リスキリング(学び直し)が注目される今、リベラルアーツ(教養教育)としての茶道を見直してみませんか。戦国大名や近代の実業家たちがたしなんだ茶道。ビジネスやアカデミア、アートの世界を代表する先駆者たちが、日本の伝統文化である茶道を現代の新しい視点で読み解きます。今回は、「デジタルネイチャー」を提唱するメディアアーティストの落合陽一氏に、茶道との関わりをお聞きしました。
※本記事は、
エンジン01文化戦略会議
が2024年1月に開催したイベント「エンジン01 in 市原」での講義「今こそ茶道!茶の湯にまつわるいろんな話」と、インタビューを基に構成しました。
茶道具作りと茶室デザインに興味
落合さんが茶道を始めたきっかけは、茶道や美術の専門出版社である 淡交社 から執筆依頼があったことでしたね。
2018年に日本科学未来館で「計算機と自然、計算機の自然」の常設展を企画したとき、楽焼の16代当主、樂 吉左衞門の茶わんを3Dプリンターで再現した作品を出したりしていました。
その頃、淡交社の編集者から茶道雑誌「淡交」で書いてほしいと言われ、「茶道はまったく知らないです」と答えたら、「じゃあ、習いましょう」ということで、東京の茶道会館でお稽古を始めました。習ったことをひたすら原稿に書くという連載を2021年1月号から始めました。
茶道をやっていて楽しいのは、茶道具に季節感があることですね。例えば、夏は「葉蓋(はぶた)」といって、水指(みずさし:水を入れる道具)の蓋の代わりに梶の葉を使ったりします。祖父がお茶をやっていたので、納戸から道具を探して持って来たりしています。先日、茶箱(ちゃばこ:茶道具をそろえて入れる箱。茶道具の持ち運びにも使用する)も見つけました。
手を動かしてモノを作るのも好きなので、茶杓(ちゃしゃく)もよく作っています。メルカリで煤竹(すすたけ)を安く大量に買い込んで、竹をろうそくの火であぶってたわめたり削ったりしました。自然環境の中から、価値のあるモノを作り出すのが楽しいですね。
道具の見立て(本来は茶道具ではないものを茶道具として使うこと)も面白いです。僕がデザインした茶室では、釜の代わりにデロンギを使ったり、建水(けんすい:使った湯水をこぼす入れ物)は鍋で代用したり、茶巾(ちゃきん:茶わんを拭く布)の代わりにキッチンペーパーを使ったり、けっこう「アホ」なことをしています(笑)。
麻布台ヒルズで個展を開催
落合さんは「デジタルネイチャー」(人工物と自然物が融合する、計算機時代の自然観)の視点で、茶室をデザインしています。最近では、麻布台ヒルズ(東京都港区)で個展「ヌル庵:騒即是寂∽寂即是騒」を開催しました。「ヌル」はコンピューター用語の「null」ですね?
そうです。ちなみに2025年の大阪・関西万博で、私がプロデュースする展示パビリオンの名称は「null2」に決めました。ヌルの2乗で「ヌルヌル」ですね。般若心経の「色即是空、空即是色」から「空2」、すなわち「null2」としたわけです。
麻布台ヒルズの「ヌル庵」のサブタイトルは、「騒即是寂∽寂即是騒」でしたね。どんな個展だったのでしょうか。
僕が亭主としてしつらえた茶事に参加できる体験型インスタレーションで、ツアー形式で茶事を体験できるようにしました。
音と光に包まれて輝く茶室で、四方の壁は半透明になっています。掛け軸の代わりに床の間が動く仕組みになっていて、黒電話が置いてあったり、茶道具を準備する水屋には、なぜかシンセサイザーがあったり。蹲(つくばい:手水鉢のこと)の代わりにアルコール消毒液を置いたりしました。
⼈⼯知能(AI)でデザインした対話型の作品、「オブジェクト指向菩薩」の写真も展示しました。そこに設置した黒電話の受話器を取って何か質問すると、道具などの説明をしてくれます。
現代における茶道の意味を探究する
今後、茶道を通じてどのようなメッセージを出していきたいですか。
私はお茶を専門にやっているわけではないのですが、現代の中で茶道を楽しんでいます。現代美術があるなら「現代茶道」があってもよいのではないかと。現代における茶とは何かと考えたとき、2つの視点があります。
1つはアートの視点です。伝統的な日本家屋には床の間があり、掛け軸や花や道具を飾っていた。アートを展示できる空間があり季節のモノを取り入れてきた点で、アートや文化と茶道はよく似ていると思います。
もう1つは、お茶の作法は奥ゆかしく伝統的ではありますが、現代においては別のことができるのでは、ということです。例えば先ほどお話ししたように、蹲ではなくアルコール消毒液を置いたり。茶道からはこうした「見立ての美学」を学ぶことができ、メタファー(隠喩的意味)とは何か、コンテクスト(文脈)とは何かを考えさせられます。
いまやインスタントな動画や表層的な情報があふれていますが、茶室は「意味の空間」で、意味は「無限の深淵」を持っています。そして現代では人間だけが意味を考えるのではなく、AIも意味を考え探究する時代になった。その中でお茶や意味の空間とは何なのか、もう一度解釈されるべきだと思います。
先ほど話した「オブジェクト指向菩薩」はプログラミングが圧倒的によくできていて、僕よりずっと道具のことを知っている。明らかに人間より詳しいAIが登場したとき、「意味の空間」と「意味のつくり方」はどうなっていくのか、それを探究した茶人はまだいないと思います。デジタルネイチャーにおける茶道は何なのか、それが現代における問題だと思います。
自然が変わったら、それに合わせて茶道も変わると思います。例えば自然の表出としての民俗学、民芸、文化も、自然の変化とともに変わっていきまとすよね。茶道も同じです。
型にはまった茶道をする必要はない
落合さんの同年代でお茶をやっている人はいますか。
周りにはほとんどいないです。でも、ぜひやったほうがいいですよ。自分もお点前(てまえ)はあまり得意ではないし、型にはまった茶道をする必要はないけれど、文化として知っていないと「ネタ」が通じないので、もっと多くの人に知ってほしいです。
ネタというのは例えば、夏に使う茶わんを「涼しげな茶わん」と表現することがあります。千利休は良い茶庭を「渡り六分に景四分」(茶の庭は歩きやすさに6割、造景に4割の比重を置くべきという教え)とも表現しました。茶道を知らないと、こういう言葉のコンテクストが通じないし、伝わらない。
モノには深いコンテクストが含まれていることを知ると人生は楽しいので、ぜひ多くの人に茶道を始めてほしいですね。
落合陽一氏がたのしむ「デジタル茶道」を理解する本
取材・文/大塚葉(日経BP 総合研究所) 写真/稲垣純也






