多くの傑出したイノベーターは、カルト的ともいえる強固な企業文化を築くことを重視しています。集団をまとめ、一つの方向に向かわせる強い推進力が生まれるからです。天才イノベーターに共通する「思考法」を解剖した書籍『 天才思考 世界を変えるイノベーションを生む10の思考法 』から一部を抜粋・再編集してお届けする連載の第21回では、多くの優れた企業に共通する「カルトのような企業文化」を取り上げます。 =敬称略

 イーロン・マスクやピーター・ティールに限らず、優れたイノベーターが率いる企業には「カルトのような企業文化」が目立ちます。

 カルトという言葉を聞くと、異常な思想を持つカリスマ的リーダーに率いられた反社会的な集団をイメージする人がいるかもしれません。しかし『ビジョナリー・カンパニー』シリーズの著者で経営学者のジム・コリンズは、「ビジョナリー・カンパニー(偉大で永続的な企業)には、カルト的な企業文化が共通している」と指摘します。「理念への熱狂」「教化への努力」といった文化がその代表例です。

 実は「カルチャー(Culture)」と「カルト(Cult)」の語源は同じで、いずれも「cultus」という耕作や崇拝を意味するラテン語に由来します。カルト教団も偉大で永続的な企業も、集団を構成するメンバーの心を耕して、独自の教義や価値観を信仰(崇拝)させ、実践させることで、組織としての持続性や結束力を高めようとします。

 「究極の組織のメンバーは、同じ組織のメンバーとしかつるまない。彼らは家族を無視し、外の世界を遮断する。だけど、それと引き換えに強い仲間意識で結ばれ、普通の人が否定するような神秘的な『真実』に到達する。そんな組織はこう呼ばれる―『カルト』。完全な献身を求める文化は外から見ると狂気に映る」。ティールは『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』でこう述べています。イノベーションを起こそうとするスタートアップにはカルト的な企業文化が必要だとティールは考えています。

 優れたイノベーターは、自らが重視する価値観(教義)を言語化し、企業文化として社員に浸透させようとします。マスクは、スペースXでは「人々が他の惑星に住めるようにすることを最終目標として、宇宙技術に革命を起こす」ことを、テスラでは「第一原理アプローチに基づいて世界最大の問題を解決する」「不可能を可能にする」ことを掲げています。

 このような組織で働くと、「自分たちは一企業の利益のためではなく、人類の未来のために働いている」と考えるようになってきます。使命を常に意識し、困難な目標に挑戦し続ける組織は、ティールが指摘するようにカルト的な企業文化になりがちです。マスクは、スペースXやテスラの社員たちに、「単なる仕事ではなく、革命のような大きな意味のある事業に参加している」という意識を持たせようとしているように見えます。

 新刊『天才思考』で詳しく説明したように、このような文化はイノベーションを起こす多くの企業に共通しています。アマゾン創業者のジェフ・ベゾスは「新しいアイデアを実行する場合、長期間にわたり、外部からの理解を得られないことを受け入れる」ことを会社の方針に掲げました。「社外からどう思われても気にしないでいい」というベゾスの哲学は、同社の「リーダーの原則」にも取り入れられました。アマゾンの組織文化もカルト的と言えそうです。

カルトのような文化は偉大で永続的な企業に共通

 多くの企業は理念やパーパス(社会的な存在意義)を掲げていますが、内容を見ると「イノベーションを通じて、よりよい社会を実現する」といった似通った内容のものが目立ちます。これに対して、優れたイノベーターは、他社とは異なる個性的な企業文化を言語化することで、社員を教化することを重視しています。

 コリンズが『ビジョナリー・カンパニー』で指摘したように、カルトのような文化はスタートアップに限らず、偉大で永続的な企業にも共通して存在するものです。それは集団を一つにまとめる宗教のようなもので、米国では、ウォルマートやプロクター&ギャンブル(P&G)のユニークな企業文化が有名です。日本にもトヨタ自動車やファナック、キーエンスのような、強固で個性的な文化を持つ企業があります。

 もっとも、カルト的な文化は、価値観が合う人にとっては居心地がいいのですが、合わない人にとっては強いストレスになります。顧客へのサービスに熱狂的になることを求めるウォルマートのカルチャーに居心地の悪さを感じるならばウォルマートの一員になれず、「プロクター化」に熱心になれないならば、本当の意味でP&Gの一員にはなれないということです。カルト的な文化は、創業者自身が経営のかじ取りをするスタートアップの場合はより鮮明になり、なじまない人は会社を去るケースが少なくありません。

 「ビジョナリー(先見性)とは、やさしさではなく、自由奔放を許すことでもなかった。事実はまったく逆であった。ビジョナリー・カンパニーは自分たちの性格、存在意義、達成すべきことをはっきりさせているので、自社の厳しい基準に合わない社員や合わせようとしない社員が働ける余地は少なくなる傾向がある」(コリンズ)

 とりわけイノベーターが率いる創業期の企業は、社員に必死になって働くことを期待し、革新的なビジネスに挑戦して何度も失敗を繰り返すため、猛烈な努力と長時間労働が求められるケースが目立ちます。それでも働きたい人だけが残されるため、ふるいにかけられた集団は純化され、ますますカルト的になっていきがちです。

 同じ世界観や価値観を集団が共有するようになると、いちいち合意形成をしなくても、判断が容易になり、経営のスピードは増していきます。外から見ると狂気に見えるような文化でも、世界を変えるようなイノベーションに挑んでいる場合は、成功すれば巨大な果実を得ることができます。

 テスラやスペースXに加えて、アップルやアマゾン、マイクロソフトも、創業期に入社して株式を保有するか、ストックオプションなどの形で株式を一定の金額で購入する権利を保持していた人は、株価の上昇により、莫大な利益を手にしました。

「人類を救う」という使命を重視するイーロン・マスクは、社員にハードワークを求めることでも知られている(写真=Chesnot/Getty Image)
「人類を救う」という使命を重視するイーロン・マスクは、社員にハードワークを求めることでも知られている(写真=Chesnot/Getty Image)

日経ビジネス電子版 2026年7月17日付の記事を転載]

天才になれなくても、天才の思考法は誰でも学べる。イーロン・マスク、スティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾス……。天才イノベーターの成功は「思考の型」から生まれています。『天才思考』では、第一原理思考、アナロジー思考、パラノイア思考、物語思考、反逆思考、情熱思考、SF思考など、傑出したイノベーターに共通する「10の思考法」を、本人たちへの取材や100冊以上の書籍から得た知識を基に詳細に解剖します。

山崎良兵(著)/日経BP/2640円(税込み)