採用支援サービス会社のワンキャリアで人事採用の課題に取り組む北野唯我さんが、2024年に刊行した『 「うちの会社にはいい人が来ない」と思ったら読む 採用の問題解決 』(ダイヤモンド社)。具体的で誰にでも分かりやすい「採用の9か条」を掲げ、実務家の視点から書かれた本書を、経営学者で『 経営学の技法 ふだん使いの三つの思考 』(日本経済新聞出版)の著者、舟津昌平さんはどう読むのか。第1回は、採用という定式化しづらい領域を一冊にまとめようとした意図や、採用の場面で経営学ができることは何かについて語り合った。
期待値を意識してトータルで勝つ
舟津昌平さん(以下、舟津) 『「うちの会社にはいい人が来ない」と思ったら読む 採用の問題解決』を拝読しました。最初に思ったのは、これは希少な「採用の教科書」だなと。どういう意図で書かれたんですか。
北野唯我さん(以下、北野) ありがとうございます。空前の人手不足のなか、採用に困っている会社は少なくありません。特に地方に行くほど、採用できないために成長が止まっていたり、事業承継が危ぶまれていたりする。それをなんとかしたいという思いが一つ。
それから、私自身もワンキャリアの創業期から上場後まで採用領域の管掌役員だったのですが、採用には再現性がないという問題があります。例えば担当者1人が代わるだけで、成果がまったく違う。経営の機能の中で、これほど非科学的なものはないでしょう。
それで採用関係の本をいろいろ読んでみましたが、人の見極め方とか部分的に書いたものはあっても、網羅的に書いたものはない。だったら自分で書いてみようかと。
舟津 たしかに採用は、定式化しづらい領域でしょうね。それを「採用の9か条」という形でまとめたことに、すごく意味があると思います。実務家の方は多忙のため、知見はあってもこういうアウトプットがなかなかできません。外部の方が取材して書いたとしても、現場のことが分からなければ真に迫れない。だから北野さんのような方はすごく貴重です。
北野 私は「採用麻雀説」もしくは「採用ポーカー説」というのを唱えているんです。麻雀やポーカーが強い人は、きっと採用も強いだろうという仮説です。これらのゲームは、1回の勝負なら素人がプロに勝つこともありますよね。でも何十回も繰り返したらほぼ間違いなくプロが勝つ。プロなら期待値が高い手段を選んでリターンが低いことを避けるからです。
採用も似たところがあります。最後は人間の心で決まるので、科学的に根拠のある必勝法は存在しません。ただ、期待値を前提にある程度有利に進めることはできます。例えば年収が低いと期待値は低くなりますよね。一方、オフィスがきれいだとか、採用サイトに情報が載っているとかだと期待値は高くなる。そういう期待値を意識すれば、個別で負けることはあってもトータルでは勝つのが採用活動だと思っています。
じゃあ期待値が高いとはどういうことか。その“定石”をまとめたのがこの本です。
舟津 「麻雀説」にはすごく納得感がありますね。例えば生産管理は再現性を確保しやすく、シックスシグマというように100%に近い形で不良品を出さないことを目指せます。では採用に同様の再現性があるかといえば、変数が多く不確実性が高いので難しい。しかし、繰り返し試行での長期的な勝率を上げることはできます。そこで必要なのが定石です、と。これはもっと注目されていい重要な考え方だと思いますね。
ただ一方、組織として採用にあまり重点が置かれていないような気もします。重要な投資対象は別のところにあると考えていて、採用をシステム化して勝率を高めようという意識は薄いかもしれません。
なぜ新卒採用が重要なのか
北野 そうなんですよ。だからもう一つ強調したかったのが、採用の重要性。よく経営者や起業家の方に「新卒採用をやるべきですか」と聞かれますが、いつも言っているのが「どれくらいの時価総額を目指すかによって変わってきます」ということ。一代で時価総額数千億円とか数兆円を目指すなら、新卒採用は絶対に必要です。実際、そこまで急成長した企業は軒並み新卒採用が圧倒的に強い。ソフトバンクも楽天グループもサイバーエージェントもそうですよね。
これには理由があります。新卒採用が強いのは、企業イメージがいいということ、そして端的に言えば採用コストを抑えて大量にいい人材を仕入れていることを意味します。どんな分野でも、仕入れの強さは商売の根幹ですよね。トータルで見れば中途採用よりもリターンが大きいわけです。
ただ、採用活動の投資対効果が見えにくいのも事実です。まして新卒採用となると、回収する期間が長いので余計に分かりにくい。しかも人間の心とか成長という謎の指標もからむので、効果が見えにくい。だから優先順位が低いのでしょう。
舟津 たしかにソフトバンクや楽天ぐらいの規模を目指すなら、新卒を採らないという選択肢はないでしょうね。それに人的資本として見れば、新卒採用は安価な労働力を大量に獲得できるチャンスでもある。ただ、その効果を評価するのはなかなか難しいですよね。
北野 それは永遠の課題です。生産管理の世界では「QCD(Quality、Cost、Delivery)」が重要と言われていますね。これを採用に当てはめると、まずコストは分かります。採用広告にいくら出したか、採用1人当たりいくら使ったか。デリバリー、つまり何人採用できたかも分かります。しかし、中でも重要なクオリティーについては評価しにくいわけです。だから学歴のような分かりやすいラベルに頼りたくなるんですね。
それから安価とか仕入れるとかいうと人をモノとして扱っているようですが、個人のキャリアにとって新卒で入る会社が重要なことは言うまでもありません。事業内容や相性の問題もある。お互いの見極め方もそれぞれ悩むところでしょう。ただこの本では、そういうことにはいっさい触れていません。
理由は大きく2つあります。1つは、人と企業のマッチングとか事業の魅力のようなものは、コントロールできる変数ではないから。そもそも人が人を評価することについて、明確なメソッドやルールなどないですよね。そういうことを論じても、個別性が高く、あまり意味がないと思っているんです。
それともう1つは、会社のイメージと実態が相関するようになっているから。今やネット上やSNS(交流サイト)上には、会社内部からの口コミ情報がいくらでも出ています。会社がいくら取り繕っても、ブラックならブラックとすぐにバレてしまうわけです。だからそのあたりは、あまり言及する必要はないかなと。
舟津 たしかに人材の実質的なクオリティーを見定めるのは難しそうですね。ワンキャリアの場合、新卒であれ中途であれ採用支援を受けた方々が入社後にどうなったか、パフォーマンスはどうか、追跡調査のようなことはされているんでしょうか。
北野 世の中的にも、徐々にできるようにはなっています。採用支援を行う企業として、入社後の活躍まで責任を取るべきだと言われることもありますから。
ただそれも、どこまでコントロールできる変数なのかという問題があります。入社3年目ぐらいまでのパフォーマンスなら、採用が影響している部分は大きいと思います。しかし10年たったタイミングのパフォーマンスは、採用とどれほど関係があるのか。それよりは最初の上司とか、チームとの相性とか、その会社の業績とか、あるいは個人の健康状態など別の変数の影響のほうが大きいですよね。
経営学の世界では、服部泰宏先生(神戸大学教授)が「採用学」の概念を打ち出しておられます。採用や育成というのは、経営学的にどういう扱いを受けているものなんですか。
舟津 私の知る限りでは、人的資源管理などの領域で研究されていると思いますが、(日本の)経営学の中で採用はけっしてメジャーな研究対象ではないはず。服部先生の着眼は比較的珍しいんじゃないでしょうか。
理由を考えると、特に量的なデータを取りにくいからというのはあるかもしれません。データがなければ研究ができないというのは経営学の致命的な弱点の1つでもあります。現代の研究は、データをいかに取得できるかが壁になっている感じがありますね。
だからこそ、この本はすごく価値が高いと思う。あくまでも現場の感覚に基づいて、学問では追い切れないブラックボックスの部分を定式化しているわけですから。
人は「行動原理」で動く
北野 私がこの本を書く上で留意したのは、まさに実務的に、行動管理に直結しなければ意味がないということ。企業経営に欠かせないものとして、よく「ミッション・ビジョン・バリュー」という言い方をしますね。いずれも重要ですが、ミッション(使命・存在意義)やビジョン(理念)は主に経営陣が描いているもので、社員にまでは浸透していないかもしれません。その点、バリューは「行動原理」と言い換えれば具体的で実用性が高くなります。つまり経営者や管理職のみならず、全社員に浸透しやすいわけです。
例えば楽天のミッションとビジョンはあまり知られていませんが、行動原理(同社が掲げる「成功のコンセプト」)の1つが「スピード!! スピード!! スピード!!」であることは有名です。あるいはトヨタにしても、行動原理として「なぜを5回繰り返す」を掲げています。いずれも分かりやすいし、誰でも肝に銘じやすいですよね。そういう本にしたいという意識は常に持っていました。
舟津 経営陣とそれ以外の社員のギャップというのは、企業組織の根本的な問題であり、なおかつ今後ますます広がっていく可能性があります。この本でも、スタートアップ企業の場合にはトップが必ず採用にコミットしなさいと説いていますね。すごく重要なことだと思うのですが、しかし組織が大きくなるほど難しくなります。特に大量に新卒採用している大企業では、トップによる採用へのコミットはほぼ不可能でしょう。
でも、そこに経営学、組織論の出番がある気がします。どんな企業でも、大半の社員はふつうの人ですよね。特殊な能力を持っているわけではなく、それぞれ与えられた仕事をこなしている。それでも回るのが組織の力です。
例えばこの本の「9か条」にしても、特別なことは何も求めていませんよね。ふつうの人の集団でも、これさえ忠実に守れば、長期で繰り返していけば、一定のパフォーマンスは出せますよというメソッドだと思うんです。それが組織論の面白いところじゃないでしょうか。
取材・文/島田栄昭 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集)、石純馨(日経BOOKSユニット) 写真/鈴木愛子
経営学はいかに社会の役に立ち得るのか。実学とされる経営学は、科学的な正しさと、一般の人へ伝えるための分かりやすさとの間で壮大な矛盾を抱えている。伝統的なトピックを題材に、あえて素朴な問いをぶつけてみるという手法から、真に実践的な経営学を考え直す。
舟津昌平著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)





