーパーエイジャー」と呼ばれる人たちには、頭をフル回転して難しい課題に取り組んでいるという共通点があったという。

 人は死ぬまで学んだことに応じて脳が進化する。スイスの神経科学者ルッツ・ジャンケルは楽器を習っている人を対象に調査を行ったところ、習い始めて5カ月が過ぎると聴覚、記憶、手の動きなどを司(つかさど)る脳の領域に大きな変化が見られたという。それは65歳以上の高齢者も例外ではなかった。この研究もまた人生の後半になっても脳の可塑性が保たれることを証明している。

好奇心のままに好きなテーマを

 史上最も偉大なマネジメント理論家と言えるピーター・ドラッカーは新しいスキルを習得するのに遅すぎることはないと知っていた。45冊ある著書のうち彼が65歳以降に執筆したものは全体の3分の2にも及ぶ。彼の70年に及ぶキャリアと「複数の世界を生きる方法」を私たちも取り入れるべきだろう。ドラッカーは書いている。

 「知識労働者(1959年にドラッカーが提唱した用語)は中年になるまでに税理士や油圧技師としてではなく、人として成長していることが重要である」

 組織行動学の専門家でライス大学のエリック・デーン教授も同様に、年長の労働者の生き方を狭める行動の固定化や「認知の凝り固まり」の危険性を指摘している。多くの調査研究から、成功している科学者の多くが「多才」、つまり特定の分野の専門知識に加え芸術、文学、音楽など、別分野の趣味を持っていることが判明した。年を重ねた人の脳は、多様な感覚や知識の刺激により才能が花開くのだ。

 ドラッカーは95歳まで生きたが、彼が人生の後半で成功できた要因のひとつは、好奇心のままに好きなテーマを研究したことだ。数年に一度、仕事とは全く関係のない、日本の華道や中世の戦法など、さまざまなテーマについて調べ、いつかその好奇心が「パラレルキャリア」の形成につながると考えていた。

 私はこの十数年間ドラッカーに倣い、時々ホテル経営とは関係のないテーマの研究に没頭するようにしている。感情の本質、祭りの歴史とそれが21世紀に再び注目を集めている理由、温泉が生まれる地質学的な仕組み、人生の意味などのテーマについて研究した。

 その結果、1つ目のテーマ(感情について)について書いた本はベストセラーとなり、2つ目のテーマ(世界の祭り)はネットサービスの立ち上げにつながった。祭りへの興味は「エアビーアンドビー・オープン」の着想にもつながって、これには他のどんな祭りやカンファレンスよりも多くの国と地域から参加者が集まった。

 このようなさまざまな分野の能力を身につけた「シリアルマスタリー」になるのは思考の柔軟性を保ち、新しいことや予期せぬ変化に対応する助けになる。学習意欲は優れたリーダーの素地だとドラッカーは考えていた。私はそれに加え、より豊かで幸せな人生の素地なのではないかと考えている。

(写真:Rainer Fuhrmann/shutterstock.com)
(写真:Rainer Fuhrmann/shutterstock.com)

(訳:大熊希美、関美和)

日経ビジネス電子版 2022年2月15日付の記事を転載]

人生100年時代、職場の賢者としてずっと尊敬される「新しい年長者」として働くために

 著者はホテルを創業して経営したのち、シリコンバレーで注目のスタートアップ「エアビーアンドビー」の創業者に頼まれ入社。二回りも年下の若者たちに囲まれて、尊敬されながら楽しく働き成果を出す「モダンエルダー」としての働き方を解説します。

チップ・コンリー(著)、大熊希美、関美和(訳)、外村仁(解説)、2200円(税込み)