令和のブラックマンデー、トランプ大統領の関税政策による世界同時株安、イラン情勢…、株価の急落は事前に察知することができるのでしょうか? マネックス証券 チーフ・ストラテジスト広木隆さんの新刊『 株はずっと上がるもの 誰も書けなかった株式投資の真実 』(日経BP)から、「相場の下げ」に対しても有用な心構えについて解説します

本書の主題は「株は上がるもの」です。株が下がる話は本書のメインテーマではありません。ですからこのパートは番外編に位置付けました。
株は上がるものだとはいえ、株式投資では「売り」も非常に大切なので、売りの極意についてかなりページを割きました。
でもそれは投資に詳しい方なら半ば常識的なことばかりです。本書の本文をすべて書き終えた今、ここで最後に少しチャレンジングな話をします。僕自身、まだ「生煮え」の部分もあるので、あくまでもアイデアのひとつ、考え方のヒントとしてお読みください。
予想は当たったり外れたりするから「予想」である。絶対に当たるなら「予想」ではなく「超能力」だ――これが一貫した本書のスタンスでした。ましてや暴落を事前に予想するなんてできっこない……と普通は思います。しかし、暴落というのは「異常事態」ですから、普通とは違う状況で起きるものです。何か予兆めいたことが観察される可能性が平時に比べて高いのではないかとも思えるのです。
宇宙の一生の間に一度しか起きないこと
マネックス証券インベストメント・ストラテジーズ兼マネックス・ユニバーシティ・シニアフェロー――どうでもいいことですが、かなり長い肩書です――の塚本憲弘さんは、2024年8月5日の日経平均株価の下落率マイナス12.4%について、1970年以降の日々の騰落率データを用いて統計的な発生確率を計算すると4.6×10のマイナス22乗(0.000000000000000000046%)になると述べています。
また、翌日の反発であるプラス10.23%についても、その確率は1.8×10のマイナス15乗であり、いずれもほぼ起こりえない事象だと記しています(2024年8月19日付『ポートフォリオのすすめ』)。まさに天文学的な確率でしか起こりえない変動率だと言えます。
しかし、塚本さん自身も述べている通り、計算上は何万年に一度しか起こらないとされるような株価変動は、実際には頻繁に観測されています。
マーク・ブキャナン著『市場は物理法則で動く―経済学は物理学によってどう生まれ変わるのか?』にはこんな話が紹介されています。
「100年に一度の危機」と呼ばれたリーマンショック。発生から半年ほど経ったある日、ゴールドマン・サックスの最高財務責任者(CFO)であったデイヴィッド・ビニア氏が、上院行政監察小委員会で証言を行いました。
この小委員会は、金融危機におけるゴールドマン・サックスの役割を調査していました。
ビニア氏の主張は、同社は通常のリスク評価については完全に責任を果たしており、単に極めて異常なショックに見舞われただけだ、というものでした。要するに、自分たちは運が悪かっただけだ、という説明です。
彼は、危機の最中の混乱を振り返り、「私たちは何日か続けて、25標準偏差に相当する価格変動が起こっていることに気づいていました」と発言しました。これはおそらく、アメリカ史上、連邦議会の委員会における発言として最もばかげたものの一つでしょう。
ビニア氏がまともに計算していなかったことは明らかです。
正規分布曲線においては、平均から8標準偏差離れた事象でさえ、その発生確率は宇宙の一生の間に一度程度しかありません。
25標準偏差ともなれば、10の135乗年に一度、すなわち1の後に0が135個並ぶ年数に一度という確率になります。
これは、当選確率が100万分の1の宝くじに23回連続で当たるのと同じ確率です。そのような事象が3日連続で起きたというビニア氏の主張は大きな反響を呼びました。
その一つとして、オスカー・ワイルドの有名な言葉をもじった、次のような皮肉が語られています。「25標準偏差の事象を一度経験するのなら不運だと言えるが、二度以上経験するというのは、よほど不注意なのだろう」
マーク・ブキャナンは、自著で「正規分布曲線では、中心から8標準偏差に相当する事象ですら、その発生確率は宇宙の一生の間に一回程度しかない」と述べています。
これを踏まえると、先に触れた8月5日の日経平均株価の下落率マイナス12.4%は、塚本さんの計算によれば平均から9.6標準偏差離れており、やはり宇宙の一生の間に一度あるかどうかの事象だということになります。
僕たちはリーマンショックから20年も経たないうちに、宇宙の一生の間に一度しか起こらないとされる株価変動を、少なくとも2回、いや確実にそれ以上経験していることになるのです。「25標準偏差の事象を二度以上経験した」僕らはよほど不注意なのでしょうか。
地震と株価の変動は似ている
株式相場で急落が起きると、よく何万年に1回だとか未曾有の大暴落などと言われますが、実は結構頻繁に起きています。金融の世界では株価の変動は正規分布に従うという仮定になっているのですが、その分布の捉え方が間違っていて、株価の変動は地震発生の確率の分布――グーテンベルグ=リヒター則といいます――に近いという説があります。
地震は、前震があって本震があって余震が続くもの。24年8月の大暴落はブラックマンデーになぞらえることが多いですが、ブラックマンデーも発生の前週にその時点における歴史上最大の下げ幅の急落が起き、その2日後に108ドル安というまた最大の下げが起きました。そして週が明けたら500ドルの大暴落でブラックマンデーとなったのです。
令和のブラックマンデーも同じです。8月1日に日経平均1000円クラスの下げがあって、続く金曜日に2200円下げました。それで週明け月曜日に4500円安です。前震があって本震が来る。地震と同じです。
地震と同じというのは、地震はいつ来るか予知ができない点もそうです。株式市場についても、地震と同じで「いつ」急落するのかを予知するのは不可能でしょう。
しかし、ピンポイントの予想は無理でも、予兆を察知することはできるのではないかと考えています。参考になるのが、やはり地震の前震です。大暴落の前にはその「前震」に当たる、相当大きな下げがある―逆に言えば(こればかりで恐縮です)、大きな下げが来たら、それはそのあとに続く「本震」、すなわち、もっと大きな暴落の予兆かもしれないと思って用心することです。いわゆる「二番底」を警戒するというのにも似ています。
もちろん、ケースバイケースですから、そうならないこともあるのですが、警戒するに越したことはありません。
リーマンショックの予兆
さきほどは1987年のブラックマンデーのケースを挙げましたが、ではリーマンショックで前震に当たるものがあったのか?と言われれば、ありました。
リーマン破綻の1年以前に起きた「クオンツ・ショック」です。
クオンツ・ショックは割安な銘柄が一段と売り込まれ、割高な銘柄が一段と買われた事象でした。サブプライム問題が波及して解約を迫られた巨大ヘッジファンドの資金ねん出売りに伴うポジションのアンワインド(unwind:巻き戻し、ポジション解消)が背景でした。本来はその時点で「何かおかしなことが起きている」と気づくべきでしたが、警鐘を鳴らすひとはいませんでした。
それに続くパリバ・ショックで世間はようやくサブプライムローンの問題が金融市場を揺さぶっていると知ったのです。08年3月の米ベアー・スターンズの破綻を経て、その半年後、リーマン・ブラザーズの破綻へとつながっていきました。
いま振り返ってみると、100年に一度の危機と言われたリーマンショックにもちゃんとそこにつながる経路が敷かれていて、予兆(と見なせるイベント)はあったことがわかります。ただ、それもいまになって振り返れば「そうだった」と言えることです。
「バブルは弾けて初めてバブルだったとわかる」というのは至言です。ひとは歴史から学ばない、ということも、また然りです。
広木隆著/日経BP/1980円(税込み)


