※日経ビジネス電子版の連載企画「書店再興」を基にした新刊『書店再興 まちの本屋さんのゲームチェンジのために』が2026年3月27日に発刊しました。このコラムには同書のベースとなった記事をセレクトして転載しています。その第28回。

 データが持つ価値は非常に重い。商社で流通に携わってきたPubteX(パブテックス、東京・千代田)の渡辺順社長は、海外の事例を引きつつ、DX(デジタルトランスフォーメーション)による出版・書店業界の持続可能化を目指す。書店再興のカギとなるのは、返本率の低下であり、その基礎となるのが書誌データの整備と標準化。米国での先行事例から、流通改革の打ち手が見えてくる。

第1回、第2回と、PubteX(以下、本文ではパブテックス)の取り組みと、その背景にある出版流通の課題について、うかがってきました。出版流通の大課題は、サプライチェーンが硬直化していて、書店をはじめ、取次、出版社、著者というすべてのステークホルダーの利益が圧迫されていることです。

渡辺順・PubteX社長(以下、渡辺):日本が人口減少社会になっている現在、感性と経験が重視される出版・書店業界も、そのスキルを持っている人は、これからどんどん減っていきます。前回お話ししたように、その局面の中で、どうトランジションをかけるかが、切実に問われていると思います。

そこでパブテックスは、データを活用したDXに改革のカギを見いだしている、ということでした。

渡辺:今は、あらゆるビジネスでデータがカバーできる領域が増え続けています。出版流通を効率的に回すにも、データは不可欠です。「本」という商材は、人の要素が大事であることを理解しつつ、人がやるべきものと、データを使うべきものについて、役割分担をしていく必要があります。

そもそも日本では書誌データが課題だらけ

復習になりますが、パブテックスの手がける事業には、大きく2つあります。1つが、「AI発行・最適化ソリューション」、もう1つが「IoTソリューション」。 

 前者はサプライチェーン全体からデータを取得し、それらにAIモデルを掛け合わせることで、出版流通を最適化していくこと。

 後者はRFID(無線自動識別)タグを標準化して、書店を中心とした業界オペレーションを改善することと、第1回でうかがいました。

渡辺:補足させていただくと、前者のAI発行・最適化とは、過去の販売実績や在庫推移のデータをAIが学習し、それを基に、出版社の最適な初版発行部数や、重版のタイミング・部数を予測する。それとともに、書店への配本も最適化されることです。

渡辺順・PubteX社長
渡辺順・PubteX社長
2000年、鈴与に入社。国際・海外物流事業、中国における合弁会社経営に携わる。07年、丸紅に入社。国内ロジスティクス事業における営業企画・設計・現場運営などに従事した後、新規事業としてデジタルSCM事業を立ち上げ、「出版流通改革」案件を企画。25年1月、PubteX社長に就任(写真:PubteX)

それらDXの結果として、流通全体を効率化し、書店経営のボトルネックとなっている返本率を減らしていく取り組みであることをうかがいました。

渡辺:その通りです。DXがトレンドになっている現在ですが、データという言葉は、ビジネスの上で非常に重いものだと私は考えています。

 例えば「AIによる最適化」などと私たちが言っても、基になるデータが中途半端なものでは、AIに入れても、正しいアウトプットを出せるわけがありません。基礎となるデータの収集、整理から地道に取り組む必要があります。

巷間言われるGIGO(Garbage In, Garbage Out、ゴミを入れればゴミが出てくる)問題ですね。では、どのようなデータが必要なのでしょうか。

渡辺:出版・書店業界の川上で言うと、それは書誌マスターデータになります。

 つまり、雑誌から本まで、すべての出版物に関する、カテゴリ、著者、出版社、ISBN(※)、出版年月、あらすじなどです。このマスターデータが一つひとつの作品を定義する情報になるので大変重要なのですが、日本国内の書誌データには課題が多いと考えています。

※ISBN:International Standard Book Number=書籍識別の国際的なコード。国、出版社、書名などが13桁の数字で表される。書籍の取引や目録作成に利用されている。

国際的に普及しているISBNでは、マスターデータをつくることはできないのですか。

渡辺:ISBNの番号は確かに国際的に統一されていますが、日本では他に「日本図書コード(ISBNを基にした国内流通の記号)」、「書籍JANコード(日本図書コードの文字情報をバーコードで表示したもの)」があり、複雑になっています。

 コードの使用規定も込み入っていますし、そこに入っている入力内容もバラツキがあります。例えば1つのタイトルを検索すると、それが文庫本か、コミックかという違いは分かるけれども、その先のレイヤーは入力が必須ではないので、分からないのです。

 文庫でも、ビジネス文庫なのか、児童文庫なのか、といった判別はマスター入力が正しくされていない限り、分からない。他にも巻数情報の入力率が低かったり、入力されていても数字入力と漢数字入力が混在していたり、と入力ルールが標準化されていないので、データとしては非常に使いづらいものになっています。

 パブテックスでは、そのばらばらになっている書誌データを整理して、流通の基礎になるマスターデータをつくりたいと考えています。

この書誌データは、海外では整理されているのでしょうか。

渡辺:海外ではすでに整理されていて、出版社がそれらのデータをフォーマットに入れない限り、書店で本を販売できないと、そこまで標準化されています。

書誌データを管理するような、単一の団体があるのですか。

アマゾンが業界を動かした

渡辺:米国では、例えば「ペンギン・ランダムハウス」という世界最大級の出版社が、傘下に業界向けソリューションを提供する会社をつくって、中小出版社に対して標準的なサービスを提供しています。出版社が書店で本を売る際は、その前段階で当該システムに書誌情報を入力する。すると、システムが自動判定をして、項目が全部、緑のOKランプで埋まったら、書店に書誌情報を無事に出せる……という具合です。

出版社は書誌情報を正しく入力しないと、アマゾンでも、まちの書店でも売れない。そのプレッシャーは大きいでしょうね。

渡辺:まちの書店が姿を消している原因として、アマゾンの存在がやり玉に挙げられることが多いのですが、一方で、米国ではアマゾンの要求に応える形で、出版社は書誌情報が洗練され、結果として、業界のDXが進み、サステナブルに変化した、という実績があります。

アマゾンは実際に、そのデータを使って売り上げを伸ばしているのですか?

渡辺:伸ばしています。リアル、ネットの関係なく、アマゾン以外の書店も伸ばしています。なぜなら、この情報を使うことによって、自分のところでは、どのようなタイトル、内容、著者の本が、どのような地域で、どれだけ売れるかが予測できるからです。

なるほど。

渡辺:そのような判断を経て、書店が発注量を決めていくので、それが自分たちで本を売り切るモチベーションになり、ビジネスに納得感と手応えを与えるわけです。

書誌データがしっかり管理、流通されることで、商品の発注、販売、在庫管理が効率化する。その効果は大きいということですね。

渡辺:その通りです。これはRFIDタグの話になりますが、米国でRFIDが普及した要因は、ウォルマートという巨大スーパーが、RFIDによる商品管理に舵(かじ)を切ったからです。「RFIDタグ付きの商品じゃないと仕入れない」とウォルマートが宣言したことで、一気に浸透しました。

 我々でもそのような事例を調べて、まずは書誌情報を統一フォーマットで整備して、データベースをつくり、そのデータを最大限活用すべきだと考えました。「必要なものを、必要な時に、必要なだけつくる。分配する。運ぶ」という、マーチャンダイジングの基本が出版・書店業界でも機能すれば、この業界の苦境は少しは和らぐでしょう。

需要量をデータでとらえて、製造量を決める。これは製造業、小売業の基本ですが、ただ、そこをあまり詰められると、あっと驚く作品は登場しにくく、名前で勝負できない新人や、中堅の活躍の場が狭まるのでは……という懸念が、私たち「つくる側」にはあります。

渡辺:そうですね。編集者の感性や、好き嫌いといった数値化できない部分は、マーチャンダイジングの基本が整ってこそ、本当の出番があり、データと併存していくべきところだと我々は考えています。

書誌マスターデータが整えば、特に販売傾向などは、他業種のマーケティングにも応用可能になると思います。BtoB(企業間取引)で、それらを他の業界の企業にも売っていけるあたりも、うまみになるのでしょうか。

渡辺:データの価値を引き上げていくことは、我々のビジネスの構想に入っています。ただ、正直に言うと、今は大本のデータが十分でないので、まだそこまでは少しかかりますね。

すべてのコミックにRFIDタグ、書店1000店での対応

数値目標は設定していらっしゃいますか。

渡辺:RFID事業でいうと、第1段階として、すべてのコミックにRFIDタグが付いている状態を、第2段階として、雑誌以外のすべての出版物にタグが付いている状態を目指していきたいと考えています。

 書店へのシステム導入については、早期に1000店舗まで広げたいと考えています。

(資料出所:PubteX)
(資料出所:PubteX)
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システムの普及に、経済産業省など国の補助金が付けば、もう少し早まりますか。

渡辺:はい。特に書店さんへのサポートが付けば、効果があると思います。

 ただ難しいのは、経産省にしても、他の省庁にしても、補助の割合は50%程度にとどまることです。100万円の投資のうち、50万円を補助してもらっても、あとの50万円は払わなければならない。今の書店は、それができないほど逼塞(ひっそく)しています。

国の補助以前に、硬直化した利益配分の問題に、やっぱりぶち当たりますね。

渡辺:硬直化した利益配分を変えることが、我々にとっても重要なテーマですが、利益配分の議論が先行するのではなく、その前に原資をつくらないと配分を変えられないことも現実です。

 いろいろと分析する中で、原資の再産出は返本率の削減にあり、そのためにはデータの整備が不可欠……という、冒頭のお答えになるのです。

「書店再興」シリーズでは前回の記事で、紀伊國屋書店、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)、日本出版販売による「ブックセラーズ&カンパニー(以下、BS&Co.)」が取り組む、本の直販による構造改革をお伝えしました。(「書店が減って本も売れていないのは日本だけ?!」「書店の利益率を10%改善する『小売業なら当たり前』の仕組み」)。

渡辺:BS&Co.さんの取り組みは、我々も注目させていただいています。

BS&Co.でも、返本率の削減を最重点にしており、御社とはまた違う方法論で取り組んでいます。そのような改革者たちが、共にアクションを起こしていくことで、今の硬直化した利益配分は変わっていく可能性があります。

渡辺:おっしゃる通りで、もうこの状況では、どこが競合で、などと言っている場合じゃなくて、一緒にがんばって、みんなで生き残りましょう、という話だと思っています。

著者や出版社への還元も可能に

この「書店再興」シリーズは、作家の今村翔吾さんの問題意識からスタートしました。今村さんは書店経営者であるとともに、まさしくサプライチェーンの源流で作品を生み出している人です。

 そのような作家が困っていることのもう1つが、苦労して作り上げた作品が、図書館や古書店で二次的に流通しても、当の作家と出版社には、何のリワードもない現状です。その点でも、RFIDタグのように、本の1冊1冊にトレーサビリティーが付くのは、画期的なことだと思うのですが、著者への還元は、御社の事業視野には入っていないでしょうか。

渡辺:いえいえ、我々としても、その問題は重視しています。

素人考えですが、現在、出版社が御社から購入しているRFIDタグは1枚の単価が高いことが、普及のネックになっています。RFIDのトレーサビリティとともに、二次印税システムができて、出版社への還元が可能になれば、タグ購入コストが相殺されて、タグの普及も進むのではないかと思うのですが。

渡辺:サプライチェーンの効率化は、最終的に著者、制作者への還元に貢献できるものと、我々も考えていて、そのためにRFIDの持つ力をぜひ活用していきたいと思います。そうすれば、出版社は今まで以上に魅力的な作品制作に時間を割けるし、書店さんは今まで以上に売りたい作品を仕入れ、読者にどんどん売っていくことが可能になります。

 私自身、自分の動き方も含めて課題認識のほうがまだ大きくて、これから2つ、3つ、4つと、追加の打ち手を講じていかないと、この業界をサステナブルに変えることはできないと危機感を持っています。一つひとつ実績を積み上げて、「DXで、こんなことが改善できるんだ。じゃあ、ちょっと使ってみようか」というように、みなさんの理解、協力をいただきながら進めていきたいと思っています。

今回、米国での出版流通の改革事例を挙げていただいたことで、ゴールイメージを持つことができました。ありがとうございました。

(PubteX編、おわり)

日経ビジネス電子版 2025年9月18日付の記事を転載]

「本屋さんがなくなる」悲観論ばかりが叫ばれる書店業界で、直木賞作家・今村翔吾氏を初め、個人が、企業が立ち上がる。経済産業省や地方自治体も黙っちゃいない。昭和の発想を切り替えて、書店を「頑張れば稼げる」ビジネスに変えていく具体的な試みはいくつもある。これらの発想は異業種にも応用可能だ。

清野由美(著)/日経BP/2530円(税込み)