何の気なしに発した言葉で人間関係が悪化し、後悔した経験のある人は多いのではないか。それが理由で解雇されたり、自主退職に追い込まれたり。思わず身につまされるケースを3つ、ご紹介したい。新刊『まさか私がクビですか? なぜか裁判沙汰になった人たちの告白』(日本経済新聞「揺れた天秤」取材班=著)から、ダイジェスト版でご紹介する。

 舞台は、従業員300人ほどのIT(情報技術)会社。デザイナーとして働いていた女性の周りでは当時、社員の離職が相次いでいた。高まっていた職場や社長への不満を、同僚とチャットで交わした。

「有休消化という概念はこの会社にはないんですかね」
「育て方、下手ですよね」
「ばかなの」

 その後、やりとりをしていた同僚も退職することになり、会社にパソコンを返却。中身を確認した社長は、予期せぬ形でそのやりとりを目の当たりにした。そして女性のもとに社長から一通のメールが届く。

 会社を辞めたほうがよいかと思います──。

 メールには、同僚と交わしたメッセージの画面が添付されていた。

「リモート禁止」からの自主退職

 会社側は、その後、フルリモート勤務だった女性に対し、「管理監督」を理由にオフィス勤務を命じる。女性は拒み、2週間後、会社側は無断欠勤が続いたとしてその女性を退職扱いとした。その後、自ら退職を申し出た女性は、出社命令は無効だったとして退職までの賃金支払いなどを求めて提訴した。

 訴訟の結末は、書籍(『まさか私がクビですか?』)をご参照いただくとして、そもそもいさかいの発端となったやりとりについて、裁判所はどう見たか?

 女性は「地位や責任からすれば、社会生活上、甘受すべき範囲内」と述べたが、地裁判決は「(社長を)やゆする内容が含まれ、不快に感じた点は理解できる」と言及した。

 他人をやゆする言葉は、やゆされた相手を不快にするばかりではない。周囲で聞いている人たちがハラスメントだと捉え、争いになることもある。

冗談でも不快だった、外国人上司の「ババア」発言

 あるグローバル企業の日本法人に匿名の内部通報が寄せられたのは、2019年1月のこと。管理職の60歳近い米国人男性が複数の女性に容姿をからかう発言を繰り返しているという。

 例えば「Old bag(ババア)」「Not cute(かわいくない)」など。通報者は「長い間、知っているスタッフは笑い飛ばしていたが、自分も含めて多くのスタッフが不快に感じている」と強調した。

 通報を受けた会社は1週間ほどかけて調査し、男性に警告書を送った。「悪意はなかったものの職場環境を悪化させる恐れのある不適切なコメントが確認された。ハラスメントとみなされる」。男性は「コミュニケーションを円滑にするための冗談。理解がある人にのみ言っている」と反論した。

 日本法人の代表は同年12月、男性に解雇を通知した。男性は受け入れず、従業員であることの地位確認を求める訴訟を起こした。

 男性は解雇を通知される2年前、日本法人代表にヘッドハントされ、年俸2310万円で入社した。「組織の体制が整っていない」と考えた男性は、かつて一緒に働いたことのある元同僚たちを多く招き入れた。

 社内調査で問題視された発言を、付き合いの長いメンバーの多くは冗談だと理解していた。男性側によると、言われた部下側も男性に対し「Stupid American(アホなアメリカ人)」「Fat guy(太ったおじさん)」などと言い返していたという。会社側による従業員への聞き取り調査でも「言われている人との関係性においての発言なので、仲良しなのだという印象」との声があった。

 裁判所は、どう判断しただろうか?

軽率な言動が「まさか」のトラブルを招くことに……(写真:deagreez/stock.adobe.com)
軽率な言動が「まさか」のトラブルを招くことに……(写真:deagreez/stock.adobe.com)

 東京地裁は判決で「発言に相手を侮蔑し差別する意味があることは明らか」としつつ「不快に感じていなかった従業員が少なからずいた」として、相手を侮辱する「意図」はなかったと結論づけ、解雇は無効とされた。

 男性はその後、別の会社に移り、年俸は660万円減の1650万円となった。

「私物を片付けて」が「解雇の通告」に?

 自分の発した言葉が、意図した通りに伝わらず、歯がゆい思いをすることは誰しもあるだろう。売り言葉に買い言葉で思わず出た言葉が、意図しない結末を招くこともある。

 ある運送会社が得意先から「出禁(出入り禁止)」を通告された。痛手を受けた社長は激高し、原因となったと見られる現場を担当した男性に連絡を入れた。しかし、男性は身に覚えがなく、やがていさかいになる。

 社長によれば、男性はそのとき、こう言い捨てた。

「もう勤まらない」

 それに社長はこう応じた。

「勤まらないなら、私物を片付けて」

 男性は会社貸与の携帯電話と保険証を置いて立ち去り、二度と職場に姿を見せなかった。

 男性は、解雇されたと思っていた。そこで労働審判を申し立てたが、会社側は「解雇はしていない」と反論した。争いは男性が地位確認を求める訴訟に発展した。

 会社側は、男性の「もう勤まらない」という発言が「辞職の意思表示」や「合意退職の申し入れ」だったとした。一方、男性は「私物を片付けて」という発言が「解雇」に当たるという。

辞めるメリットも、クビにするメリットもない

 男性側はそもそも「もう勤まらない」とは言っていないと主張した。以前は観光バスの運転手をしていた男性は、新型コロナウイルス禍で仕事がなくなり、この会社に転職した経緯があった。「コロナ禍のときですよ。まして年末に、辞めたいなんてやついますか」

 対する社長も環境の厳しさを挙げた。「人手不足の状態で社員をクビにするのは、あり得ないと思う」「その時点でいる社員をクビにするってことは、ほぼないんじゃないですか」と。そして「私物を片付けて」と言ったのは文字通り、私物の整理を求めただけだと説明した。

 訴訟の結末など詳細は書籍に譲るが、そもそもの火種は、双方が思わず放った一言にあった。

 一度出た言葉は消せない。けれど、日ごろのコミュニケーションが十分に取れていれば、一時の感情に任せた「放言」もカバーできるかもしれない。法廷に映し出される人間模様から、心理的に安全な職場のつくり方について、あらためて考えてみたい。

日経ビジネス電子版 2025年3月19日付の記事を転載]

法廷で次々に明らかになる、本当にあった怖い話。泥酔で失った商社内定、銀行副店長が解雇されたあまりにもささいな理由……積水ハウス「地面師事件」に、隠れ副業で負債を抱えたソフトバンク部長など、有名企業に勤めていても例外ではなく、私たちの日常は意外に怖い。身につまされて学びになるリーガル・ノンフィクション。日本経済新聞電子版の人気連載を書籍化。

日本経済新聞「揺れた天秤」取材班(著)/日本経済新聞出版/1980円(税込み)