将棋の形勢判断では、序盤は駒の損得や駒の働き、終盤は手番や玉の安全度が重要になるという。では、どこまでが序盤で、どこからが終盤なのだろうか。そこで重要なのが「大局観」だ。将棋、スポーツ、ビジネス…。さまざま舞台で問われる大局観について、将棋棋士の勝又清和七段に聞いた。
1回目 「
将棋界の「教授」勝又七段 企業経営にも応用できる『形勢判断』4要素
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大局観とは「形勢判断」+「方針」
勝又清和七段:(以下 勝又) 将棋でどこからが終盤なのかといったことは、大局観によって見定めるものです。いろいろな解釈がありますが、私は大局観とは「形勢判断」+「方針」だと考えています。
人それぞれによって「大局観」の捉え方が違うということですか?
勝又 難しい局面、説明しにくい事柄を「大局観」の一語で済ませているような場合もありますし、そもそもかみ砕いて解説する人はあまりいないでしょう。ただ、大局観は、経験を積めば積むほど磨かれるという認識は多くの方が共通して持っていると思います。
経験を積めば積むほど、形勢判断も的確にできるようになるということですか?
勝又 形勢判断によって、方針を変えることができるようになるという面はあると思います。1つの例えですが、形勢がいい状況であれば「金持ちケンカせず」ではないですが、無理をする必要はない。形勢が悪い場合は「戦線拡大」。そのままだと苦戦が続くので、あちこちで戦火を起こして、局面を複雑化させ、打開を図るといった具合です。これが大局観の一例です。
羽生善治九段(現日本将棋連盟会長)の『 大局観 自分と闘って負けない心 』(角川新書)を紹介していただいたのですが、この本との出会いを教えてください。
勝又 私は大学の授業や講演会で話をすることが多いのですが、将棋の話は難しくなりがちです。そこで一般の方向けに書かれた新書を参考にさせてもらおうと手に取ったのがきっかけです。
印象に残っているところ、感銘を受けたところなどありますか?
勝又 棋士が対局後に行う「感想戦」についてですね。感想戦をやることで、自分の直感が正しかったか、そうではなかったかが見えてくるという話です。羽生さんはこう言っています。
勝又 私自身、ある経営者から、将棋の感想戦は奇異でしょうがないと言われたことがあります。なぜライバル同士で手の内を明かすようなことをやるんだと。
経営者は、お互いにあんなふうに話したりしませんよね。
勝又 棋士も感想戦で、本当に大切な「企業秘密」について話すことはないです。お互いの手の内を研究している序盤については省略していることが多い。ただし、中盤以降は再現性がないことが多いので、そこについて、対局後に2人で話し合って共有することは財産になります。
寄ってたかって藤井聡太を強くしている
勝又 感想戦の意味に疑問を持った方には、(感想戦で)検討した局面については「部分連合」みたいな価値があるんです、と言って納得してもらったことがあります。 これに関しては、谷川(浩司)十七世名人が「寄ってたかって藤井聡太を強くしている」と言っています。
若いうちからすごく強い人たちと戦い、課題にぶつかり、さらに感想戦をしているんだから、ただでさえとんでもなく強いのが、なおさら強くなったと。彼は感想戦でも、最初からトップ棋士に引けを取らなかった。だからトップの人も一生懸命やって、質の高い感想戦を経験してきた。
大局観は、強い人と対局することで磨かれるんですね。
勝又 それは明確にあります。「強い人」というより「努力している人」と言えるかもしれない。例えば永瀬拓矢九段は、努力している人をスパーリングパートナーに選びます。そしてその相手に見込んだ人は必ず強くなる。最近では斎藤明日斗六段。頑張った成果が出て、力をつけています。
「大局観」にも、同じ世代で切磋琢磨(せっさたくま)して強くなったという話がありますよね。
勝又 そうですね。佐藤康光九段、森内俊之九段、郷田真隆九段、丸山忠久九段、藤井猛九段といった存在は大きかったでしょう。
理屈だけでなく、体験してみないとできないことがある
『大局観』のなかにあったこんな一文が印象的でした。
勝又 若いうちに体験したほうがいいというのも、それに近いですよね。将棋もスポーツに似ていて、若いうちにやることで、脳にデータベースができる。若いうちに経験することで、無意識にできることが増えるんです。私は若いときに怠ってしまったので、苦労しています(笑)
将棋を覚えてからプロになるまでの年齢、将棋ならば「将棋年齢」は大きいです。その時期に何を定着させるかがすごく大事です。年齢を重ねてから強くなっている方もいますが、それは若い頃にちゃんとした勉強法を実践して、学んでいる人に限られるような気がしています。
(次回へ続く)
取材・文/岡部敬史 構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/小野さやか
