ほとんどの経営コンセプトは、経営戦略論の歴史で続くポジショニング派とケイパビリティ派の対立の中に収まります。最近はやった「パーパス経営」や「ティール組織」、また「ブルー・オーシャン戦略」はどう位置づけられるのでしょうか。『 マンガ 経営戦略全史〔新装合本版〕 』(日本経済新聞出版)の著者、三谷宏治さんに聞きました。

「パーパス経営」はケイパビリティ強化?

 『マンガ 経営戦略全史〔新装合本版〕』の基となる『 経営戦略全史 』(三谷宏治著/ディスカヴァー・トゥエンティワン)では2013年までの経営理論について言及していますが、その発刊からこれまでの約10年間ではやった「パーパス経営」「ティール組織」などは、明らかにケイパビリティ派(企業の能力を重視する考え方。前回 「経営戦略はどう発展したか 2つの学派の対立」 参照)に位置づけられます。

 まず、「パーパス」とはその事業体の存在意義のことですが、「我々はこのような存在でありたい」という理念的なもので、「ここを狙う」というポジショニング的な話ではありません。例えば、パーパスが社会貢献でも、それでもうけるわけではありません。そこを狙ったらお金が入ってくるわけではなく、そのような会社でありたいと言っているわけで、概念としてはケイパビリティに近い考え方です。

「『パーパス経営』『ティール組織』などは、明らかにケイパビリティ派に位置づけられます」と話す三谷さん
「『パーパス経営』『ティール組織』などは、明らかにケイパビリティ派に位置づけられます」と話す三谷さん
画像のクリックで拡大表示

 パーパス経営の実践例で私が一番と思ったのはセールスフォースです。同社はパーパスに、まさに社会貢献を掲げているのですが、それを単なる理念で終わらせていません。そこに定量的な枠をはめています。「製品の1%、株式の1%、社員の時間の1%を活用してコミュニティに貢献する」というものです。1%はたいしたことはないように思うかもしれませんが、製品の売り上げが1兆円の会社であれば100億円です。

 日本のNPO(非営利組織)群も、すでに「セールスフォースという会社なしではやっていけない」というくらいになっています。というのは、NPOが成功して、多くのお客さんやスタッフを抱えるようになると、それらを管理する製品としてセールスフォースが必要になります。お金のないNPOからすると、セールスフォースによる製品提供や社員ボランティアによる支援は非常に助かるものなのです。いつの間にかセールスフォースは「社会にとって、なくてはならない会社」になっています。

 CEOのマーク・ベニオフは『 トレイルブレイザー 企業が本気で社会を変える10の思考 』(マーク・ベニオフ、モニカ・ラングレー著/渡部典子訳/東洋経済新報社)という自身の著作で、「本当に自分たちが優れていたのは、その(SaaS<*1>という)戦略でも何でもなく、創業当初から社会貢献をパーパスとして掲げたことだった」と述べています。それによってこそ優れたIT人材が入社し、ビジネスとしても成功したと言っています。

 最先端のIT企業として戦略上、何より大切なのは今の顧客でも製品でもなく、未来を生み出す優秀なIT人材です。そして優秀なIT人材ほど、就職先を給与や戦略ではなく、その企業の存在意義(パーパス)で選びます。セールスフォースが掲げた社会貢献というパーパスは、だからこそ価値がありました。パーパス経営におけるパーパスがどういうものであるべきか、を示唆する例でしょう。

*1 Software as a Serviceの略。セールスフォースはそのSFA(営業支援ツール)ソフトを、売り切りではなくクラウド型での使用料方式で提供した。

「ティール組織」はケイパビリティ強化策

 ティール組織とは、意思決定などの重要な権限をマネジャーから個々の従業員に移し、組織を効率化させ、人材が能動的に変化を起こすことを狙う組織運営論です。

 マッキンゼーの組織コンサルタントだったフレデリック・ラルーはそういった究極の分権型組織を「ティール組織」と名づけました(『 ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現 』フレデリック・ラルー著/鈴木立哉訳/英治出版)。ほとんどすべての権限を現場チームに与え、本社がやるのはコーチの派遣とITや採用の支援だけです。

 ラルーはマッキンゼーで10年以上、組織変革プロジェクトに関わり、「組織の中核は業績でも規律でも人間関係でもない」「組織を危機感や上下関係で統治していたら、みんなが疲弊するばかりで新しいものは生まれない」「パーパスを核とした分権組織こそが究極の組織形態だ」と結論づけました。

 このティール組織という考え方も、極めてケイパビリティ的な議論です。言っているのは組織のあり方だけ。どんなパーパスが良いとか悪いとかも言っていません。組織のあり方はケイパビリティの1つにすぎませんが、それを極限まで分権化すれば、「どんな状況でもなんとかなる!」という主張がティール組織という経営戦略論なのです。

「フレデリック・ラルーは究極の分権型組織を『ティール組織』と名づけました」
「フレデリック・ラルーは究極の分権型組織を『ティール組織』と名づけました」
画像のクリックで拡大表示

「ブルー・オーシャン」はポジショニング派

 こうした新しい経営コンセプトも、基本的にはポジショニング派とケイパビリティ派の対立の中に収まり、位置づけることができます。

 ただ、2005年に書籍が刊行された『 ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する 』(現在は新版が販売中。W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著/有賀裕子訳/ダイヤモンド社)は両方にかかっていますが、その中核はバリュー・イノベーションです。「これまでなかった新しい価値セットを、新しい顧客たちに提供しよう」という考え方で、まさに「新しいポジションを築け」というポジショニング派的な議論なのです。狙うべき領域は、戦いの少ない未開拓市場(ブルー・オーシャン)です。

 それを実現するための方法やケイパビリティ構築についてもきちんと議論されている点は素晴らしいのですが、やはり本題は「どこを狙うのか」というポジショニングに関する理論です。そのため、新しい市場を見つけたい、新しい価値セットを見いだしたい、という企業向けのものと言えるでしょう。

取材・文/永野裕章(日経BOOKSユニット) 写真/小野さやか

経営戦略論の流れがマンガで分かる!

シリーズ累計30万部のベストセラー『経営戦略全史』の新装マンガ版が発売! ティール組織、両利きの経営、パーパス経営などの最新の経営トピックについても加筆し、新装リニューアルの大型合本版がついに発刊。

三谷宏治・著/星井博文・シナリオ/飛高翔・画/日本経済新聞出版/2090円(税込み)