イーロン・マスク、スティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾス……。天才的なイノベーターが生み出したイノベーションはそれぞれ異なりますが、「思考の型」は共通しています。第一原理思考、アナロジー思考、パラノイア思考、物語思考、反逆思考、情熱思考、SF思考など、傑出したイノベーターに共通する「10の思考法」を、本人たちへの取材や100冊以上の書籍から得た知識を基に解剖した書籍『 天才思考 世界を変えるイノベーションを生む10の思考法 』から一部を抜粋・再編集してお届けします。連載の第16回は「チーム思考」で、空気が読めず、人間関係の構築が苦手というマスクの致命的な弱点を補う米スペースXの社長兼COO(最高執行責任者)、グウィン・ショットウェルを取り上げます。 =敬称略
「孤高の天才」のような英雄的な存在として見られることが多いイノベーターは、自分一人の力でイノベーションを実現しているようなイメージを持たれがちです。しかし、それは完全に誤りです。「狂気の混じらない天才はいない」というアリストテレスが語ったとされる有名な言葉がある通り、性格に問題が多い人物が目立ちます。個性的なイノベーターにこそ、良き理解者である優れたパートナーや副官、支えになるチームが必要です。
自分は何が得意で、何が苦手なのかを認識し、自分の欠点を補う優秀な人材を仲間にする「チーム思考(Team Thinking)」が、イノベーターの成功には欠かせません。
例えば、気分の浮き沈みが激しくて暴言が目立つイーロン・マスクは「性格が破綻している」といった批判が多いことで知られています。実際、マスクは人間関係の構築や調整的な業務が明らかに苦手です。
そんなマスクの弱点を、スペースXで補っているのが、社長兼COOのグウィン・ショットウェルという女性です。感情的で、達成不可能に見える目標を掲げるマスクの指示を、何万人もの従業員に伝えるのは大変で、むちゃな技術的要求や計画変更を部下に上手く伝えられなければ支持を失い、離反を招く可能性もあります。
しかしショットウェルは、マスクにない優れた調整能力を持っています。「人に優しくしよう、ただし最小限度にとどめよう。人に敬意を払おう」という言葉を、ショットウェルはよく口にするといいます。人に優しくしても、しすぎるのはよくないというのはマスクの部下らしい発言ですが、マスクが苦手な「人に敬意を払う」姿勢を大事にし、良い人間関係を構築する優れた能力が彼女の持ち味です。
「オタクであることを誇りに思う」
ショットウェルの人間力は、何の実績もないスタートアップだったスペースXが米航空宇宙局(NASA)から数十億ドル規模の契約を獲得する際にも発揮されました。「ロケットを売るために重要なのは人間関係で、顧客との関係を築くこと。売れるロケットがないのでチームを売り込み、CEO(マスク)を売り込んだ」。ショットウェルは、2018年に世界的なカンファレンス「TED」でスピーチした際にこう述べました。
ショットウェルを採用したのはもちろんマスクです。元同僚と会うためにスペースXを訪れた彼女に偶然会ったマスクは、10分ほど会話を交わす中で、ロケット開発について鋭い指摘をするショットウェルにすっかりほれ込みました。マスクはスペースXに入社するよう数週間にわたって彼女を説得し続けたそうです。
ショットウェルは米ノースウェスタン大学で機械工学の学士号と応用数学の修士号を取得したエンジニアで、自動車メーカーと宇宙関連企業を経て、2002年に7番目の社員としてスペースXに入社しました。当時、シングルマザーだったショットウェルは、誰も成功したことのない事業に挑戦する小さなスタートアップに入るのはリスキーだと思い、数週間悩んだそうです。
しかしロサンゼルスのハイウエーをクルマで走っているときに、天啓が訪れます。「失敗しても倒産してもいい。挑戦することがなにより大事だ。リスクに飛び込んで、わくわくする仕事をしようと思った」。ショットウェルは2021年に、母校である米ノースウェスタン大学の卒業式に招かれた際のスピーチで、スペースXに入社した理由をこのように語りました。
『天才思考』の第1章「情熱思考」で述べたように「大好きなことをやる」姿勢は多くのイノベーターに共通しますが、その同志や仲間になる人も、同じように自分の心の声(内発的動機)に従うことが大事です。スタートアップならではのさまざまな失敗や苦難に直面しても、心から楽しいと思える好きなことなら続けられる可能性が高いからです。
「オタクであることを誇りに思う」と述べるショットウェルは、宇宙開発に携わる社内外のエンジニアの考え方や価値観を理解していることも強みです。スペースXの営業活動においては、「相手が考える技術的な問題や懸念にすぐに対応することが重要だ」と、ショットウェルは述べています。エンジニア魂を持ち、自分たちも同じオタク仲間であるという意識で、NASAなどの取引先に接してきたことが、スペースXの顧客開拓につながりました。
全力を尽くそう。他者に協力的になろう
さらに2008年から17年以上スペースXの社長を務めるショットウェルは、マスクのむちゃな要求に上手に対処する方法を知っています。「『それは無理です』とすぐに返事をせずに、いったん間をおき、よく考えて実現可能な方法を探すことにしている」(ショットウェル)。長年、マスクの下で働く中で、狂気が宿るともいわれるリーダーとの付き合い方を心得ていることが、潤滑油として組織をうまく動かす力になっています。
「全力を尽くそう。他者に協力的になろう」というのが、ショットウェルのモットーです。やっと乗り越えたとみんなが満足していると、マスクが何かを放り込んできて、急な坂を再び上り始めることになるのがスペースXの日常だそうですが、「それがマスクの仕事で、会社を快適な場所に近づけるのが私の仕事だ」とショットウェルは考えています。時価総額で1兆7500億ドル(約280兆円)規模という史上最大の新規株式公開を視野に入れる、スペースX躍進の“影の立役者”がショットウェルといえるでしょう。
ショットウェルに限らず、マスクは自分自身が得意なことと苦手なことを理解し、足りない部分を補ってくれる優れた人材を見つけ出して、雇い入れてきました。ここまで組織が巨大になった今は不可能かもしれませんが、創業期はどれだけ多忙でも採用面接に必ず立ち会っていたそうです。新刊『天才思考』で詳しく述べたように、マスクはショットウェル以外にも自分の弱点を補う多くの優れた部下たちを見いだし、仲間として引き入れました。このようなマスクの「チーム思考」が、スペースXが数々の困難を乗り越え、驚異的な成功を収める力になりました。

[日経ビジネス電子版 2026年5月28日付の記事を転載]
山崎良兵(著)/日経BP/2640円(税込み)
