
※日経ビジネス電子版の連載企画「書店再興」を基にした新刊『書店再興 まちの本屋さんのゲームチェンジのために』が2026年3月27日に発刊しました。このコラムには同書のベースとなった記事をセレクトして転載しています。その第13回。

内沼さんは子どものころから本と本屋が大好きで、受験生時代に参考書にハマったことから書店通いが本格化し、2001年刊行の『誰が本を殺すのか』(佐野眞一著、プレジデント社)にいたく衝撃を受けたとうかがっています。
内沼晋太郎さん(以下、内沼):学生時代から本を切り口にしたイベントを企画したり、小冊子を制作したりと、いろいろな活動をしていました。もともとは、ただの本が好きな一学生、一読者でした。それが、佐野さんの本を読んだ時に、はじめて出版流通の全体像と、そこにある問題点を知り、本を市場に送り出す側の視点を強く意識するようになりました。その意味で、大きな転換点となった本でした。
「殺す」というキーワードはインパクト大で、佐野さんの本はベストセラーになりました。現在は当時よりもさらに書店減少が進んで、「書店消滅」といったキーワードをよく見かけます。
「書店消滅」は何度も言われてきた
内沼:そこなんですが、正直に言うと、僕にとって今、「書店消滅」を語るのは建設的ではないと考えています。正直、ただ不安をあおっているようにしか感じられないというか。
え、それはどういうことなんですか?
内沼:書店が危機だ、という言説にははやりがあるんです。00年代、10年代、そして20年代と、だいたい10年おきに目立った本が出て、危機を語るブームが起こるんですよね。けれども、前提となっている業界の状況はほぼ同じで、それでも書店はなくなっていません。
従来のまちの書店は減っていますが、一方で内沼さんの「本屋B&B」のような新しい業態が登場しています。消滅というより、業界地図が変わっている、ということだと思いますが。


内沼:そうですね。需要が減れば必要な数は減りますが、ゼロになるわけがない。問題はこれまで通りの環境を維持できないことで、いかに変化に対応できるか、ということだけです。
この「書店復興」シリーズは、作家の今村翔吾さんの問題意識とアクションを起点にしています。先細る既存の書店・出版業界に対して、ただ「大変だ、大変だ」と言っているだけではなく、関係者自らが革新を起こしていくべきだ、というのが今村さんの旗印でもあります(「本と書店の未来のために必要なのは議論より『行動』です」)。
内沼:まったくその通りだと思います。
ちなみに、今村翔吾さんが参入したシェア形書店という業態に関しては、内沼さんはどのようにとらえていますか。
内沼:シェア型書店には可能性を感じています。ビジネスモデルとしては、不動産業に近いですよね。
本を売るのではなく、書店の棚を貸すことで収益を得る。その点でまさしくマイクロ不動産業です。
内沼:現在のシェア型書店は、不動産業的に見ると、雑居ビル的なものだと思います。私見になりますが、たぶん今村さんをはじめとするシェア型書店のリーダーたちは、雑居ビル的なものを脱却して、いかに商業施設のようにプロデュースするかを考えているのだと思います。
たとえば6階建てのビルを建てて、ワンフロアずつテナントに貸すのではなく、イオンなのか、ららぽーとなのか、あるいは伊勢丹なのか、いずれにしてもリーシングからコミュニティづくりまで一貫したブランドづくりをしていくことで、集客をより目指していくのだろうと。
シェア型書店においても、フェイズが変わってきているという見立てですね。
内沼:シェア型書店1.0が雑居ビルモデルで、2.0が商業施設モデルで、さらにその先にある3.0が、僕が下北沢で手がけているボーナストラックのような、「そのまちらしさ」に関わって、広がっていくエリアマネジメントモデルなんじゃないかな、と思っています。
フィンランドではオーディオブックが大流行
なるほど。
内沼:そもそも「本が売れない」みたいなことは世界中で同時多発的に起こっていて、けれども細部を見ていくと、その背景も、起きていることも違っているんですよね。それが面白くて、僕はなるべく海外の出版業界の取材をするようにしています。
そうなんですね。それは面白い。
内沼:24年は北欧とバルト3国に行きました。ある書籍関連の調査によると、フィンランドはいまやオーディオブック大国なんですよ。20代から30代ぐらいの世代の5人に3人が日常的にオーディオブックを聞いているということで。
「読書」ではなく「聞書」ですか?
内沼:はい。フィンランドでは月額20ユーロぐらいで、小説やビジネス書の新刊、旧刊本が全部、聞き放題というサブスクリプション(定額課金)のサービスが主流です。
目で読むんじゃなくて、耳で聞くサブスクなんですか。
内沼:はい。ですからフィンランドではオーディオブックこそが紙の本に対する脅威で、誰も電子書籍の話なんてしてくれないんですよね。
フィンランドの首都ヘルシンキには「アカデミア書店」という老舗や、「ニデ」というアート&デザイン系で知られた書店があり、世界の中でも本好きのイメージが強くありましたが。
内沼:本好きであることは間違いないです。図書館もすごく充実しています。
ヘルシンキ中央駅に隣接する大型公共図書館「オーディ」は、地元の人とともに旅行者も行き交う拠点になっていて、都市再開発の目玉としても注目されていますね。
母国語で本が読めなくなる危機
内沼:そのように人々が本好きだからこそ、就職とか子育てとかを理由に、本から離れてしまった層が“ながら聞き”できるオーディオブックを愛好し、そこからこの習慣が一気に広がったということなんですね。
もう一つの脅威は英語です。バルト3国でいうと、IT立国のエストニアでは、ほとんどの人が英語を流ちょうに話します。ですから、中学生が『ハリー・ポッター』を読もうという時にはエストニア語版ではなく、原著である英語版を選んでしまう、という話を聞きました。この事態はエストニアの人たちにとってアイデンティティーに関わってくる問題ですよね。
それはそうですよね、国語の危機ですからゆゆしき問題です。
内沼:ですので、エストニアで出版業や書店業を営んでいる人たちの話からは、母国語を守りたい、という危機意識を感じました。これは日本では感じにくい感覚だと思います。
国語とはすなわち国家ですから、それは戦慄が走る話です。
内沼:一方、同じバルト3国のリトアニアは対照的で、長年、国の政策としてリトアニア語を守ってきた背景があります。リトアニアではテレビや新聞などのマスメディアで、外来語を使ってはいけないというルールがあるんですね。
カレーライスを「辛味入り汁かけ飯」と表していた、戦時中の日本みたいな感じなんでしょうか。
内沼:たとえば「プリンター」という言葉は「印刷機」と表さないとダメ、みたいな制約ですね。もちろん日常の口頭ではみんなプリンターという言葉を普通に使っています。でも、メディアでは「印刷機」と表現しなければならないんです。
その結果、何が起こるかというと、リトアニアでは100年前の本でも、表現が現代と変わらないので、すらすら読めるとのことです。
それは日本でも、なかなか難しいですよね。森鴎外や夏目漱石の本でも、今すらすらと読めるかというと、いろいろ突っかかりそうです。
内沼:リトアニアは人口がエストニアの倍くらいという違いもありますが、そういった背景もあって、リトアニアにはまだ英語の脅威みたいなものは感じられませんでした。僕にしても、少し話を聞いただけですので、より正確なことまでは分かりませんが、その違いが興味深かったですね。
エストニアは人口137万人、リトアニアは287万人。いずれも、歴史的にずっとロシアの脅威にさらされ続けてきた小国です。両国の対照的な状況から、本と書店のあり方が、国家戦略にも関わっていくことが想像できます。
韓国の書店支援策に唸る
内沼:日本では最近、経済産業省による書店支援という話があります。国の支援という点でいうと、特に韓国の事例は適切なものとして印象に残っています。
どのような支援なのでしょうか。
内沼:韓国は政権が変わると政策もガラっと変わるので、助成金の仕組みもよく変わってしまうのですが、僕が取材した時に印象的だったのは、プログラム支援を基本にしているというポリシーでした。たとえば作家と一緒に小説のワークショップをやります、みたいな書店イベントに対して、まとまった助成金を申請することができるんです。
ソフトウエア重視ということですね。
内沼:まさしくソフトウェア重視です。新刊の本を扱っていると、その時に売りたい本はどうしても重なってくるので、Aという店と、Bという店と、Cという店の品ぞろえがものすごく違うということは、起こりにくいわけです。これは日本も同じで、それぞれバックグラウンドが異なる店主が、自ら吟味して選んでいる独立系書店ですら、平積みにしている本はどうしても重なってきてしまう現実があります。
韓国の方式は書店独自のプログラムを支援することで、結果的に個店の色を際立たせる役割も果たしているんですね。たとえばA店は小説家を呼んで、文学ワークショップを行う。B店は哲学者を招いて哲学対話を行う、というふうになると、あ、A店は小説好きが集まる店なんだとか、哲学を語りたい時はB店がいいんだ、みたいになって、その店ごとのお客さんが付いていく。ひいては、それぞれの個性が全体の多様性となって、業界が活性化していったと聞きました。
日本の支援はいかがですか?
内沼:お役所の方々が韓国にも視察に行っていると聞いていますので、よい影響があるといいのですが、実質的にはまだ何も決まっていないのだと思います。ただ、たまに流れてくる報道によると、どうもキャッシュレス決済の手数料を支援しますといったような、みんなで一律にいいことがあるような方式が検討されていそうですね。
お得意のばらまきですね。
内沼:そういう助成があれば、もちろん書店は助かるんですよ。でも、それは一時的な延命策で、競争力を生むものではないですよね。助成があったから、書店が実力をアップさせたとか、個性のある書店ができたとか、そういう方向には行かない。単純に、ちょっとだけ生き永らえても、そのことによって誰も力が付かないので、そこだけに注力するのはよくないと僕は思っています。
韓国のプログラム支援では、プログラムが組めない店には助成金は行かない、ということですか。
内沼:いえ、先にお話ししたのは国の助成なのですが、それとは別にソウル市がやっていた助成がありました。それはより多くの書店を対象として、企画力のある母体がそれぞれの書店と一緒にプログラムをつくっていくような枠組みでした。政権が代わって、現在はどちらもなくなってしまったようなのですが、いずれにしても、プログラムに対する支援はまとまった金額のもので、それが家賃や人件費の助けにちゃんとなっていたようです。
プログラム勝負でいったら、本屋B&Bは、まさにイベントが収益の柱ということで、それにあてはまりますね。
内沼:著者も出版社も、東京に最も集中しているので、本屋B&Bの場合はトークイベントがすでに経営の柱として成り立っています。もし、そうした助成金ができたら、特に地方の書店がゲストを呼んだりすることに活用してほしいですね。実際、本屋B&Bではイベントが人気になるほど本も売れるんですよ。
相乗効果ということですか。
内沼:そのようにとらえています。お客さまが店に足を運んでくださる機会を増やせば増やすほど、本も売れるのです。
ただ利益率でいうと、本は自分たちでは価格が決められないので、直取引が多い本屋B&Bでも3割行くかどうかの世界です。それに対してイベントは、自分たちで企画から値付けまでできる商品なので、より利益率を上げることもできます。両者を連携させていくことが大切ですね。
紙の本が消える気配を感じない
内沼さんが新刊書店だけでなく、日記の専門書店、古書店、ひいてはまちづくりにまで仕事の幅を広げていることを今回のインタビューではうかがってきましたが、何と何を組み合わせて相乗効果を出していくか、その工夫が肝になるのですね。
内沼:もちろん狙ってやったものばかりではありません。面白いと思える事業を進めていくうちに、結果的に相乗効果が出て、それを大切に生かしているようなところも大きいです。

ただ、「マルシェもイベントも、すべてが『本』だ」などと言っている僕自身が、いちばん大事にしていて、売りたいと思っているのは、やっぱり狭義の意味での、印刷された紙の束としての物理的な本なのだと思います。
ある時、友人と話していて、「もしディスプレーが先で、あとに紙という端末が出てきたら、すごい発明だとされたんじゃないか」と言われて、ハッとしたことがあります。その通りだな、と思って。
つながらない端末、動かない端末、ということですか。
内沼:そうです。ウェブ上にあるものはいつ中身が変わるか分からないし、ディスプレーは少し触れたり、時間がたったりするとすぐに変化するじゃないですか。実際、私たちはそれが不安な時に、スクリーンショットを取ったり、紙に印刷したりしますよね。固定されている、ということにしかない価値があるということです。
画面が切り替わらない端末、サービス停止があり得ない端末……。うん、そこには得も言われぬ安心感がありますね。
内沼:この30年でインターネットが完全に当たり前のものとして世の中に普及しました。この先10年くらいで、ほとんどの知的労働はAIがやるようになると思います。
世界はこれだけ変化しているのに、僕はなぜか紙の本が消える気配を感じないのです。というか、むしろ再注目されている。その謎と魅力に迫りながら、これからも多様な本が循環し続ける世界が続くことを願い、そのような仲間を増やして、自分たちにできるチャレンジを続けていきたいと思っています。
内沼さんが語る書店の未来は、世の中の論調とは違って明るいものがあります。閉塞感で語られる地平も、フロンティアととらえれば、開拓の余地がたくさんある。本と書店に希望が持てるお話を、いろいろとありがとうございました。
(内沼さんのポッドキャスト「本の惑星」はこちらから)

[日経ビジネス電子版 2025年1月30日付の記事を転載]
清野由美(著)/日経BP/2530円(税込み)
