そもそもどうして「介護と仕事の両立」は難しいのでしょうか。理由はシンプルで、事前の情報不足です。突然、非日常の異常事態に直面するから難易度が上がるのです。新刊『上司に「介護始めます」と言えますか? 信じて働ける会社がわかる』から抜粋、いつかやってくる「その日」に備えて、知っておきたい勘所をご紹介します。その第3回。
NPO法人「となりのかいご」代表理事・川内 潤(以下、川内) 前回まででお話ししてきた「介護は撤退戦」「親と距離を取る」という理解は、まだ社会に広がっていません。「親の面倒は子が見るのが当然」「個人的な問題なのだから、公の力を借りず、できるところまで自分で責任を持ってやるべきだ」という、昭和の大家族時代の常識がまだまだ生き残っています。
その常識が生き残ったまま、企業が法改正に対応して「うちの介護休暇、休業制度を活用してください」と強くアピールしたら、どうなるでしょう。
川内 「それは、仕事を休んで親の介護をしろということだな」と理解してしまう社員が続出しかねないでしょうね。つまり、自分でやる、という昭和の常識を会社が追認しているように見えるでしょう。
そうなると結果は、最悪、再現ドラマで見たような介護休暇・休業を経ての離職。企業の中核である管理職の間でこうした動きが広がったら、まさしく経営問題です。
川内 それに休職の時間が長くなればなるほど、休んだ社員の現場復帰のハードルは高くなりますよね。介護の場合、子どもが面倒を見てしまうと親の依存が進みます。そして、家族では手に負えない状況になっても「この子に面倒を見てもらいたい」と、公的支援を拒むようになる。
言い方はおかしいのですが「介護で仕事はできるだけ休まないほうが、親にも会社にも本人にも社会にも、誰にとっても得」なんですよ。
でも、「介護支援イコール介護休暇」くらいの認識が社会一般にありそうです。
川内 さすがにHR系の人は自力介護の弊害をご存じなのでそこまで低レベルじゃありませんが、そういう勘違いは企業内にはいまだに厳然と存在しますね。
介護支援の体制構築のために休暇は必要です。でも、「介護休暇」=「自分で親の介護」と短絡しがちな今の状況下では、すごく荒っぽく言えば「休ませない」ことこそが、有効な介護支援だったりするんです。
ちょっと別の角度から。自分で介護する理由として「費用」を挙げる人も多いようです。自分でやったほうがお金がかからない、ということですが、こちらについては。
川内 これも誤解があると思います。延べ4000件近くの個別介護相談を受けてきた経験で言えば、「自分で介護する時間を極力減らすプランを組む」か、あるいは「親の年金で入れる施設を探す」、このどちらも費用的な制約で不可能なケースはまずありません。
ということは?
川内 自力介護の理由に「費用」を挙げる方は、おそらく、自力介護を正当化するためにそう言っているのではないでしょうか。「親は自分に介護されることが幸せなはず」「自分で介護しないと周囲から非難されるのでは」という思い込み、あるいは恐れが、「親を他人に介護させる」という考えを遠ざけ、それを合理的に説明するツールとして費用を持ってくる、という。
優秀な会社員ほどハマる罠
川内 やっかいなことに、会社員として優秀な人ほど自力介護にのめり込んでしまう、という実態もあるんです。
なぜでしょう。
川内 優秀な会社員は「課題を分析し、対応策を考え、トライアンドエラーを繰り返して目的を達成してきた」経験があるはずですよね。そこで、親の介護についても仕事と同じように、対策と努力で突破しようとするんです。
「介護の基本は撤退戦」 ですから、現状維持でも上々なのですが、優秀なビジネスパーソンは「状況が改善しないのは、自分の努力がまだ足りていないからだ」と考え、ますます深みにはまるわけです。「もっと介護技術を身につけて親の面倒をしっかり見たい」と、介護福祉士の資格を取る人もいます。
手じまいすることが見えている事業に、ありったけの営業努力を傾けるかのような……気持ちはすごくわかりますが、切ないですね。
川内 優秀な人たちだけに、一度「これは撤退戦だったか」と腑(ふ)に落ちれば、しっかり割りきって状況を立て直しますよ。これは推測なのですが、会社でリストラを主導した経験がある人ならば、こうした介護が持つ性質を理解するのが早いかもしれないですね。
「人に迷惑をかけたくない」という気持ち
もうひとつ、自分もそうでしたが「私事に他人の力を借りたくない、人に迷惑をかけたくない」という気持ちも、会社の支援策や公的な介護支援への抵抗につながる人が多そうです。できるだけ自分で頑張って、それでどうしようもない状態になったら頼ろう、と。
川内 これまた「介護は自己責任」という考えの根強さをうかがわせる話です。
「周りに迷惑をかけたくない」という思いが、会社員を離職に向かわせる面もあるのかもしれません。
川内 しかし、公的支援を使うのが早ければ早いほど、実は導入がスムーズになって、本人も、家族も、そして社会も負担が減る、というのが事実です。そして少なくとも我が国の介護保険制度の下では、外部の力を親の介護に積極的に使うことが推奨されているんですよ。
でも実際には「介護保険料を支払っている」という事実さえ認識していない人も多いし、包括を知らない人が世の中の大多数です(介護保険料は満40歳から「社会保険料」の一部として納付、65歳以降は介護保険料名目で納付もしくは年金から天引きされる)。
この章の締めに、改めて心得としてまとめておきましょう。
- 介護は撤退戦
- 自力でやらない
- 包括(地域包括支援センター)を入り口に公的支援につながる
- 公的支援の要請に親の了承は不要
- 親からのストレスを受けない適切な距離を取る
川内 仕事と介護の両立は、これを知っているだけでぐっと楽になるはずです。自分で親を介護せずに、仕事と両立できる介護の体制をできるだけ早く整える。短期間の介護休暇はその体制構築のために使う。通算で93日ある介護休業は分割して、入院、老人ホーム選び、そして看取りの際に使う。これは厚労省もそのように推奨しています。
自分で介護するための休みじゃないんだよ、と。
川内 それをしっかり企業が社員に伝えることができるか。法改正の成否は、まず、そこにかかっていると思います。
『上司に「介護始めます」と言えますか?』
第1章 親の介護の間違った常識「自力で親孝行」が悲劇を招く
より抜粋、編集したものです。
川内潤+山中浩之(著)/日経BP/1980円(税込み)
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