映画、ドラマと文化は表裏一体だ。しばしばアメリカ映画の舞台となるデストピア(暗黒世界)、その背景には自由への渇望意識と、現実社会に向けられた反発と皮肉があった。1990年代の「ポリコレ」批判から日本いじりまで、ダークなSF作品が描く世界観とは何か。『アメリカ映画の文化副読本』(渡辺将人著)から抜粋・再構成してお届けする。

1984年、マッキントッシュのCM

 アメリカ人が凄(すさ)まじくこだわるテーマに「自由」がある。SF映画のデストピア系と言われる一連の娯楽作品の下敷きにあるテーマでもある。

 1984年のマッキントッシュのテレビ広告はその象徴でもある。スキンヘッドの囚人のような人々が無思考に眺める「ビッグブラザー」のスクリーン。秘密の警察集団に追いかけられながら駆け込んできた女性アスリートがハンマーを投げ込んで「催眠」を解く。最高視聴率を誇る全米フットボールの決勝戦で、業界を牽引(けんいん)していたIBMへ挑戦を叩きつけた伝説のCMだ。

 一義的にはビッグブラザーはIBMを意味していたが、それだけではなかった。オリジナルの案ではビッグブラザーはカール・マルクスに似せる予定だったことをリドリー・スコット監督は明かしている。

 スティーブ・ジョブズの伝記作家、ウォルター・アイザックソンはこう述べている。「『1984』はジョージ・オーウェルの小説です。彼がその中で言っているのは、巨大な政府や企業がビッグブラザー的に私たちを管理するということです。スティーブ・ジョブズはコンピューターが個人に力を与えると信じていました。それがマッキントッシュのすべてであり、だからこそジョブズは1984のテレビCMを愛していたのです」

 ジョブズが「1984」のモチーフにこだわったのは、オーウェル流の全体主義の『動物農場』とは違う世界をアップルなら提示できるという自負だった。コンピューターがデストピアを生むのか自由の武器になるのか。CMはナレーションで終わる。

 「1月24日、アップルコンピュータはマッキントッシュを発売します。なぜ1984年が『1984』のようにはならないか、お分かりになることでしょう」

暗黒世界は政治が生み出す

 デストピア描写で定評がある往年の映画に『ソイレント・グリーン』があるが、1966年刊行の小説を原作とする1973年公開の作品だ。

 設定した「未来」は2022年。凄まじい格差社会、人口増加で肉や野菜などが希少価値を持ち、一般人はソイレント社なる会社が製造する謎の合成食品を食べて暮らしている。人権、食の安全をめぐる消費者運動などリベラルな運動とも共振するテーマだ。

 2012年には『クラウド アトラス』が全米で公開され、翌2013年にアジア公開されたが中国での大幅なカットが話題になった。1849年から2321年まで6つの異なる物語で構成される。輪廻(りんね)転生がモチーフだが、コアにあるのは「自由」をめぐる問題だ。

 『クラウド アトラス』『ソイレント・グリーン』にも似た部分があるのは、2144年の未来都市ネオソウルで、人造のクローン労働者が革命家に自我を覚醒させられ、支配の「真実」を知りレジスタンスとして逃亡し闘う物語だ。

 この種のデストピアはテクノロジーの発展で自然にそうなるのではなく、あくまで人為的に作られる。つまり、政治だ。仮想現実ドラマシリーズ『ワイルド・パームス』でも黒幕は上院議員だった。

 2007年カリフォルニア、上院議員が所有するメディア企業ワイルド・パームス社が運営するテレビチャンネルが「教会の窓」なるヴァーチャル・リアリティ番組を放送する。特殊な薬物を利用してのVRやホログラフィなど仮想現実の政治利用を描いている。上院議員の背後には新興教団がいる。1980年代に台頭したキリスト教連合のテレビ伝道チャンネルなどにヒントを得て、政教問題にメディア支配を絡めた、てんこ盛りの社会派作品だった。

 自由主義の「リバタリアン」組織がレジスタンスとしてこの野望と戦うのだが、ABCテレビ放送は1993年。時代を先取りしすぎて当時批評がついてこれず、最近になって見直されている。サントラ音楽を坂本龍一さんが担当したので日本ではVHS発売・レンタルされた。

1990年代の仮想的「ポリコレ」批判

 シルヴェスター・スタローン主演『デモリションマン』ではデストピア化は市長の方針である。治安維持という点では市民の利益になっているように見える。1993年公開のこの作品の真骨頂は、「クリーンな社会」を旨とした独裁制の未来を予見的に描いたことにあった。

 犯罪がない「クリーンな社会」になった近未来が舞台。ロサンジェルスがモデルの架空の都市の警察は管理社会の防人(さきもり)かはたまた手先か。無菌的にコンピューターで管理された社会は口汚い言葉にペナルティが科せられる。

 過剰な「言葉狩り」のネタは、すでにアメリカで激しさを増していたポリティカルコレクトネス(政治的公平性)への反発でもあった。キャンセルカルチャー(排斥主義)という言葉が身近になる30年前のことだ。

 中国のテクノロジーと経済の台頭前、ハリウッド作品でアジアを投影したモチーフはいずれも日本だった。カタコトの日本語や変な日本風ファッションを乱雑に持ち込んだ『ワイルド・パームス』もそうだが、1990年代までのSFはサムライから経済大国まで、とにかく日本いじりが溢(あふ)れていた。

 企業がデストピアの推進役になることももちろんある。『ロボコップ』は治安が最悪のデトロイトを浄化するため、瀕死(ひんし)の警官の肉体をアンドロイド化して無敵の警官を誕生させる話だ。

 ロボット開発を行うオムニ社(OCP)は、財政破綻状態の市政府に代わって市の運営や警察の管理をしている設定で、政府による全体主義ではなく、特定の一企業が政府の代わりをしてしまうアメリカ風の「民営化デストピア」だ。体裁こそ一丁前に報道風だが、企業プロパガンダと偽善を垂れ流すだけのニュース番組もオムニ社が掌握(しょうあく)し、ジャーナリズムも死んでいる。

デストピアは、テクノロジーの発展によるのではなく、人間が作るものだ(写真はイメージ)(写真:Giovanni Cancemi/stock.adobe.com)
デストピアは、テクノロジーの発展によるのではなく、人間が作るものだ(写真はイメージ)(写真:Giovanni Cancemi/stock.adobe.com)
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『ザ・インターネット』の予見的リアリティ

 サンドラ・ブロック主演『ザ・インターネット』の原題は『ザ・ネット(The Net)』。当時日本語では「ネット」という呼称が未定着で原題のままでは意味不明だった。

 ウィンドウズ95発売の年(1995年)に公開された本作には懐かしさと未来予見が混在する。

 フロッピーディスクは今見ると古臭いが、公開当時は感熱紙式のワープロが日本ではまだ主流だった。電子メール黎明(れいめい)期。学生は大学の情報センターなどに電車に乗って「メールを見に行く」滑稽さで、休校も合格通知も何もかも文字通り「掲示板」の札で確認した。

 自宅のネットも電話回線なのでつないでいる間は話し中になった。「電話がかかってくるから、パソコン通信をやめなさい」と家族に怒られたものだ。この時期のネット環境の日米差は本当に激しかった。1990年代後半に留学先で驚いたのはラップトップPCでノートをとる姿だった。

 『ザ・インターネット』のストーリーはよくある陰謀サスペンスアクションだ。ハッカー映画としては、ロバート・レッドフォード主演『スニーカーズ』が早かったが(運動靴ではなく「sneak」は忍び込む意味)、データ改竄(かいざん)でネット上での人格を書き換えられてしまうサイバー攻撃は極めて斬新かつ予見的だった。

 本作は未来のライフスタイルも的中させている。アマゾンの本格的浸透より5年以上も前、ウーバーイーツ登場の20年以上も前のことだ。オンラインで在宅勤務をしてネットで食事から宅配までワンクリックで済ませる主人公の生活は「未来の私たち」だった。

クリーニング店を継ぐために不法入国?

 サイバー攻撃による人格乗っ取りは滑稽な笑いごとでも陰謀論でもない。実際に私は経験している。アメリカの移民局のデータがハックされ、違う人物に書き換えられてしまったことがある。2017年、「エスタ」というアメリカビザ免除入国システムに登録しようとしたら、「あなたには不法移民歴がある」として却下された。

 米政府の友人が内々で調べてくれたところによると、移民局のデータでは、私と同姓同名で同じ生年月日の日本人が「父親のクリーニング店を継ぐために不法入国したため強制送還された」となっていた。

 私の姓はありふれた日本名だが、名は読み方が一般的ではない。生年月日とセットともなると偶然の一致はまずあり得ない。また、移民1世が「クリーニング業」という職業的な固定観念がどうも日系人的ではなかった。

 恐怖を感じたのは、データ上で強制送還されたことになっている1998年の当該月、確かにミネソタ州ミネアポリス空港で私が入国していたことだ。適当な記録をこしらえたのではなく、実際のデータを土台に部分改竄(かいざん)されていた。

 国務省の友人は「生年月日と姓名が同じ人がたまたま不法入国したんだねえ」と笑いながら、10年有効の商用ビザを用意してくれ、かつて仕えた連邦下院議員も再入国トラブル防止の「身の潔白」の証明を手伝ってくれた。

 米政府の安全保障にも関わる経緯もあるのだが、いずれにせよ私はこの「アイデンティティ乗っ取り事件」のせいで当面は「エスタ」取得をできず、商用ビザを更新してもらうことになった。

 「偽データ」がなかなか抹消されず、入国審査のたびに審査官に「お父さんは今どこだ?」と尋ねられる。「東京ですが。クリーニング店の件?」と答えると、「ああ、なるほど、お気の毒に」と笑いながらスタンプを押してくれる一連の会話がルーティンになってきた。

 ウイニー誤認逮捕事件ではないがハッキング関係は自分が身をもって経験するまでは、誰にとっても陰謀論にしか感じられない。

 ハッキングではないが、アメリカの選挙では海外からのサイバー介入は毎度のことになってきた。その巧妙さは増している。

 2022年中間選挙直前にTwitter(現X)やMetaが削除を公開した不審アカウントには、トランプ支持者の間、左派の間でそれぞれ多くのフォロワーを集めていたサイバー上の「インフルエンサー」がいたが、いずれも実在しない工作だった。候補者を遠隔で応援するのではなく、左右両方に「仲間」として潜伏して民主主義社会の分断を煽(あお)る新型の工作だ。

 TikTokについて議会共和党や米政権は安保セキュリティで懸念を示してきた。ところがトランプは規制を翻意、バイデンも選挙戦で利用。GAFAM叩(たた)きとZ世代票と理由は違えども、前・現大統領揃(そろ)ってちゃぶ台をひっくり返すという珍事。このちぐはぐ感自体がまるでリアリティショーだ。

鑑賞必携の「隠し味」ガイド

<7つの文化>でひもといていく「アメリカ」。おなじみの著名作品から日本では劇場未公開の知られざる個性派作品、Netflixオリジナル作品やAmazonプライムなど配信系オリジナルの映画ドラマまで数多くの作品を幅広く紹介。文化が分かるとドキドキや泣き笑いが真に迫る! すべての映画・ドラマファン必読の1冊。

渡辺将人著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)