天才的なイノベーターには、深刻ないじめを経験するなど、孤独な子ども時代を送った人物が目立ちます。イーロン・マスク、スティーブ・ジョブズ、ピーター・ティール、ビル・ゲイツ……。しかし彼らは起業後はイノベーションを一人で起こすのは困難であることを認識し、優れたチームをつくることを重視しています。天才イノベーターに共通する「思考法」を解剖した書籍『 天才思考 世界を変えるイノベーションを生む10の思考法 』から一部を抜粋・再編集してお届けします。連載の第20回では、マスクやティールの起業家人生の原点ともいえる米オンライン決済のペイパルとそこで築かれた人的ネットワークを取り上げます。 =敬称略
「チームの存在がなければ、ゼロから一を生むことはとても難しい」。ピーター・ティールは著書『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』でこう主張しています。いくら天才的なイノベーターでも一人でできることはもちろん限られているからです。新刊『天才思考』で説明したように、優れた能力を持つだけではなく、同じ価値観を共有し、お互いをよく理解し合える仲間を集めることが、世界を変えるようなイノベーションを実現する力になります。
強い使命感で結ばれ、艱難辛苦(かんなんしんく)を乗り越えたチームは、創業のような1つのプロジェクトが終わり、メンバーがそれぞれ別の道を歩むようになった後も、いったん構築された人的ネットワークは存続します。例えば、ティールやマスクがかかわったペイパルの創業メンバーは、「ペイパルマフィア」と呼ばれ、強い絆(きずな)を持つことで知られています。
ペイパルの誕生から米オークション大手のイーベイに買収されるまでの約4年間についてはジミー・ソニ著『創始者たち―イーロン・マスク、ピーター・ティールと世界一のリスクテイカーたちの薄氷の伝説』に詳しく書かれています。この本は、マスクやティールに加えて、ウクライナ出身で卓越した能力を持つ技術者のマックス・レヴチンや、問題解決能力と人的ネットワークの構築に優れたリード・ホフマンなど、創業期のペイパルがどのようなチームだったのかを理解する助けになります。
ペイパルの創業メンバーの間では、激しい意見の対立と仲たがいもありましたが、資金繰りに苦しみながらも、勝利に執着し、狂ったように働いた経験は、強固な絆をもたらしました。
それはスティーブン・スピルバーグとトム・ハンクスが制作した、第2次世界大戦の欧州戦線を舞台にした戦場ドラマ『Band of Brothers(バンド・オブ・ブラザーズ)』に描かれる、極限状況をともに生き抜いた戦友のような関係性といえるでしょう。
このドラマのタイトルは、ウィリアム・シェイクスピアの史劇『ヘンリー五世』の一節である「We few, we happy few, we band of brothers(数は少ないが、我々は幸福な少数者──兄弟のように結ばれた仲間だ)」に由来します。英仏の百年戦争において、圧倒的に不利な人数でフランス軍に戦いを挑んだ英国王が部下たちを鼓舞するために語った言葉です。
逆境を乗り越えたペイパルマフィアは「幸福な少数者」となり、数多くのスタートアップの起業や支援で名を馳せます。マスクのテスラやスペースX、ティールのパランティア・テクノロジーズに加えて、動画サービスのユーチューブやビジネスSNSのリンクトイン、口コミサイトのイェルプはペイパルマフィアが創業した会社です。
ペイパルマフィアは、逆境でもチャンスでも、互いに助け合うことができる強い関係性を築いています。
例えば、ティールは、宇宙ロケット打ち上げの失敗が続いていたスペースXに投資してマスクの窮地を救いました。またオープンAIは、サム・アルトマンやマスクらが設立したことで知られますが、ティールやリンクトイン創業者のリード・ホフマンも初期段階から資金支援しています。ティールが創業期のフェイスブック(現メタ)に投資したのも、ホフマンに紹介されたことがきっかけでした。
交差点で革新が相次ぐ「メディチ・エフェクト」
優れた才能が集まる交差点のような場所で、革新的なアイデアが次々に生まれる現象は「メディチ・エフェクト(効果)」とも呼ばれます。ルネサンス期にメディチ家が支配したイタリアのフィレンツェでは、ボッティチェリ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロのような天才が相次いで優れた芸術作品を生み出しました。メディチ家は、芸術家だけではなく、ガリレオ・ガリレイのような科学者、フィリッポ・ブルネレスキなどの建築家、マルシリオ・フィチーノなどの哲学者を集めて支援し、交流させました。この結果、さまざまな分野を横断する知の化学反応が起き、多くの革新的な成果が生まれたのです。
このような効果を、起業家でコンサルタントのフランス・ヨハンソンは著書『アイデアは交差点から生まれる イノベーションを量産する「メディチ・エフェクト」の起こし方』で、メディチ・エフェクトと呼びました。
天才や創造性を統計と歴史データで研究してきた米心理学者のディーン・キース・サイモントンも著書『天才とは何か』でこう述べています。「ある時代に存在するクリエイターの数が多ければ、一段と偉大なクリエイターが生まれる。これは、歴史に残る創造的天才は、同じ領域で活動する多数の偉大なクリエイターと関係を築く機会に恵まれるということである」
孤独な天才というイメージが強いイノベーターですが、『天才思考』で詳しく述べたように、成功するためにはチーム思考が欠かせません。創業者が自分の苦手を補うパートナーを見つけることはもちろん大切ですが、優れたチームがそれぞれのメンバーに刺激を与えて、イノベーションを再生産するうねりが生まれることも見逃せない事実です。
スタートアップの世界では、プロジェクトごとにメンバーが集まって起業し、成功するとチームが解散し、また別の挑戦で再び集まるという循環が繰り返されています。個々の企業や組織を超えて広がる起業家のネットワークやコミュニティーは、シリアル・アントレプレナー(連続起業家)を生み出す母体となり、メディチ・エフェクトを現代に再現する装置として機能しています。

[日経ビジネス電子版 2026年7月8日付の記事を転載]
山崎良兵(著)/日経BP/2640円(税込み)
