日本人は英語が苦手とよく言われるが、本当なのか。なぜなのか。認知科学者の今井むつみ氏が、AIを活用した新しい英語学習法を提案する新刊『 アブダクション英語学習法 認知科学者がAI時代に伝えたい独学の技法 』(日経BP)から、一部抜粋してお届けする。その第2回。

 前回(今井むつみ氏「英語の授業時間を増やしたのに英語力が低下した理由」)、紹介した全国学力テストの結果は、子どもだけの問題ではありません。日本人全体の英語力に関わる、いくつもの重要な問題を浮き彫りにしています。

 そのなかには、日本人が、英語を「話すこと=スピーキング」を非常に苦手にしているということも、もちろんあります。

 スピーキングが苦手だから、スピーキングにもっと力を入れよう、スピーキングの授業にもっと時間を割こう、スピーキングのテストもしよう、そうしたら英語が話せるようになるはずだ。そんなふうに考えて、スピーキングの時間を英語のカリキュラムに含め、公立高校の入試にまでスピーキングを入れるような自治体も現れています。

 しかし、果たしてそういうことなのでしょうか。

 ただ、その前に、考えなくてはならないことがあります。

 私たちはそもそもなんのために、英語を学ぶのでしょうか。どこを目指して、義務教育で子どもたちに英語を学ばせているのでしょうか。

 この点が非常に不明瞭であることが、日本人の英語力が全般的に振るわない大きな理由だと思います。

 フィリピンの人たちと違って、私たちは、英語ができなければ日々の生活に困るというわけではないですし(*1)、フィンランドの若者のように、英語がわからなければ楽しいコンテンツを享受できないわけでもありません(*2)。

 それなのに「とにかく英語ができないとダメだ」「英語ができなければ、これからの世の中では通用しない」などという、漠然とした理由で英語を学ぶことを迫られます。でも、「通用する英語」とは、どのような英語なのかということは、誰も教えてくれません。

*1. フィリピンの公用語はフィリピノ語と英語で、教育は基本的に英語で行われ、道路標識やスーパーに並ぶ商品の表示なども英語なので、英語を使わなければ暮らしが成り立たない。
*2. フィンランドでは大半の人の母語はフィンランド語だが、人口が少ないため、翻訳ビジネスが成り立たず、テレビ番組やゲームなど「楽しいコンテンツ」の多くは、英語で流通する。

 「通用する英語」とは、例えば「ツーリストの外国人に接客できる英語」なのでしょうか。あるいは「講演を通訳できる英語」なのか「ビジネスで交渉できる英語」なのか。あるいは「国連で世界中から集まる職員とバリバリ伍していける」とか「研究者として国際的に活躍して、学会での発表を英語でできる」くらいのレベルが求められているのでしょうか。

 そういうことが全然はっきりしない、教えてもらえないままに、なんとなく「英語が使えなければいけない」という空気だけが濃密に流れています。

 日本人が英語を話すのを苦手とするのも、どのレベルで英語を話せればいいのかという、一番大事なところの議論が欠けているのが、大きな理由ではないでしょうか。

 そこをはっきりさせないまま、タブレットに向かって英語を話させて、スピーキング力を評価する、といったことでよいのでしょうか。

 まずは目指すレベルをはっきりさせましょう、ということです。

 なぜなら、目指すレベルによって、必要な知識も能力も変わるからです。目標達成に必要な時間も、学習の仕方も変わります。ツーリストに接客するための英語と、ビジネスで交渉するための英語、アカデミックな世界で活躍するための英語では、学ぶべき内容も学び方も、学ぶのにかけるべき時間も違います。

 少し変なたとえかもしれませんが、認知科学者の私が、なぜピラティスを習っていて、どのレベルを目指し、どのくらい時間を使っているかを、お話ししましょう。

私には「週4回のピラティス」はいらない

 私は週に1、2回、ピラティスのレッスンに通っています。私のピラティスの先生は、週に2回では足りない、週4回くらいやらないとダメだといいます。けれど、それはピラティスのプロだからそう思うのであって、私は何もピラティスの熟達者になって誰かに教えたいとか、ピラティスの大会(というものがあるかどうかも知りませんが)に出て優勝したいというわけではないのです。

 私にとって大事なのは、あくまで研究をすることで、ピラティスは息抜きと日々を健康に過ごすためにやっているのです。健康であればこそ、研究ができるからです。

(写真:buritora/stock.adobe.com)
(写真:buritora/stock.adobe.com)

 日々を健康に過ごすという目的でいえば、ピラティスは素晴らしいし、効果も感じています。毎日、大量の文章を読んだり書いたり、パソコンに向かって長い時間を過ごしていて、お世辞にも健康的な生活を送っているとはいえません。それなのに、肩こりや腰痛に悩まされることがないのは、ピラティスのおかげだと思っています。でも、週1、2回で十分なのです。それ以上を求めると、生活のほかの大切な部分に支障をきたします。

 私にもしも、1日30時間という、人より長い時間が与えられていれば、喜んで毎日ピラティスのレッスンに行きます。でも、1日24時間という限られた時間の枠内で、毎日ピラティスのレッスンに行けば、研究や睡眠の時間を削るしかありません。それでは本末転倒です。

 英語もどのレベルを目指して、どの程度の時間をかけて学ぶかは、本来、人それぞれ違います。そのうえで、義務教育では、どのレベルを求めるか。そこを議論しないことには、学び方も教え方も決められません。そのような状態で、ただスピーキングの授業を増やしたり、スピーキングテストを導入したりしても、日本人の英語力は上がらないでしょう。

 ただ、そうはいっても、確実に言えることもあります。

必要なのは「アウトプットできる英語」

 英語学習について、どのレベルを目指すとしても確実に言えることとは、何か。

 いずれにせよ、「通用する英語」「使える英語」に必要なのは「アウトプットできる英語」である、ということです。これは、ツーリストの接客でも、ビジネスの交渉でも、アカデミックな英語でも共通していて、間違いなく断言できます。

 そして2023年の全国学力テストの結果からわかる通り、日本の中学生は、英語を「話す」ことが苦手ですが、「書く」ことも苦手です。アウトプットが苦手なのです。

 義務教育を終えた今の日本の高校生が、どれほど英語のアウトプットを苦手としているかを、痛感した出来事がありました。

(次回に続く)

日経ビジネス電子版 2026年3月30日付の記事を転載]

なぜ、日本人の英語は「I think」ばかり? 英語力を伸ばすのは丸暗記でなく、「推論力=アブダクション力」です。10万部突破の『英語独習法』を著した認知科学者の今井むつみ氏が、AIを活用した新しい英語学習法を提案します。英語を学びながら、仕事にも人生にも役立つ「独学の技法と奥義」を身につけ、AI活用にも熟達できる、唯一無二の学習バイブルです。

今井むつみ(著)/日経BP/1980円(税込み)