日本人は英語が苦手とよく言われるが、なぜなのか。そして、どうしたら英語が上達するのか。認知科学者の今井むつみ氏が探る。AIを活用した新しい英語学習法を提案する新刊『 アブダクション英語学習法 認知科学者がAI時代に伝えたい独学の技法 』(日経BP)から、抜粋してお届けする。

 外国語学習において、意識的に理解し、覚えておきたいことがあります。

 日本語でも英語でもそうですが、ことばを的確にアウトプットするためには、さまざまな種類の、そして膨大な量のスキーマが必要です。

 スキーマとは、意識の水面下に隠れた氷山のような「知識の塊」だと説明しました。それは、母語である人にとっては、自分が知っていることにすら気づかないような知識の塊であり、そのような無意識の知識が、的確なアウトプットを水面下で支えています。そのような「氷山の下にあるスキーマ」には、どのようなものがあるでしょうか。

(イラスト=ヤギワタル)
(イラスト=ヤギワタル)

 例えば、ある「ひとつの単語」を的確に使うだけでも、ざっと次のような知識を必要とします。

【水面下の知識1】その単語が使われる構文・文法

 筆頭にくるのが、構文・文法の知識です。

 特に、ある特定の単語を、どのような文の構造のなかで用いるかという「構文の知識」は、必須です。

 例えば、happyは「うれしいと思っている私」を主語にすることはできるが、「手紙をもらうこと」といった、「うれしいと思わせてくれる出来事」を主語にすることはできないという話をしました(「日本式英作文の衝撃 『Getting a letter is happy』の誤りを正せ」参照)。こういった構文の知識がなければ、ネイティブが読んで自然で適確な英文を書いたり、話したりすることはできません。

 日本語であれば、「私がうれしくなる」ときは「が」を助詞に使いますが、「彼をうれしがらせる」ときは「を」が助詞となります。このように「うれしい」の主体を示すときと客体を示すときで、助詞を使い分けたり、使役のときに「うれしがらせる」と語形を変化させたりすることも、母語であれば無意識のうちにできますが、外国語では意識的に学ばなければ、できません。これも構文の知識です。

【水面下の知識2】その単語と一緒に使われる単語

 構文・文法に加えて、単語同士の「共起の関係」も知る必要があります。共起とは、「この単語とこの単語は一緒に使われる」ということです。

猫は「鳴く」のに、犬は「吠える」

 例えば、日本語の「猫」という単語は、「猫がニャアニャア鳴く」というように「鳴く」と共起しますが、「犬」は「吠える」のほうがよく共起します。英語でも「猫が鳴く」ときと「犬が吠える」ときでは使う動詞が異なり、猫ならば「meao( ミャオ)」、犬は「bark( バーク)」が一般的です。共起の関係の知識がなければ、「cat(キャット)=猫」も「dog(ドッグ)=犬」も、的確にアウトプットすることは難しくなります。

(写真:nataba/stock.adobe.com)
(写真:nataba/stock.adobe.com)

【水面下の知識3】その単語の使われる頻度と文脈

 よく使われる単語もあれば、めったに使われない単語もあります。

 例えば、現代の日本語で、「私」はよく使う一人称ですが、「拙者(せっしゃ)」はあまり使われません。初対面の人に、「拙者は、●●社の××と申します」と名刺を出されたら、びっくりしてしまいますよね。

 ごく限られた状況でしか使われない単語もあります。例えばアカデミックな文脈でしか使われない単語もあれば、口語でしか使われない単語もあります。

 英語もそうです。

 例えば、出版物を示す英単語には「book(ブック)」や「magazine(マガジン)」のほかに、「publication(パブリケーション)」があります。ただし、publicationを出版物の意味で使うのは、アカデミックな文脈がほとんどで、日常的には使われません。

 そういう知識がないまま、「あの本は面白かったよ」というような気軽な雑談のなかでpublicationを使えば、ネイティブの人にはおかしな印象を与えます。通じないかもしれません。

【水面下の知識4】その単語の意味の広がり(多義性)

 ことばには、多義性があります。

「罪を許す」と「行動を許す」の違い

 例えば、日本語の「許す」には、よく考えると、さまざまな異なる意味があります。「罪を許す」という意味の「許す」ならば、英語では「forgive(フォギブ)」や「excuse(エクスキューズ)」で表現するのが適切でしょう。しかし、「依頼や行動を承諾・許容する」という意味の「許す」であれば、「allow(アラウ)」や「admit(アドミット)」、「grant(グラント)」といった英単語が合うでしょう。この意味の「許す」にforgiveを使えば、やはりネイティブには「何を言っているのか、さっぱりわからない」「おかしな英語だ」ということになります。

【水面下の知識5】その単語の類義語との共通性と差異性

 日本語の「許す」にも、英語のforgiveにも、それぞれに多義性があり、その多義性の範囲は一致しない。そんなことを指摘しました。

 日本語の「許す」に当たる英単語にはforgiveもあれば、excuseもあり、allow、grantもあって、それぞれ似ているところもありますが、少しずつ違います。どこが共通して、どこが異なるのか。このような類義語の共通性と差異性の知識も、的確な英語のアウトプットには欠かせないものです。

日経ビジネス電子版 2026年5月15日付の記事を転載]

なぜ、日本人の英語は「I think」ばかり? 英語力を伸ばすのは丸暗記でなく、「推論力=アブダクション力」です。10万部突破の『英語独習法』を著した認知科学者の今井むつみ氏が、AIを活用した新しい英語学習法を提案します。英語を学びながら、仕事にも人生にも役立つ「独学の技法と奥義」を身につけ、AI活用にも熟達できる、唯一無二の学習バイブルです。

今井むつみ(著)/日経BP/1980円(税込み)