「子どもの教育」というと、親が自分の経験で語ったり、周りの情報をうのみにして行動してしまったりするもの。そういった「思い込み」を排し、根拠にもとづいた論理的分析で結果を導くために、経済学が活用できます。日経文庫『教育投資の経済学』(佐野晋平著)より抜粋のうえ紹介。今回は、大学進学が得なのかどうかを分析します。

大学・大学院卒の割合は年々上昇

 経済学では、教育は人的資本への投資と考えます。人的資本とは、人々が身につける知識やスキルのことで、生産性と関連します。人的資本を高める方法は教育であり、教育は人的資本への投資と考えます。それでは、教育への投資はどのように決まるのでしょうか。

 端的に言うと、投資による便益(金銭的なメリット)と投資にかかるコストの比較で決まります。この点を、高校を卒業した後に4年制の大学に進学するか否かを例にした大学進学への投資の決定モデルで考えてみます。

 個人の教育水準は、統計では最終学歴で把握されます。2020年の『国勢調査』によると、25〜64歳の人口総数の約6549万人のうち、在学者を除く労働力人口は約4959万人ですが、その内訳を割合で表すと、小中卒は4.8%、高卒者は39.6%、短大・高専卒は19.8%、大学・大学院卒は32.5%です。時系列で見ると、2000年時点で在学者を除く労働力人口に占める大学・大学院卒の割合は19.4%、2010年では25.2%と、全般的に学歴水準は上昇傾向にあります。

 最終学歴を規定する各学校段階への進学率は上昇傾向にあります。文部科学省の調査する公的統計である『学校基本調査』によると、高校進学率と大学進学率はそれぞれ1955年時点では51.5%、7.9%だったのが、2022年時点ではそれぞれ94.3%、56.6%にまで上昇しています。

 大学進学率は、3年前に義務教育を修了した中学校卒業者に占める大学進学者の割合ですが、大雑把に言えば、ある時点での18歳人口のうちの大学進学者と近い値です。このように18歳の大半が大学に進学するのは、大学に進学することに何らかの便益があると思われるからです。その便益は、大学を卒業することで予測できる経済的な利得です。

 大卒で予測できる経済的な利得を大卒と高卒の生涯賃金の差で確認してみましょう。労働政策研究・研修機構が発行する『ユースフル労働統計2021』は性別・学歴別の生涯賃金の推計値を公表しています。

生涯賃金は男性で3000万円の差に

 生涯賃金は、学卒直後からフルタイムの正社員を60歳まで続けた場合に得ることが予想される給与の合計額から計算されます。同統計によると、男性は大卒で約2億9000万円、高卒で約2億6000万円、女性は大卒で約2億4000万円、高卒で約1億9000万円のようです。大卒と高卒の生涯賃金差は、男性で約3000万円、女性で約5000万円が予測できるようです。もちろん、この数値は平均的なものであり、実際には個人によって異なります。

大学でキャンパスライフを過ごす人は年々上昇傾向(写真:buritora/stock.adobe.com)
大学でキャンパスライフを過ごす人は年々上昇傾向(写真:buritora/stock.adobe.com)
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 大卒と高卒で生涯賃金の差を生み出すものは、大卒と高卒とでは蓄積された人的資本が異なるためだと考えるのが、人的資本理論です。大学に通学することで学ぶ知識や技能だけではなく、大学生活を通して得ることのできるコミュニケーション能力や人脈の構築は、それぞれ人的資本と考えられます。人的資本が蓄積されることで、就業後の労働生産性が高まり、それが市場で評価され高い賃金を生み出すと考えます。

 進学による便益は、教育を受けたその人自身に帰着するだけではなく、それ以外の人に恩恵があることもあります。これは教育による外部効果と呼ばれるものです。外部効果としては、「三人寄れば文殊の知恵」のように、高い教育を受けた人々がアイデアを交換することでさらに新しいアイデアを生み出すものや、犯罪の抑制や政治参加を促進し、健全で活発な社会運営に寄与するものなどが考えられています。

では大学に行くか行かないか

 大学進学への投資の決定モデルが言わんとすることは単純です。大卒の便益が大学進学のコストを上回ると大学に進学し、大卒の便益が大学進学のコストより小さければ大学に進学しません。つまり、大卒で期待できる経済的な利得が直接費用と機会費用の和を上回ると進学し、そうでなければ進学しないというのが経済的合理性のある意思決定というわけです。

 実は、この単純な話をもとにすると様々な現象が説明できることが分かっています。

 先ほど大学進学率は56.6%と紹介しましたが、言い換えると残り43〜44%は大学に進学しません。これは、大学に進学しない人にとって、大学卒業で得られる便益がそこまで大きくないか、コストが十分に大きいからだと考えます。

 例えば、高校野球で一定の結果を残した選手が、プロ野球選手となるか大学に進学した後にプロを目指すかを考えます。高卒でそのままプロになれば給与を得ることができます。もしプロで一定の結果を残せば、その給与は上昇します。一方で、大学に進学すれば、プロ野球選手として得ることのできたはずの給与を失うことになります。また、プロ野球選手になれたとしても、高卒でプロ野球選手となった場合より4年遅くプロとしてのキャリアを始めることになります。

 大学に進学するのが若年期に集中することも説明ができます。OECD(経済協力開発機構)『図表で見る教育2019』によると、日本の大学入学者の平均年齢は18.3歳です。諸外国はそれよりは少し上ですが、OECD平均で約21.8歳と、若年期に集中する傾向があります。日本の教育制度のもとでは、大学入学資格における年齢の制約は、高等学校相当の正規教育を12年間受けることが条件なので、「飛び級」を除けば、通常は18歳以降であることで、それ以外の条件はありません。にもかかわらず、高校卒業直後に大学に進学することが一般的とされます。それは若いときに大学に進学し卒業することで、高卒よりも高い賃金を得ることができるのが長期間だからです。

日経文庫『 教育投資の経済学
「いい大学を出ると給料は高いのか」「なぜ教員不足が生じているのか」「ゆとり教育の効果は」──。経験や勘で語られがちな学校教育を、様々な角度から分析。データをもとに教育の価値を再考する。

佐野晋平著/日本経済新聞出版/1320円(税込み)