イーロン・マスク、スティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾス……。天才的なイノベーターが生み出したイノベーションはそれぞれ異なりますが、「思考の型」は共通しています。第一原理思考、アナロジー思考、パラノイア思考、物語思考、反逆思考、情熱思考、SF思考など、傑出したイノベーターに共通する「10の思考法」を、本人たちへの取材や100冊以上の書籍から得た知識を基に解剖した書籍『 天才思考 世界を変えるイノベーションを生む10の思考法 』から一部を抜粋・再編集してお届けします。天才の思考法は、世界中のイノベーターに共通しています。連載の第15回では、米インテルのCEO(最高経営責任者)だったアンドリュー・グローブの「パラノイア思考」と京セラ創業者の稲盛和夫の「ビビリ経営」を取り上げます。 =敬称略

 イノベーターには楽観的な性格の人が多いと思われがちです。誰も挑戦したことがない新しいイノベーションを起こすためには失敗を恐れない勇気が必要だからです。しかしながら過度な楽観主義に陥ると、重大なリスクを見逃す可能性が高まります。「慢心せずに、常にどのようなリスクがあるかを把握して対策を講じる姿勢」がイノベーターには欠かせません。

 「パラノイアだけが生き残る(Only the paranoid survive)」という言葉で知られるのが、インテルの創業メンバーでCEOを務めたアンドリュー・グローブです。パラノイアとは、過去に経験した不安や恐怖の影響を受けるなどして、他人が常に自分を脅かしているといった妄想を抱くことを指します。精神医学においてパラノイアは「被害妄想」とも呼ばれますが、グローブはこの言葉を「経営者は心配性でなければならない」という比喩的な意味で使っています。

 「私はパラノイアであることを信条としている。成功は自己満足を生み、自己満足は失敗を生む。生き残れるのは、警戒を怠らないパラノイアだけだ」。グローブは著書『パラノイアだけが生き残る』でこのように述べています。「成功は破滅の種を宿す」と信じており、ライバルの予想外の動きや技術の変化、顧客の裏切りなどを常に警戒すべきだと主張していました。

 「パラノイア思考(Paranoid Thinking)」ともいえるこのような考え方を多くのイノベーターは身につけています。マスクや台湾の半導体大手、TSMC(台湾積体電路製造)創業者のモリス・チャン(張忠謀)らのパラノイア思考は新刊『天才思考』で説明していますが、それは日本のイノベーターにも共通しています。

 例えば、ファインセラミックスの技術を電子部品などに応用することで2兆円企業へと成長した京セラを創業した稲盛和夫も「楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する」という言葉を残しています。

 「天は私たちに無限の可能性を与えているということを信じ、『必ずできる』と自らに言い聞かせ、自らを奮い立たせるのです。しかし、計画の段階では、『何としてもやり遂げなければならない』という強い意志をもって悲観的に構想を見つめなおし、起こりうるすべての問題を想定して対応策を慎重に考え尽くさなければなりません」(稲盛和夫OFFICIAL SITE)

 稲盛のこのような考え方は、あらゆる脅威を視野に入れて行動することを重視したグローブのパラノイア思考と共通するものです。

「ビビリ」の精神は、パラノイア的な危機察知の能力そのもの

 この「悲観的に計画する」という過程において、稲盛はパラノイア的な細心さを社員に求めました。新しい事業を始める際に、企業は様々なリスクに直面します。このため稲盛は、想定できるすべてのリスク、ライバルの動き、市況悪化などのシナリオを「これでもか」というほど緻密に洗い出し、それに対する防御策を考えた上で、事業に乗り出す姿勢を重視しました。

 「真の勇気とは、自らの信念を貫きながらも、節度があり、怖さを知った人、つまりビビリをもった人が場数を踏むことによって身につけたものでなければなりません」とも稲盛は語っています。この「ビビリ」の精神は、パラノイア的な危機を察知する能力そのものといえそうです。あらゆるリスクを詳細に把握し、問題が起きる前に対応策まで考える「ビビリ経営」を稲盛は重視していました。

 京セラは、1959年の創業以来一度も赤字を出したことがないことで知られており、潤沢な現預金(キャッシュ)を手元に置くことを、稲盛は強く意識していました。それは、恐慌のような危機がいつ訪れても、会社を存続させ、社員の雇用を守るための強い危機感の表れでもありました。

 稲盛は仕事に対する「消しゴムでは消せない緊張感」も社員に要求しました。

 「よく90パーセントうまくいくと『これでいいだろう』と妥協してしまう人がいます。しかし、そのような人には、完璧な製品、いわゆる『手の切れる製品づくり』はとうていできません。『間違ったら消しゴムで消せばよい』というような安易な考えが根底にあるかぎり、本当の意味で自分も周囲も満足できる成果を得ることはできません」

 「営業にしろ製造にしろ、最後の1パーセントの努力を怠ったがために、受注を失ったり不良を出したりすることがあります」

 稲盛の「常に何かが間違っているのではないか」「もっと完璧にできるはずだ」という思考特性は、心理学的な意味での偏執的(パラノイア的)なこだわりと非常に近いものです。

 楽観的な「ビジョナリー(未来構想家)」でありながら、同時に悲観的な「パラノイア」でもある──。一見矛盾する「両極端の精神」を同居させていたことこそが、稲盛和夫という経営者のすごみでもありました。このような思考は『天才思考』で詳しく述べたように、グローブに限らず、マスクやTSMCの創業者にも共通しています。

京セラ創業者の稲盛和夫氏は楽観主義と悲観主義の両方を駆使して経営していた(写真=Bloomberg/Getty Images)
京セラ創業者の稲盛和夫氏は楽観主義と悲観主義の両方を駆使して経営していた(写真=Bloomberg/Getty Images)

日経ビジネス電子版 2026年5月25日付の記事を転載]

天才になれなくても、天才の思考法は誰でも学べる。イーロン・マスク、スティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾス……。天才イノベーターの成功は「思考の型」から生まれています。『天才思考』では、第一原理思考、アナロジー思考、パラノイア思考、物語思考、反逆思考、情熱思考、SF思考など、傑出したイノベーターに共通する「10の思考法」を、本人たちへの取材や100冊以上の書籍から得た知識を基に詳細に解剖します。

山崎良兵(著)/日経BP/2640円(税込み)