自動翻訳の精度が格段に上がった今、私たちはなぜ英語を学ぶのだろうか。認知科学者の今井むつみ氏が真正面から答える。AIを活用した新しい英語学習法を提案する『 アブダクション英語学習法 認知科学者がAI時代に伝えたい独学の技法 』(日経BP)から、抜粋してお届けする。

「生成AIがあれば、もう英語を勉強しなくてもいいのではないですか?」
「英語は、ChatGPTに翻訳してもらえばいいと思うのですが」
「こんな時代に、英語を必修にする必要があるのでしょうか」

 そんな声をときどき聞くようになりました。

 確かに、生成AIの進化には目を見張るものがあり、これからの時代、人類が新たに得たこれらの道具をまったく使うことなく、仕事をしたり、学習をしたりすることは、考えられないと思います。

 特に、外国語の翻訳は、生成AIの十八番(おはこ)です。Google(グーグル)翻訳をはじめ、AI技術を活用した翻訳アプリはどんどん進化し、ChatGPTによる翻訳の精度も高まっています。

 とはいえ、英語を学ぶ必要がまったくなくなるかというと、どうでしょうか。

「生成AIが翻訳してくれるのに?」という、先ほどの疑問に対する答えは、実はずっと昔に出ているのかもしれません。

 例えば、算数と計算機のようなものです。

 計算機があるから、計算練習はしなくていいとか、暗算・筆算は不要かといえば、そんなことはありません。基礎的な計算能力は、計算機が当たり前にある現代においても、やはり重要なものであることに変わりはありません。

 それは、なぜでしょうか。

 ひとつには、計算機を利用することが可能でも、暗算したほうが早くて便利な場面があるということでしょう。外国語を使うときにも、そういう場面はあります。

 また、基礎的な計算のトレーニングが、高度な数学や科学技術を理解する土台になるという側面もあるでしょう。例えば、将来、宇宙工学のエンジニアとして最先端のロケットの開発に携わりたいとか、データ分析を駆使する仕事に就きたいということであれば、算数・数学の知識を基礎から積み上げていく学びは不可欠でしょう。

 けれど、たとえ数学の知識を直接、使わない職業に就いたとしても、算数・数学を学ぶことが間接的に役立つことがあります。

「道具としての数学」と「リテラシーとしての数学」

 例えば、法律家や経営コンサルタントの方などから、「学生時代に数学を勉強したことが、仕事で使っているロジカルな思考の土台になっている」などと聞くことがあります。

 先ほどのエンジニアの例が、「道具としての数学」「ツールとしての数学」だとすれば、法律家や経営コンサルタントの方が指摘するのは、いわば「リテラシーとしての数学」の重要性です。ここで私のいうリテラシーとは「知識を運用するための能力」を指します。

 数学と同じで、生成AIや翻訳アプリが進化したとしても、外国語は学んだほうがいいのです。

 数ある外国語のなかでも、英語は、使用する人の数が圧倒的に多く、また使われている地域が多岐にわたる、非常に便利な言語です。

 世界中のあらゆる言語を覚えることはできませんが、外国でちょっと困った状況に陥ったとか、日本国内であっても、日本語の通じない人とコミュニケーションしたいといったとき、英語さえできればなんとかなるという場面は、想像以上に多いものです。

 そして、もしも英語を本格的に使う仕事に就くなら、英語をコツコツ学ぶことは不可欠でしょう。例えば、グローバル企業で働きたい、貿易に携わりたい、英語の翻訳や通訳の仕事をしたいといった人たちは、「道具としての英語」を学び続ける必要があります。

 さらに「リテラシー(知識の運用能力)としての英語」も、学ぶ価値の非常に高いものです。

 外国語の学習は、外の世界に目を向けるチャンスになります。

 外国語の学習は、ことばを学ぶというだけのことではありません。

 そこで得られるのは「異なる世界の見方」です。日本語だけを使っていたのでは見えない世界が、外国語学習の先には広がっています。世界にあることばは日本語だけではない、ということを知るだけでも、子どもたちにとっては新鮮なことかもしれません。

なぜ中国語でもスウェーデン語でもなく、英語なのか?

 もちろん、このような目的で学ぶ外国語は、必ずしも英語である必要はありません。中国語でもスウェーデン語でもいいでしょう。

 ただ英語は、世界的に見ても教材が豊富で、日本であれば、誰もが学校で習うことができます。ですから多くの方にとって英語は、「リテラシーとして学ぶ外国語」の最初の選択肢となるはずです。

 このような「リテラシーとしての英語・外国語」は、大人か子どもかにかかわらず、そして日本人だけでもなく、誰にとっても大切な学びだと思います。

(写真: kikk/stock.adobe.com)
(写真: kikk/stock.adobe.com)

日経ビジネス電子版 2026年5月13日付の記事を転載]

なぜ、日本人の英語は「I think」ばかり? 英語力を伸ばすのは丸暗記でなく、「推論力=アブダクション力」です。10万部突破の『英語独習法』を著した認知科学者の今井むつみ氏が、AIを活用した新しい英語学習法を提案します。英語を学びながら、仕事にも人生にも役立つ「独学の技法と奥義」を身につけ、AI活用にも熟達できる、唯一無二の学習バイブルです。

今井むつみ(著)/日経BP/1980円(税込み)