リーダーには、問題は何かを特定し、その構造を解明し、解答を導き出すための分析力が重要です。米国海軍の士官候補生を対象としたリーダーシップの名著『 リーダーシップ アメリカ海軍士官候補生読本 』(アメリカ海軍協会著/武田文男、野中郁次郎訳/生産性出版)を、コーン・フェリー・ジャパン前会長の高野研一さんが読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。

リーダーには科学的アプローチも重要

 リーダーシップは本質的に人間の行動に影響を及ぼすスキルです。『リーダーシップ』では、リーダーが目指すべきゴールとして、人々の心に入り込み、不可能を可能にした偉人の例を挙げています。祖国の危機を救うためにフランス国民を奮起させたジャンヌ・ダルクや大英帝国の危機の際に英国民を結束させたウィンストン・チャーチルが登場します。

 同時に、同書はリーダーには科学的アプローチも非常に大事だと説きます。それは、問題は何かを特定し、その構造を解明し、解答を導き出すための分析力ともいえます。「科学的アプローチは研究所の技術者のためだけにあるのではない。科学的アプローチを利用することで、誰でも優れた問題解決が行える」と説明しています。

 この指摘はアインシュタインが話した、次の言葉を思い起こさせます。「私は地球を救うために1時間の時間を与えられたとしたら、59分を問題の定義に使い、1分を解決策の策定に使うだろう」。問題を解決するために最も大事なのは、その性質や構造を把握することであり、それができれば解決策はおのずと見つかるとアインシュタインは言っているのです。

 日本人は問題が提示されると、その問題設定自体を疑うことなく、どこかに正解があると信じてアクションを起こす傾向が強いと思います。同書は、どこかに既成の解決策があると思い込む前に自分で課題について深く観察し、分析することの重要性を説いています。それは健全な懐疑主義といってもいいでしょう。

 ビジネスでも、緊急時には大勢の意見を聞いている時間はありません。しかし、そうした状況のもと、経験則に安易に頼ると、大きな失敗につながることがあります。非常時でもリーダーは正しい判断を自ら下せなければなりません。そのために日ごろから、健全な懐疑主義をもつことが重要になるのです。

リーダーには科学的アプローチが非常に大事(写真/Shutterstock)
リーダーには科学的アプローチが非常に大事(写真/Shutterstock)
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自分の見つけた答えをあえて疑ってみる

 人は観察や解釈をする際、どうしても主観的になる傾向があります。「人は世界をあるがままでなく、見たいように見る」という箴言(しんげん)もあります。

 人間の基本的特徴のひとつに、疑問に思うことへの解答を得たいという欲求があります。問題に直面した場合、解答が得られないと、何となく不安な気持ちになります。その結果、よい解答への努力を惜しんで、安易な解答に満足してしまうことも少なくないのです。

 いったん解答が得られると、今度はその解答を守ろうという気持ちが強まり、自分の解に合致する事実を一心に集めようとします。その結果、問題の解決ではなく、自己正当化にきゅうきゅうとしているだけという状況が少なくありません。

 こうした人間の傾向について語ったうえで、同書は「問題解決力の優れた人は、自分自身の認識の客観性をも疑っていることが多い」と指摘します。

 さらに軍人が科学者に学ぶべき姿勢として「科学者はかならずしも客観的な人間ではないが、自分が客観的ではないということは学んでいるのである。良い士官は、良い観察者となるに当たって、科学者の例に倣(なら)うべきである」と教えています。こうした指摘は企業のマネジャーにおいても当てはまります。

リーダーは如才ない人であれ

 同書は、基礎編でリーダーたるものの心構えや科学的なアプローチの重要性に関する議論を展開します。実践編では、紳士であること、忠誠、勇気、名誉、正直、信義、謙虚、自信、常識、ユーモアのセンス、如才なさなどに関する教訓が並んでいます。これだけを見ると、基礎編と実践編の間に大きなギャップがあるように感じるかもしれません。

 しかし、実践編においてこうした人格的側面が重視される背景には、「人間の行動とは、環境と人格の関数である」という認識があるのです。同じ環境に置かれても、人格が異なれば行動はおのずから変わってくるというのです。

 例えば、「如才なさ」の重要性が繰り返し強調されています。それは要するに周りの人の気持ちへの配慮ができ、さらにそこに漂う空気が凍りついたり緩みすぎたりしないように、雰囲気をリードする能力のことを指しているのです。

 同書の中には「如才なさは人間の観察によって培うことができる」「如才なさのもっとも重要な要件は、人間性についての一流の知識である」とあります。科学的なアプローチを実践し続けることによって、如才ない行動を発揮できるようになると説いています。

部下の過失を疑う前にすべきこと

 同書は、60年以上も前に書かれた、米国海軍の士官候補生向けのトレーニングブックです。しかし、その中身は、軍以外の一般の米国人、特にビジネスパーソンたちに広く受け入れられ、読み継がれてきました。

 同書を読むと、性格的明るさ、ジョーク好き、パワー志向など、ビジネスで出会う米国人の一般的特徴が、実はこうした教本や上司あるいは親からの教育のたまものであることがよく分かります。ビジネスに限らず、米国人一般の世話好き、会話上手などの裏側にこうしたきめ細かな説明やアドバイスがあるのです。

 会合における着席の仕方、離席するときのマナー、制服のクリーニング、握手で先に手を出すべき場合、逆の場合、他の人の執務室に入るときの所作など、実に細かく記されています。その一つひとつが、ビジネスで接する米国人の動作を思い起こさせます。同書は、海軍士官候補生への教本であると同時に、米国人全体への教本と読み替えて差し支えないでしょう。

 最後に、この本がかなりのページを割いている、部下とのコミュニケーションの仕方を紹介したいと思います。コミュニケーション一般で大事なのは、内容と同時にその話し方、書き方、伝え方であり、どう伝えるかが非常に大事だと繰り返した後、リーダーたるものの心構えとして次の点を指摘します。

 「賢い士官は、部下が命令を正しく履行しない場合、部下が過失を犯したと速断せず、自己の下した命令が完全に明瞭であったか否かを確認すべきである」

 日々のビジネスで、常に念頭に置く価値のある言葉だと思います。

『リーダーシップ アメリカ海軍士官候補生読本』の名言
『リーダーシップ アメリカ海軍士官候補生読本』の名言
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高野研一(著)、日本経済新聞社(編)/日本経済新聞出版/2640円(税込み)