マンガ 経営戦略全史〔新装合本版〕 』(日本経済新聞出版)の著者、三谷宏治さんは、ボストン コンサルティング グループ(BCG)に勤めた後、アクセンチュアの戦略部門のトップを務めるなど、クライアントの様々な経営課題を解決してきたコンサルタントでした。多くの経営書を読んできた三谷さんに、特に感銘を受けた本と、コンサルタント時代に取り組んだ難関プロジェクトの経験から得られたものを聞きました。

『経営戦略全史』誕生のきっかけの1冊

 今まで読んで印象的だった本はいろいろとありますが、『マンガ 経営戦略全史〔新装合本版〕』の基となる『 経営戦略全史 』(三谷宏治著/ディスカヴァー・トゥエンティワン)に直接つながったのは、『経営戦略の巨人たち 企業経営を革新した知の攻防』(ウォルター・キーチェル三世著/藤井清美訳/日本経済新聞出版社)という本です。これは面白かったですね。原題は『The Lords of Strategy』。Lordは領主や貴族、支配者という意味ですよね。まさに経営戦略界を支配してきた経営コンサルティングファームやコンサルタントたちの物語です。

 20年間、外資系コンサルティングファームに勤めた私も知らない話がたくさんありましたし、ボストン コンサルティング グループ(BCG)やマッキンゼーといった経営コンサルティングファームが、いかにそのビジネスを発展させてきたかが分かりました。

 経営コンサルティングファームは、別にコンサルタントをクライアントに賃貸ししているわけではなく、ファームとしての商品を持っています。それが独自の経営戦略論です。この本では、「実はマッキンゼーは今とは違い、最初はこうだった」「BCGは実はこうだった」という話がたくさん出てきて、本当に面白かった。

 他に若手時代に読んで役立ったのは『Competing Against Time』(1990)です。当時のBCGの独自戦略論「Time-Based Competition(TBC)」を紹介している本です。TBCは時間を軸にした戦略で、「顧客への提供価値を時間(超短納期とか)で上げる」「コストダウンを時間(段取り替えとか)をはかることで実現する」と説いています。これらは著者のジョージ・ストーク Jr.が、日本企業のトヨタ生産方式などに学んでつくり上げたもの。まさに「ジャスト・イン・タイム」、問題は時間だったのです。

 でも、ジャスト・イン・タイムによる生産効率化だけで終わらせず、経営すべてが時間であるというコンセプトにまで昇華したことで、この商品は欧米で大ヒットしました。価値とコストの両面で「時間」という1つの答えを示したのは痛快でした。

「若手時代に読んで役立ったのは『Competing Against Time』」と話す三谷さん
「若手時代に読んで役立ったのは『Competing Against Time』」と話す三谷さん
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マーケティング関連はこの本

 マーケティング関連の本では『ONE to ONEマーケティング 顧客リレーションシップ戦略』(*1)(ドン・ペパーズ、マーサ・ロジャーズ著/井関利明監訳/ベルシステム24訳/ダイヤモンド社)です。ONE to ONEマーケティングというのは、マスではなくセグメント、セグメントではなく一人ひとりに対して個別のマーケティングをしなければいけない、というもの。一世を風靡(ふうび)し、その後のCRM(顧客情報管理)などにつながりました。当時、各コンサルティングファームが同じようなことを考えていて、私もそういった社内プロジェクトに関わっていました。BCGでは「セグメント・オブ・ワン」と呼んでいました。

*1 共著者のドン・ペパーズは元広告代理店のディレクター、マーサ・ロジャーズはデューク大学の教授。のちに共同でペパーズ&ロジャーズグループを創設した。

 セグメント・オブ・ワン、つまり「顧客セグメントのサイズが1、つまり個人」ということなのですが、「世界中の先進事例や知恵を集めろ」という指令が下って、日本担当は私でした。一生懸命調べて、広島の家電量販店、ダイイチ(現・エディオン)などを日本のベストプラクティスとしてリポートしました。そうしたらそれらが採用されて、急きょ、「ダイイチ本店の写真を明後日までに送れ!」と。さすがに広島まで写真1枚のためには行けないので、たまたま広島大学に在学していたいとこに「お願い!」と電話しました(笑)。世界に問う独自の戦略論を、自分たちが作るということを経験したのです。

 後にINSEADのMBAで学んだときに、「自分たち(BCG)が作ってきた戦略論は、このように学問的に位置づけられたり、整理されたりするのだ」と感じられて、良かったですね。私にとってMBAの内容自体に目新しいものは何一つありませんでしたが、戦略や知識が整理される、体系化されることの価値が分かりました。

読んでおいてほしい基礎となる2冊

 また、『マンガ 経営戦略全史〔新装合本版〕』は漫画ですが、文字で読むなら『 競争の戦略 』(マイケル・ポーター著/土岐坤、中辻万治、服部照夫訳/ダイヤモンド社)、『 コトラー&ケラー&チェルネフ マーケティング・マネジメント 』(現在は原書16版が販売中。フィリップ・コトラー、ケビン・レーン・ケラー、アレクサンダー・チェルネフ著/恩蔵直人監訳)はお薦めです。

 『コトラー&ケラー&チェルネフ マーケティング・マネジメント』はずっと版を重ねている本で、基礎中の基礎なのですが、最近MBAの学生などに聞いても読んでいる人がほとんどいません。『競争の戦略』もとにかく分厚くて腰が引けるのも分かりますが、基本のキだから読んでほしいですね。

 他に読むべき本を知りたい方は、キャリアステップ別の読書戦略を論じた『 戦略読書〔増補版〕 』(三谷宏治著/日経ビジネス人文庫)をどうぞ!

「『競争の戦略』『コトラー&ケラー&チェルネフ マーケティング・マネジメント』はお薦めです」
「『競争の戦略』『コトラー&ケラー&チェルネフ マーケティング・マネジメント』はお薦めです」
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難関プロジェクトをどう乗り越えたか

 ここで、私のコンサルタント経験と、そこから得られたものをお話しします。

 激務のイメージがあるコンサルタントですが、私は大学卒後の入社1年目はすごく楽しく、残業もほとんどなしで済むくらい、うまくやっていました。そうすると何が起きるかというと、職責を超えてどんどん仕事を任されるのです。入社1年目、アナリスト(*2)1年目なのにコンサルタントがやるべき仕事をどんどん任されていました。

*2 正確にはRA(Research Associate)という職階。

 昇格も早く、2年半ほどで役職が上がり、年収も増える状況に。ただ2年目の冬、ついにうまくいかないプロジェクトにぶち当たりました。

 正直言って、あれは今考えても難しいテーマではありました。ある大企業の事業本部の中期戦略構築プロジェクトだったのですが、その本部の3事業部に対し、第1、第2事業部にそれぞれコンサルタントが担当者としてアサインされて2~3名のチームがつくられました。そして私は、その手伝いをしながら第3事業部の担当者となったのです。コンサルタントとアナリスト、1人2役のワンマンチームです。

 事業本部からすれば、第1事業部と第2事業部が売り上げの8割を占めていて事業のメインです。第3事業部には、「将来有望なその他商品」が100種類くらい集められていました。そのため、第3事業部について何か分析しようにも、どうにもできないのです。100種類の市場分析なんてやる時間も労力もありません。

 上司に「やりたいならやりなさい」と言われ、「やらせてもらいます」とコミットしたのはいいのですが、やっぱりどうにもなりませんでした。当時はMacBookとともに寝るというような、生まれて初めての修羅場に陥りました。ちょうどそのプロジェクトの直後に結婚したのですが、結婚式の打ち合わせに1回も出ませんでした(笑)。

「コンサルタントになって2年目の冬、うまくいかないプロジェクトにぶち当たりました」
「コンサルタントになって2年目の冬、うまくいかないプロジェクトにぶち当たりました」
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たくさん増えた引き出し

 ただ、そこでの6カ月の苦闘が、私を大きく成長させました。コンサルタントはプロジェクトがうまくいっているときは「成功体験」を味わいますが、方法論としては1つしか学びません。「うまくいく」とは、そういうことなのです。「ユーザーアンケートをして、分析したらうまくいきました」となると、それで終わりです。

 しかし、うまくいかなかったら、新しい方法を試すしかありません。ユーザーアンケートがダメなら、学術論文や書籍をあさって「このコンセプトはどうか」とコンセプトで攻める、もしくは徹底的にインタビューをして現場の声で攻める、あるいは100種類の商品の収益分析を簡易にやるとか、あらゆる方法を試さなくてはいけません。まずは方法論自体を学ぼうと、周囲の人にどのような方法論や分析方法があるのか、分析でダメだったらどうするのかと聞いて回り、トライ&エラーを繰り返して、最終的には収益分析とコンセプトの組み合わせでなんとかなりました。

 いや、なんとかなったというのは半分うそです。第3事業部に対してはプロジェクト開始から3カ月後の中間報告で決着をつけるはずだったのに、私からは何も提案できませんでした。上司に「中間報告はムリ」と白旗を揚げたら、「じゃあ、最終報告に回してやる」と言われてしまいました。

 さらに3カ月間そんな生活が続いて、それでも最後の最後は「第3事業部のミッションはそもそもこういうこと」「そうすると100種類の商品群は3つの役割に分け得る」「それに合わないものはやめよう」「おのおの例を挙げるなら…」とまとめることができ、クライアントからは、「よく分かりました。いい成果を出してくれました」と評価していただけました。でも、あの6カ月間は徹夜も続き先が見えず、本当に苦しかったですね。

 ただ、それまでは、プロジェクトごとに「うまくいった引き出し」が1つずつしか増えなかったのですが、そのときにいきなり10個くらい増えました。しかも「知識の引き出し」ではなく、「方法論の引き出し」です。今考えても難しいテーマをやりとげ、自信にもなりました。「もう何が来ても、これ以上、難しいプロジェクトはないだろう」という自信です。ところがそうは問屋が卸さず、難度の高いプロジェクトはこの後、もう2回くらいあり、「失敗することの価値」とはこういうことかと学びました。

 素晴らしい本や失敗プロジェクトは仕事人生(キャリア)を豊かにしてくれます。ただし、そこからちゃんと学びを得ようとしさえすれば(*3)

*3 米INTUITの共同創業者スコット・クックいわく「It is only a failure, if we fail to get the learning(失敗は、そこから学ばなかったときのみ失敗となる)」。

取材/永野裕章(日経BOOKSユニット)/ 構成/三浦香代子 写真/小野さやか

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三谷宏治・著/星井博文・シナリオ/飛高翔・画/日本経済新聞出版/2090円(税込み)