企業現場が抱える課題に、経営学はどこまで答えられるのだろうか。『 「うちの会社にはいい人が来ない」と思ったら読む 採用の問題解決 』(ダイヤモンド社)の著者で採用支援サービス会社のワンキャリア取締役・作家の北野唯我さんと、『 経営学の技法 ふだん使いの三つの思考 』(日本経済新聞出版)の著者で経営学者の舟津昌平さんとの対談第3回。話題は、魅力的な経営学者の例や経営学のテーマの変遷から、AI(人工知能)にまで及んだ。

ミドル層のための経営学

北野唯我さん(以下、北野) 実際の企業経営において、経営学者の知見はどのくらい活用されているのでしょうか。

舟津昌平さん(以下、舟津) 経営学者にとって都合が悪いのは、経営学を何も勉強しなくても経営できる人がたくさんいるということです。「当て勘」みたいなものだけで経営をさらっとできてしまう人もいる。経営は、(西洋)医学のように何らかの学術的裏付けがないと確実に失敗するものとは性質が違います。

 一方で、経営者はふつうの人では考えられないような大きなリスクを背負って、意思決定をしなければならない。すごく孤独だし、特殊な状況ということは想像がつきます。だから例えばピーター・ドラッカーのようなメンター的存在として経営学者がいるというのも、重要かもしれません。

北野 たしかにそうですね。私は大学時代に金井壽宏先生(神戸大学名誉教授)から指導を受けたのですが、今でもよく覚えている授業があります。リーダーシップの話だったのですが、例えば火事が起きたとき、最前線で消火作業をする人がリーダーであると。そのとおりで、役職や年齢など関係なく、周囲にいる全員がその人に従いますよね。

 これはビジネスでは見落としがちですが、重要な指摘だと思います。肩書上の部下が上司の話を聞くのは、身もフタもなく言えば上司が人事権を握っているからで、給料の源泉だからです。でもビジネスとは関係のないところで、この人の話を聞きたいとか、この人のためにがんばろうと思わせる人こそ真のリーダーであり、原始的なパワーを持っているわけです。こういう見方は経営学者ならではと思いましたね。

「やはり優れた経営学者の方というのは、バランスが絶妙ですよね」と話す舟津昌平さん(写真左)と北野唯我さん
「やはり優れた経営学者の方というのは、バランスが絶妙ですよね」と話す舟津昌平さん(写真左)と北野唯我さん
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舟津 やはり優れた経営学者の方というのは、バランスが絶妙ですよね。現場のことをよく分かっている一方で、視座が高いというか、一段階抽象化させて語ることができる。だから世の中にスッと受け入れられるのでしょう。

 例えば先ごろ東京大学を退職された高橋伸夫先生(現・東京理科大教授)は、自身の研究を「大和言葉の経営学」と表現されています。つまり、ふだん使うような言葉で経営学を語ると。代表的なご著書に『 ぬるま湯的経営の研究 人と組織の変化性向 』(東洋経済新報社)があります。個人と組織のフィット感を「ぬるま湯」と表現しているわけです。社員にとってはそう感じるくらいがもっとも心地よく、職務満足感との一致がみられるそうです。言われてみたらそうだなという感じがしますよね。

 あるいは『 できる社員は「やり過ごす」 』(文藝春秋)という著書もあります。これも絶妙な表現ですね。会社ではいろいろな仕事が降ってきますが、真面目に全部やろうとするとパフォーマンスが下がります。ある程度、自分で勝手に取捨選択して「やり過ごす」ことの効用を説いています。会社の中にいては言いにくい本音を、こういう平易な言葉で理論化・抽象化しているところが面白いですよね。

北野 経営学というとトップのマネジメントがテーマになりやすいのですが、ビジネス書のマーケットとしてはミドル層のほうが大きいですよね。人数は多いし、それぞれ悩みも多様で深いと思うので。

舟津 ミドル層自体は、もともと経営学的にはホットトピックの1つでした。でも、だんだん忘れられていった歴史があります。大きな流れで言うと、まず高度経済成長期からバブルにかけて日本経済が絶好調だったころ、世界中が日本企業の分析をしていたと言います。何がそんなにすごいのかと。

 その結論の1つが、どうやらミドル層の貢献が大きいらしいということでした。アメリカ型の強烈なトップダウンとは違い、ミドル層がトップとボトムとの調整役を果たしていると。ところが、日本企業が世界で相対的な地位を失うとともに、このミドル論も忘れ去られた。一方でアメリカ型の強力なマネジメントを模倣するようになります。

 最近になってミドル論を再考しようという動きもありますが、やはり経営も経営学も、世の中の風潮や流行に左右されやすいということでしょう。大事だったはずのことを簡単に忘れてしまうのは、非常に困ったことではあります。

「経営や経営学が世の中の風潮や流行に左右されやすく、大事だったはずのことを簡単に忘れてしまうのは、非常に困ったことではあります」と話す舟津さん
「経営や経営学が世の中の風潮や流行に左右されやすく、大事だったはずのことを簡単に忘れてしまうのは、非常に困ったことではあります」と話す舟津さん
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人間の本質は変わらない

北野 ただ先ほどの「火事場のリーダー」の話のように、世の中がどのように変わっても、けっして変わらない人間の本質のようなものもありますね。もう10年ほど前ですが、中室牧子先生(慶応義塾大学教授)の『 「学力」の経済学 』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)が話題になりました。最近、新著も出された。幼児教育をはじめとする教育が将来の年収にどう影響するか、各国の論文などをもとに分析された一冊です。

 その中に、若いころのスポーツ経験、リーダー経験などによって鍛えられた非認知能力(「やり抜く力」「自制心」など、学校のテストなどでは認知されない能力)が将来の年収に相関するという指摘がありました。これは採用の実務に携わっている私の感覚とすごく合っています。

 というのも、会社で経営陣やリーダー的な役割を担っている人は、やはり学生時代に生徒会長や部活動の部長などを経験している確率が非常に高い。そういう人は、採用マーケットでも評価されやすいのです。偏差値や肩書などでは測れない、そういう人間の普遍的な能力・魅力のようなものが、経営学の範疇(はんちゅう)でもっと研究されてもいいですよね。

「人間の普遍的な能力・魅力のようなものが、経営学の範疇でもっと研究されてもいいですよね」と話す北野さん
「人間の普遍的な能力・魅力のようなものが、経営学の範疇でもっと研究されてもいいですよね」と話す北野さん
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舟津 昨今の心理学は「再現性の危機」と呼ばれる時期を境に、再現性を非常に重視するようになったそうです。ある知見が他の状況でも再現されたかを確認し続けることが大事だと。これはまさに状況に左右されない「人間の本質」を追求していると解釈できますね。

 きわめて再現性が高い概念の1つが、単純接触効果だそうです。研究者の追試に耐え続けている。で、ある企業の営業マニュアルをたまたま読んだことがあるのですが、そこにも単純接触が大事と書かれていました。科学が生かされているわけですね。

北野 たしかに単純接触効果は本質的です。ふつうに人間の感覚としても、会う機会が多いほど親しみが湧いたりしますから。最近、リモートからオフィス出社へ切り替えている会社が増えているのもそのためでしょう。うちの会社もそうです。それはたぶん、物理的に会ったほうがテンションが上がるとか、作業がはかどるといった原始的だけど確実な効果があるからじゃないですか。これも人間の変わらない部分ですね。

AIは採用を担えるか

舟津 ところで、最近は何かと生成AIが話題ですね。拙著でも利用した描写があります。アカデミックの世界でも、便利なツールだからどんどん使われていますし、AIそのものの研究も盛んです。生成AIが書いたデタラメな論文が出回ることもありましたが、つまり今のところは読む人が読めばデタラメだと判別できるということでもあります。つまり生成AIは猛獣ではありますが、とりあえず今は飼いならすことはできている。

 また、「生成」AIとはいえど、コンセプト創造などはまだ難しいはず。これからどんどん開発されてくるでしょうが、現状ではまだ、生成AIが書くより熟練した書き手が書いたほうがクオリティーは高くなると思います。

舟津さんの著書『経営学の技法』では、成果主義についてChatGPTに質問している。画像クリックでAmazonページへ
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北野 採用の現場も、これからAIによって劇的に変わっていくでしょう。まずマッチングの部分と、それからマーケティングや母集団形成などで使われることはほぼ間違いありません。

 でも、全部代替されることはないと思います。先ほどの単純接触効果のように、最終的に人間が人間を説得するという行為にバリューがありますからね。そこは残ると私は読んでいます。日常でも、例えば好きな人や尊敬する人から「あの店に行かない?」と誘われたら行きますよね。そこには何のロジックもないはずですが、ただ感情を優先して行動変容したくなるわけです。これも人間の本質で、そう簡単には変わらないでしょう。

舟津 そうですね。そもそも現段階では、AIの利活用から競争優位を見いだすのは難しいと思います。例えば自分では3行も書けない学生の代わりにそれなりのリポートを書くのには適している。でもエクセレントなリポートを書こうと思えば、AIだけでは担えない部分が絶対にあります。

 おそらく採用で使われるAIについても、同じことが言えるんじゃないでしょうか。仮にすべての会社がAIを導入したとすれば、全体としてフラットに高度化はしますが、逆に差別化は難しくなります。AIを利用していることが、求職者がその会社を選ぶ理由にはならないですよね。

北野 ちなみに私の本『「うちの会社にはいい人が来ない」と思ったら読む 採用の問題解決』も15%程度はAIで書いています。でも、この本の著者名は私で、説明責任も私が負っている。だから書店に並べていただけるし、印税も発生するわけです。逆にもし「AIが書きました。AIが説明責任を持ちます」と言ったら、誰も読みたいとは思わないでしょう。差別化とはそういうことですよね。

「『「うちの会社にはいい人が来ない」と思ったら読む 採用の問題解決』も、15%程度はAIで書いているんですよ」と北野さん。画像クリックでAmazonページへ
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 それから責任の問題も大きい。例えば医療や自動車の自動運転でAIが活躍しそうですが、いずれも事故が起きれば被害は甚大です。そのとき、誰が説明責任を負うのか。現状では国家の免許によって安全性が担保され、それを持つ人が説明責任を負い、そこに代金が発生してビジネスが成り立っているわけです。それをどこまでAIが代替できるかが、普及のポイントだと思います。

 実は採用の現場でも説明責任の問題が生まれています。アメリカで、採用ツールとしてAIを使ったところ、白人男性ばかり選んでしまったそうです。これには理由があって、現代社会にそういうバイアスがかかっているから。つまり現状においてビジネスで成功している人、社会的に高い地位を得ている人のデータを読み込ませると、白人男性が圧倒的に有利という結果になる。AIは、そのデータをできるだけ踏襲しようとしてしまう、というわけです。

 これを差別的とするならば、では誰が責任を負うのか。AIを作った人か、そのAIを使っている会社か、その会社の採用担当者か。少なくとも、AI自体は責任を負えません。ということは、採用はまだ人間が主体となってやるべき仕事なのかなという気がしますね。

それぞれの自著を手にする舟津さん(写真左)と北野さん
それぞれの自著を手にする舟津さん(写真左)と北野さん
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取材・文/島田栄昭 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集)、石純馨(日経BOOKSユニット) 写真/鈴木愛子

経営学を使えば、社会の見え方はこんなにも変わる。

経営学はいかに社会の役に立ち得るのか。実学とされる経営学は、科学的な正しさと、一般の人へ伝えるための分かりやすさとの間で壮大な矛盾を抱えている。伝統的なトピックを題材に、あえて素朴な問いをぶつけてみるという手法から、真に実践的な経営学を考え直す。

舟津昌平著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)