「スペースX」という企業は、ロケットの再利用や全世界高速インターネット衛星通信網など、常人では実現できない“奇策”で成長してきました。そのため同社の経営は「天才・イーロン・マスクがやることだから」で思考停止しがちです。が、実はいくつかの補助線を引くと、スペースXのテクノロジーやマネジメントについての考え方は案外すっきり理解できます。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の現役ロケットエンジニアと、ディープテックへの投資経験が長いベンチャーキャピタリストが、ビジネスパーソンに参考になる形で、スペースXの考え方を読み解く書籍『 ロケット開発者と投資のプロが読み解くスペースX 』から、抜粋してお送りします。その第4回。=一部再編集あり、文中敬称略

前回(「大誤算から逆転の『スターリンク』 『需要がないなら自分で使おう』」)で、スペースXが総力を挙げて開発した再使用が可能なロケット「ファルコン9ブロック5」で収益をあげるためには、1機につき20回以上の打ち上げが必要なこと(当時のスペースXの打ち上げ回数は年に20回程度)、打ち上げ回数を急増させるために、自らが発注者となって、大量の衛星が必要な「コンステレーション衛星通信事業(=スターリンク)」に参入したことを説明しました。
一見、素晴らしいアイデアに思えます。しかしコンステレーション衛星通信事業は、先行した事業者が軒並み倒産、民事再生をしているほど儲からないビジネスでした。イーロン・マスクは、この「先行者の失敗リスト」に怖気づくことなく、むしろ低高度軌道に1万機の衛星を配置することで通信速度を上げ、拡大期を迎えていたモバイルインターネットの需要を取り込もうとしました。
それには大きな課題が2つありました。「いかに迅速に衛星ネットワークを構築するか」、すなわち「スピード」。そして、衛星の数が増えることで膨れ上がる「衛星製作費、打ち上げ費をどうやって抑えるか」、つまり「コストダウン」でした。
「スピード」と「コストダウン」は、普通のビジネスには当たり前でも、高い性能と信頼性を最優先してきた宇宙産業には縁遠いものでした。
スペースXの成功は、「一般的なビジネスの原則を宇宙空間でも貫いた」ことにあります。「スペースXが貫いたのは『ビジネスパーソンなら当たり前』のこと」なのです。
とはいえ、そこはイーロン・マスク、ただ地道にスピードとコストダウンを別々にコツコツ進めるのではなく、2つの目的を同時に達成できるようなやり方をいくつも打ち出しています。経営者でありエンジニアでもある彼の特長は、一つの打ち手がいくつもの効果を生む「一石多鳥」とでもいうべき発想が得意なことだと思うのですが、スターリンク事業にはそれが強く出ています。
答えを先に言ってしまうと、スピードとコストダウンの同時進行を可能にしたのが「垂直統合」でした。自社で造ったロケットで自社の人工衛星を打ち上げるという、業界では珍しい垂直統合型の事業構造。その強みを、マスクは最大限に活用したのです。詳しくは書籍でご説明していますが、ここでは要約してお伝えしましょう。
圧倒的な「数」を実現するための「内製化」
マスクのスペースXの経営は、突き詰めて言えば「数の力で突破する」ことに集約できるように思います。
マスクが打った手はコスト低減、高いサービス、迅速な展開といった市場で勝つための原理原則に沿ったものばかり(いわゆる「規模の経済性」)ですが、そのために必要な「数」が常識外れなので、一般的な目からは「奇策」に映るのです。
経済原理に基づけば、「たくさん生産すればコストが下がり、競争相手に対して優位に立てる」ことは自明です。しかし、現実には教科書通りいかないことが多々あります。たくさん製造するためには、工場や製造設備に多額の投資が必要になり、多くの社員を雇用することになります。資金繰りがつかなければ計画倒れに終わりますし、もしうまくいかなかったら会社が傾くかもしれない。そういう恐れから、過度なリスクを避けようと、少しずつ段階的に投資額を増やす判断をする経営者も多いでしょう。
しかも、長らく宇宙開発は一品もの、オーダーメイドものの需要しか存在しない世界でした。そういった少量生産をいかに品質高く仕上げるかが最重要である、という考え方が浸透していました。
しかし、マスクは量産効果による低コスト化を極限まで追求します。単に数を増やしてコストダウンを期待するのではなく、設計や開発プロセスをスリム化しつつ、数が多いことで初めて可能になる様々な開発手法、製造方法を積極的に取り込んでいきます。
それを可能にするために欠かせなかったのが、内製化であり、そして衛星の製造からロケット打ち上げまでを「垂直統合」することでした。
スターリンク事業でも規模の経済性のメリットを最大限に生かすため、人工衛星の開発経験がなかったにもかかわらず、衛星をすべて内製化することをマスクは選択しました。衛星設計の経験がある優秀な人員を多数雇い、開発を進め、製造ラインまで自前で整備するのは並大抵の仕事ではありません。しかも超ハイペースで。
コンステレーション衛星通信のライバル、イリジウムネクストは、従来の衛星メーカーに開発と製造を委託しましたし、同じく競争相手のワンウェブも自前で工場を用意したものの衛星メーカーの協力を得ました。こちらのほうが常識的な選択です。
しかし、マスクは、これまで述べてきた多くの策(奇策)をフル動員しないと、スターリンクの通信衛星事業の競争力を減じ収益化が実現できなくなる、従って内製化は必須であると直観したのでしょう。
内製化だからこそ可能になったことを、いくつか挙げておきます。
流れ作業で衛星を製造
例1:従来、人工衛星は少ない数のオーダーメイド品で、1機1機を台の上に置いて手造りで組み立てていましたが、スターリンク衛星を1万機以上生産するにあたり、昔のT型フォードで実現したようなベルトコンベヤー(流れ作業)的な人工衛星製造ラインを実現しました。1日で7機の人工衛星が組み立て可能とされています。
衛星本体にとどまらず、衛星内部機器・コンポーネント類や地上用スターリンクアンテナの製造にも同じような大量生産・低コスト化アプローチを適用しました。なお、この流れ作業の組み立てには、平たい板形状の衛星設計(理由は積載効率の向上)が功を奏しました。板の両面から機器や配線を取り付けできるので、ロボットアームとの相性が良く、組み立てスピードを向上させられるのです。
例2:スターリンク衛星をロケットに搭載し、打ち上げる一連の作業が年間100回ほど繰り返されることから、作業の定型化、自動化を行い、コスト削減を実現しました。それまではロケットの打ち上げは年間数回~20回と少なく、しかも毎回打ち上げる衛星が異なっており、非定常の作業が多くコスト高でした。
例3:アジャイル型アプローチにのっとり、頻繁に衛星設計をバージョンアップしました。その際にすべての衛星を一度に更新せず、同時に打ち上げる衛星の中で数機のみ設計更新バージョンを混載して軌道上で運用しながら実際の飛行環境で検証し、データを集め、結果が良ければ適用機数を広げていくやり方を採用しました。これによって、軌道上で大きなトラブルを起こすリスクを低減し、地上での事前検証の期間と手間を短縮することができました。
こうしたやり方について「伝統的な宇宙産業の企業であったら、現場から完全に拒否されるはず。マスクが“独裁”できる組織だったからこそ可能だったのだ」という見方もあるでしょう。ただし、著者らにはちょっと違和感があります。
たとえば、スターリンクほどの数を打ち上げるのであれば、数機ずつ衛星設計更新バージョンを混ぜて軌道上で実証していくのは、現場のエンジニアである自分(後藤)の感覚としては「そんなことが許されるのであれば、こちらとしては大歓迎!」です。むしろ、エンジニアのほうが「経営者に頼んでも、まあ無理だよね」と、忖度して諦めていることもあるのではないでしょうか。
マスクがエンジニアでもあるからこそ、可能になった発想かもしれません。しかし、エンジニアではない経営者も、現場が現状をどう考え、なにを求めているのかを率直に聞ける状況をつくっておくことができれば、こうした発想にたどり着くことは不可能ではないと思います。
ロケットと衛星、どちらも自社で垂直統合するメリット
垂直統合のメリットにも触れておきます。
まず、衛星を造っているのも、ロケットを造って打ち上げているのもスペースXですから、ロケット/衛星間の詳細な設計情報のやり取りなどにセキュリティーの問題が生じず、スムーズに進めることができます。
ロケットは、打ち上げ軌道が変わるたびに飛行制御プログラムを修正する必要があり、さらに「問題なく飛行できるか」テストする作業が発生します。また、あらためて安全性の確認をして監督官庁へ文書で提出せねばなりません。同じロケットを使った同じ軌道への打ち上げを続ければそのような手間とコストを省くことができるので、これは意外に大きなメリットです。
さらに、人工衛星をロケットに搭載する際の配置方法(インターフェース)を大きく見直しました。ロケットに大量の衛星を搭載する場合、衛星同士がぶつからないよう、フェアリングの中に複雑な形状の台座を設置し、ロケットから切り離すときも衛星を一つひとつ分離していく方法が常識でした。スターリンクでは衛星をひとまとめにしてロケットに搭載してしまい、切り離しもまとめてしまうことでそういった構造をやめて簡素化・軽量化し、開発の手間も省略しています。
インターフェースを変えると、ロケットの飛行に悪影響を及ぼさないか確認が必要になります。その際も、衛星とロケットの両方を同じ会社が開発していることが強みになります。
ファルコン9ブロック5がコスト競争力をフルに発揮
最後に、スターリンク事業のきっかけにもなった再使用可能なロケット「ファルコン9ブロック5」(経緯は「『ロケット再使用で稼ぐ』ためにここまでやったスペースX」を参照)が、最も強みを発揮する多頻度打ち上げという活躍の場を得て、どれほどビジネスに貢献したかについて紹介しておきましょう。
コンステレーション衛星通信事業に非常に重要なのが、衛星ネットワーク構築のスピードです。早くネットワークを完成させないと、サービスを提供できる地域が広がらず、事業開始が遅れて初期投資が寝てしまうからです。ここで、20回程度の再使用が可能になったファルコン9ブロック5の能力がフルに生きてきます。他のロケットの追随を許さない高頻度で打ち上げることができるからです。
一度使った第1段ロケットを海に捨てずに回収して再利用すると、コスト削減だけでなく頻繁にロケットを打ち上げやすくなる理由を説明しましょう。
仮に工場のロケット機体の製造ペースが年間20機だった場合、もし年間100機を打ち上げようとすれば、工場の生産規模を5倍にするために製造設備の追加導入や、新工場の建設が必要になります。しかし、1機当たり20回の再使用ができるのであれば、20×20=年400回の打ち上げまでは工場の大幅な拡充を行うことなく、ロケットを打ち上げられるようになります。
回収・再利用が出来るのは第1段のみなので、第2段の製造は必要です。しかし第1段のほうがはるかにコストも、製造する時間もかかりますので、ここをカットすることによって、打ち上げの頻度が上げやすくなることはご理解いただけると思います。
ファルコン9ブロック5によって、数千~1万機におよぶスターリンク衛星の打ち上げにかかる期間を大幅に短縮することができます。もちろん、1回当たりの打ち上げコストも打ち上げれば打ち上げるほど削れます。
数の力を信じ、賭けに勝ったマスク
こうして見ていくと、頻度(数)が増えれば増えるほど、打ち上げ1回当たり、打ち上げる衛星1個当たりのコストが下がり、スターリンク事業の競争力が上がっていく仕組みになっていることが分かります。繰り返しになりますが、規模の経済性の追求という、ビジネスパーソンならば誰でも知っている原理原則を、マスクは宇宙産業にも持ち込み、それを貫くために内製化・垂直統合を大胆に導入しました。
原理原則ですから誰でも分かっていることです。しかし、それをやるために背負うリスク=内製化・垂直統合へのリソース投入は莫大でした。
賭けは成功し、低コストで高速インターネット接続が可能なスターリンク事業は爆発的に成長し、現在、スペースXの利益の大半を稼ぎ出しています。ひいてはそれが2026年6月当時での調達額857億ドル(約13.7兆円)という、株式公開にもつながったと言えるでしょう。
[日経ビジネス電子版 2026年9月9日付の記事を転載]
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