(写真=猪俣 博史)
(写真=猪俣 博史)

※日経ビジネス電子版の連載企画「書店再興」を基にした新刊『書店再興 まちの本屋さんのゲームチェンジのために』が2026年3月27日に発刊しました。このコラムには同書のベースとなった記事をセレクトして転載しています。その第14回。

 書棚に並んでいる本が、全部カバーで覆われて、タイトルも著者も隠されていたら……? そんな不思議なブックカフェが東京・池袋にある「本と珈琲 梟書茶房(ふくろうしょさぼう)」だ。ここは、ドトールコーヒーが本と珈琲をテーマに開いた新業態。中身が分からないから買いたくなる。そんなパラドックスが、本の氾濫する時代に人気を呼んでいる。

「梟書茶房」の入り口にある、カバーで表紙を隠された「ふくろう文庫」(写真=猪俣 博史)
「梟書茶房」の入り口にある、カバーで表紙を隠された「ふくろう文庫」(写真=猪俣 博史)

池袋駅西口に直結する「エソラ池袋」ビル。飲食店やアパレルショップが入居する東京メトロ有楽町線の駅ビルですが、4階に上がると一気に雰囲気が変わります。謎めいたお屋敷のような入り口。その左手には、「ふくろう文庫」という本の売り場があり、なんとカバーで表紙が隠された本だけが並んでいます。

 ユニークな特徴は、おいおいうかがっていくとして、この不思議なブックカフェは、どのように誕生したのか、まずは経緯を教えてください。

栁下 恭平さん(以下、栁下):梟書茶房がテナントとして入居するエソラ池袋は、東京メトロの子会社、メトロプロパティーズのビルなのですが、そのテナントリーシングのご担当の方から、2016年にお声をかけていただいたのが、最初でした。

書店をテナントに入れたい、ということだったのですか。

栁下:はい、そうです。ご担当の方が、僕が経営する書店「かもめブックス」のことをご存じで、「100坪ぐらいのスペースがあるので、本屋さんを出しませんか」と、お話を持ってきてくださったんです。

栁下 恭平(やなした・きょうへい)
栁下 恭平(やなした・きょうへい)
鷗来堂(おうらいどう)代表取締役社長、「かもめブックス」店主。 1976年生まれ。20歳で海外放浪に出て、4年間、オセアニア、南米、欧州など10か国で旅暮らしをする。帰国後、編集プロダクション勤務を経て、2004年に校正・校閲の専門会社「鷗来堂」を東京・神楽坂で設立。14年、書店「かもめブックス」を開業。17年、シークレットブックの専門書店「ふくろう文庫」を併設したドトールコーヒーの新業態「本と珈琲 梟書茶房」をプロデュース。(写真=猪俣 博史)

書店激戦区、池袋で「4階出店」は大冒険

栁下さんは、東京・神楽坂で校正・校閲の専門会社「鷗来堂」と並行して、書店「かもめブックス」を経営されていて、編集者、校正者、書店主という3役を務めておられます。それにしても、東京の3大ターミナルの一角で、1日乗降者数が日本でも最上位を争う池袋駅の直結ビル。そこの100坪で、しかも書店の業態とは、商売的には大冒険ですよね。

栁下:以前は女性向けのアパレルショップが集まっていたフロアだったということです。本屋とアパレルでは売り上げの立て方が、まったく違いますよね。そこでまず、この立地は本屋にとって、どういう意味を持つかというのを考えました。

 というのは、池袋駅の西口には大手の「くまざわ書店」「旭屋書店」さんが、また駅の東口にも「ジュンク堂書店」「三省堂」さんがあって、ほかにも学生さんが多い場所ですので、いわゆるまちの新刊書店、古書店、アニメ系のマニアックな本屋さんもあるというエリアだったんです。

大手書店だけでなく、サブカル系の本屋さんも充実していて、ある意味、飽和した市場だと思います。

栁下:たとえば同じ西口にあるくまざわ書店さんなんて、本当に大きなナショナルチェーンで、雑誌、漫画から、単行本、文庫、新書、そして学習参考書まで、ありとあらゆる本がそろっています。そういう場所で本屋さんをやるというのは、どんなことかと一から考える必要がありました。

新規出店の難しさを、どのように整理され、解決されたのでしょうか。

栁下:一般的には「競合が多い」という逆風の中で、「受けるよりも断る方が当たり前」だと思われるかもしれません。僕自身も、「かもめブックス」は1店舗だけでいいと思っているので、2号店という話だったら難しかったと思います。ただ、社内的なリソース不足が生じなければ、ここで本が売れる企画は提案できると考えました。

フロアは路面ではなく4階ですから、強い来店動機が必要になりますね。

栁下:池袋は書店の激戦地とみなされがちですが、西口と東口は別の街ですし、ビルが違えば人の動線もまったく違ってきます。また、秋葉原の電気街や東京駅のラーメンストリートのように、同じ店舗が集まることには集客のメリットもあります。

 そこでまず、本を読むこと、すなわち「読書」という行為に何が必要かを考えました。

何が必要でしたか。

40分の「オフライン」が必要

栁下:読書には連続した40分のオフライン時間が必要だ、という答えが自分の中から出てきました。

 たとえばLINEに友達から来る「今夜、飯食わない?」みたいな連絡を読む時に、集中力は要らないですよね。

集中力ではなく、反射神経ですね。

栁下:今の時代、我々の日常はほぼオンライン状態ですので、誰かからしょっちゅう連絡が来ることは当たり前になっています。でも、実用書でも小説でも、1冊の本を読もうとする時に、「今夜、飯食わない?」に返事をするのと同じノリでは、読めないですよね。

それは難しいです。LINEとは文字数が違う。1冊の本はたいてい10万字を超えちゃいますしね。

栁下:10万字を読もう、という時はそれ相応の気構えみたいなものが必要じゃないですか。日常からその気構えに移行するには、3~4分ほどモードを切り替える時間が必要です。そして、そこから連続したオフラインの40分が続く……という環境が読書には要るんですね。

 そこで、読書と相乗効果のある+αのお店をフロアで展開できればいいのではないかという話が、メトロプロパティーズのご担当の方と始まりました。

店内はコーナーによって雰囲気を変えている。ここはゆったりとしたラウンジ。窓際の本棚にある本は自由に閲覧できる。(写真=猪俣 博史)
店内はコーナーによって雰囲気を変えている。ここはゆったりとしたラウンジ。窓際の本棚にある本は自由に閲覧できる。(写真=猪俣 博史)

書店+文具・雑貨、書店+カフェ、書店+アパレルという「+α」の形は、すでにいろいろな書店が展開していますが、「読書に集中」というアイデアがまだ試されていなかったのですか。

栁下:本屋さんをやるとなったら、スマホの修理屋さんか眼鏡屋さんとの相性がいいんじゃないかな、と僕は思っていました。何かを注文した後に待つ時間がある業態がいい、と。実際、現在は眼鏡店の「オーマイグラス東京」さんがお隣のテナントになっておられます。

 でも、読書時間を確保する観点からいえば、やっぱり書店+カフェですよね。その点でメトロプロパティーズさんとも意見が一致して、コーヒーショップ運営のプロとしてドトールコーヒーさんをご紹介いただき、ご一緒することになりました。

しかし、さらにそこから一歩も二歩進んで、覆面本を売る書店というところが、すごい飛躍というか。あの、「覆面本」という言い方で合っていますか。

栁下:覆面本、袋とじ本、シークレットブックと、いろいろな呼び方があり、お好きな呼び名でいいのですが、僕たちは「ふくろう文庫」と呼んでいます。

「袋とじ」と「ふくろう」がかかっているんだ。

栁下:ただ、このアイデア自体はそんなに目新しいものではないんですよ。

え、そうなんですか?

栁下:今まで、図書館での読書イベントや、アパレルショップの販促などでも、袋とじ本はけっこう使われてきました。そもそもの発祥については詳しくは知らないのですが、表紙とタイトルがあって当たり前、ということを、ちょっとずらす。それによって、人の興味を引くことができるんですね。

ここで梟書茶房の袋とじ本がどうなっているのかを簡単に説明しますと、本棚とテーブルに並ぶ本は、すべてブックカバーがかけられています。その表側に、4桁のナンバーとともに、その本を推す栁下さんからのコメントが付いています。まず、このナンバーは一体何なのですか?

栁下:ここでは約2000冊の本を並べていて、ナンバーは0001から1231まであります。

何か意味があるのでしょうか。

なぜナンバーを付けているのか

栁下:袋とじ本を選ぶ際、人は何を手掛かりにするか。それはやっぱり誕生日ではないか。そう思って、365日に対応するナンバーを付けたんです。

タイトルが隠されているわけですから、確かに手掛かりは必要ですね。

栁下:本に興味があって日常的に本を買う人は、たぶん何の仕掛けがなくても本をお買いになるんですよ。ただ、目的買いの本があるとか、新刊をチェックしたいといった人は、それこそ近隣に品ぞろえの豊富な書店さんがあるので、そちらに行かれますよね。

その方が早いです。

栁下:でも、そうではない人にとっては、世の中に本があふれている今の状況下で、何を選ぶかは難しいですよね。だとしたら、情報を減らした方がいいのではないかと思うのです。

コメントの下には、「読みやすさ」「人にあげたくなる」「役に立つ」の☆評価とともに、本をさらに読み継いでいくためのガイドも記されています。たとえば「この(本の)くだらなさに愛着が湧いてきた人はNo.0002がおススメ!」「あまりにもくだらないと感じた人はNo.0048を推薦。」といったふうに。

No.0983のガイドは「明治という時代を知りたければ、これ1冊で十分と言っても過言ではない」。分厚い本だが、挑戦したくなる。(写真=猪俣 博史)
No.0983のガイドは「明治という時代を知りたければ、これ1冊で十分と言っても過言ではない」。分厚い本だが、挑戦したくなる。(写真=猪俣 博史)

栁下:本を読むことって、筋トレみたいなもので、一度始めるとやり方が分かってくるんです。

 たとえば僕の好きな作家でいうと、原田宗典さんの作品は『スメル男』『十九、二十』がよく知られていると思いますが、原田さんは実験的な小説、青春小説から戯曲、短編集と幅広い作品を書かれています。青春小説から入った人は、次に実験的な新作にガイドされていくことで、作品世界をより深く味わえることになるじゃないですか。

 また、そのように数珠つなぎでリレーしていくことで、この本の海の中から何を買えばいいのか、と思い悩む時間を緩和できる。考える負荷を低減することで、日頃本を読まない方でもとっつきやすくなるのかな、というのがあります。

本を読む環境にも凝っていますね。「読書と珈琲を楽しむゾーン」「珈琲と食事を楽しむゾーン」「物思いに耽(ふけ)るゾーン」「お喋りするゾーン」と、雰囲気を分けたレイアウトになっています。

栁下:内装はドトールさんが力を入れてくださいました。大英博物館の図書館をイメージしたそうです。

梟書茶房のもう一つの核となるコーヒーは、ドトールコーヒーでコーヒーマスターと呼ばれる菅野眞博さんが監修されています。菅野さんとは、以前からお知り合いだったのでしょうか。

栁下:いえ、ドトールさんはメトロプロパティーズさんからのご紹介でしたので、会社としても、個人としても、お仕事をご一緒するのは初めてでした。

これだけ斬新なコンセプトですが、お話はすんなりといきましたか? 今は目の前に店舗があるから分かりますが、何もない時に説明されるのは、大変じゃなかったかな、と。

ドトールさんはすごかった

栁下:おっしゃる通り、コンセプトを最初から100%理解していただく、というのは難しかったと思います。でも、この店は僕がすごいんじゃなくて、ドトールさんがすごかったという証明です。

 もちろん事業決済には、企業として踏むべき手順があったと思いますが、100%は分かっていないかもしれないけれど、やってみよう、と決断してくださった。

ここで、ドトールコーヒーからのコメントを紹介します。コーヒーチェーンの事業に「本」という要素を加えた効果について、うかがいました。

ドトールコーヒーからのコメント

 「まだ1店舗ということもあり、大きな経営上の効果はありません。ただし、ビル4階というカフェ単独では誘因が難しい立地で、ユニークな書籍販売というコンテンツが話題となり、わざわざ足を運んでくださるお客様も多数いらっしゃいます。

 ブック&カフェの親和性は高いですが、ドッグカフェ、ガソリンスタンド併設店、金融機関併設店と同じように、様々な誘因コンテンツの一環と捉えております。(ドトールコーヒー広報課)」

こちらの業態については、通常の経済的な論理とは別に、コーヒーチェーン競合の中の、差別化戦略の一つして捉えることができますね。それにしても、かなり思い切って遊んでくれたな、と。

栁下:僕自身もどうなることか、当初はちょっと分かっていませんでしたが(笑)、やはりコーヒーのナショナルチェーンならではの、仕組みと現場力をちゃんと備えておられる。ナショナルチェーンのマンパワーを思い知りました。

(写真=猪俣 博史)
(写真=猪俣 博史)

(次回に続きます)

日経ビジネス電子版 2025年3月12日付の記事を転載]

「本屋さんがなくなる」悲観論ばかりが叫ばれる書店業界で、直木賞作家・今村翔吾氏を初め、個人が、企業が立ち上がる。経済産業省や地方自治体も黙っちゃいない。昭和の発想を切り替えて、書店を「頑張れば稼げる」ビジネスに変えていく具体的な試みはいくつもある。これらの発想は異業種にも応用可能だ。

清野由美(著)/日経BP/2530円(税込み)