人間関係は、時としてゆがむ。恋人だと思っていた女子高生に、本当の「彼氏」がいると知って損害賠償を求めた会社役員。元同級生の社員を精神的に支配し、1分の遅刻で100万円の罰金を求めた社長。何が彼らを駆り立てたのだろう。日本経済新聞出版の新刊『まさか私がクビですか? なぜか裁判沙汰になった人たちの告白』から、ダイジェスト版でお届けする。
離婚後、独身生活を10年以上続けていた男性が、SNSでやりとりを始めた都内の女子高生と東京・渋谷で会う約束を取り付けたのは、2020年夏。友人と現れた女子高生に「次会うときは2人きり、カレカノ(彼氏彼女)の関係で」と伝えると「はい」と返事があった。
その反応を、交際の承諾と受け取った。ルイ・ヴィトンの財布、フェンディのかばん……。会うたびに買い物に付き合い、小遣いも渡した。
「パパ活ではなくて彼氏彼女の関係だよね」。念のため繰り返し尋ね、SNSでしつこく確認した。女子高生は「はい」「分かりました」などと答えていたが、買い物と食事以外で男性と会おうとしなかった。やがて「家出している」「財布をなくした」などと理由をつけ、口座への入金も迫るようになった。
ある日、女子高生のSNSをひそかに監視していた男性は、自分ではない本当の「彼氏」の存在を目の当たりにする。出会いから1年以上がたっていた。
怒りに震えた男性は女子高生の住まいを突き止め、内容証明郵便を送った。その後、東京地裁に損害賠償を求めて提訴。「恋愛感情を利用して265万円を詐取した」とする訴えだった。
裁判の結末は、書籍(『まさか私がクビですか?』)に譲るが、結果的に、男性が児童買春の罪などに問われうる事態は起きなかった。裁判中、女子高生は本当の彼氏との子どもを出産した。
人間関係は、時としてゆがむ。職場の人間関係も例外ではない。
「嘘つきが直りますように」
従業員に「過激な説教」をする動画をTikTok(ティックトック)に投稿していたのは、関西の内装会社の創業社長。「職場の裏側」を紹介するアカウントを開設したのは20年5月のことだった。当初は当たり障りのない内容で、社長が「慰労会」と称する飲み会で従業員に感謝を示すといった投稿もあった。それが、やがて変化していく。
「メーキング」と題された投稿の中には、工具の片付けが不十分なことを理由に、「どつくぞ」と言いながら、従業員にやり直しを命じる場面も。だが、そんな光景を見て留飲を下げる視聴者もいたのか、開設から2年あまりでフォロワーは7万人を超えていた。人数が増えるにつれ投稿内容はさらに過激さを増していく。
特に目立ったのが、30代の男性従業員を取りあげたシリーズだ。「TikTokを見て社長の下で働きたいと思った」と希望を抱いて入社した男性だったが、社長はある動画で社内のトラブルに対して男性が虚偽の説明をしたと糾弾。「嘘つきが直りますように」などと半裸の上半身に油性ペンで書き込んだ。男性が懸命に謝罪する姿を社長と別の従業員らが笑いものにした。
男性は入社から2カ月後、出社を拒否するようになった。謝罪の強要や性的な嫌がらせの言葉を繰り返し受けるといったハラスメント、殴る蹴るの暴行を受けたなどとして警察に駆け込む事態にまで発展した。
その後も社長の行為はエスカレートし、事情を聴きにきた警察官とのやりとりを撮影して投稿。男性が会社貸与の作業服や工具を返却していないことを激しく非難し、顔写真も公開した。視聴者に「目撃情報を募ります」などとあおる動画も。男性は22年9月、7本の動画によって名誉を傷つけられたとして社長に損害賠償を求めて提訴した。
大阪地裁は23年10月の判決で、名誉毀損の成立を認め、社長に動画削除と損害賠償を命じた。
上司と部下の関係は、ゆがみやすい。上司が経営トップならば、なおさらのこと。まるでドメスティックバイオレンス(DV)のような、精神的支配が生じることもある。
中学校の同窓会での再会をきっかけに、かつての同級生の部下となったある男性は、そこから「異常な環境」に投げ込まれていった。
30代半ばになった学友たちと同窓会で再会したのは13年のこと。そこであいさつを交わした一人の同級生とその後、付き合いを深め、4年後の17年、同級生が仲間と設立した会社で測量部長を務めることになった。上司にあたる統括部長だった同級生は3年後、社長に就任。そこから、二人の間に明確な上下関係が生まれていった。
計画通りに業務が終わらなければ声を荒らげて叱責。仕事の進捗を30分おきにLINEで報告させられた。「俺がきょうなんて言ったか覚えてるよな」「覚えております。申し訳ございませんでした」。「ぶっ飛ばすぞ」「バカなの」。そんな罵倒も送り付けられていた。
19年ごろからミスをするたびに「罰金」と称して金銭を要求されるように。最初は1回1万円だったが、1分の遅刻で100万円を取られたこともあったという。男性側の訴えでは、徴収された総額は21年までに計2742万円。いよいよ払えなくなると同級生は男性のクレジットカードを使って私物を購入した。
男性が、この環境から「脱出」できたのは21年5月のこと。罰金などの支払いで預金が底を突き、母親に借金を申し入れたところ「なぜそんなにお金が必要なのか」と聞かれた。事情を打ち明け、会社を退職。支払わされた金額相当の損害賠償などを求め、同級生と会社を訴えた。
男性は陳述書で、当時の心境を「服従しなければ何をされるか分からないという恐怖に支配され、洗脳されていた。正常にものを考えることができなかった」と振り返った。
極端なケースかもしれないが、上司と部下の関係は、一歩間違えれば、そこまでゆがみかねない緊張もはらんでいる。自分たちの関係の中に今、危うい萌芽(ほうが)はないだろうか。法廷が映し出す人間模様をヒントに、時折、振り返ってみたい。

[日経ビジネス電子版 2025年3月25日付の記事を転載]
日本経済新聞「揺れた天秤」取材班(著)/日本経済新聞出版/1980円(税込み)
