英語も日本語も堪能なバイリンガルと聞くと「羨ましい」と思うかもしれないが、特有の悩みや心配もある。『 アブダクション英語学習法 認知科学者がAI時代に伝えたい独学の技法 』の著者、今井むつみ氏が、バイリンガルの子どもにかかる負荷の大きさを、認知科学の観点から読み解く。

 子どもをバイリンガルに育てたい。できれば、自分もバイリンガルに育ちたかった。そう思う人は多いでしょう。実際、日本でもバイリンガル教育をうたった保育園や幼稚園、インターナショナルスクールが人気を集めているようです。

 日本語を母語とする私たちが英語を習得するのは、面白い学びですが、大変な努力も求められます。その苦労をよく知ればこそ、最初から母語が2つあればいいのになどと思うのかもしれません。

 確かにバイリンガルに育つことには、メリットがたくさんあります。

 けれど、いいことずくめでもありません。

 英語圏で子育てをしている日本人の方から、お子さんが「アイスクリームが寒い」と話していて心配だ、という話を聞きました。

 そのお子さんは、すごくまっとうな推論をしています。

英語の「cold」と「寒い」「冷たい」の違い

 英語で「アイスクリームが冷たい」と言うときには、「cold(コールド)」という形容詞を使います。そしてcoldは「寒い」という日本語に訳されます。ですから、お子さんのなかにある英語のスキーマをそのまま日本語に当てはめれば「アイスクリームが寒い」になる、というのは、納得できる話です。

 もちろん、英語のcoldは、日本語の「冷たい」という状況を指すときにも使いますが、「寒い」にも使います。この2つの状況を日本語は切り分けますが、英語では切り分けません。そのため、バイリンガルのお子さんが「ちょっとヘンな日本語」を話して、親御さんを心配させるということが起こるわけです。理解できる人が少ない、切実な悩みです。

 ほかにも、英語圏で育ったお子さんが「薬を食べる」と話しているとか、「火事になる」と書くべきところを「火事がなる」と書いているといった親御さんの心配を聞きます。

 「薬を飲む」は、英語では「take medicine(テイク メディシン)」で、「drink(ドリンク)=飲む」という動詞は使いませんから、「薬を食べる」になってしまうのですね。そして、「を」や「に」といった助詞を的確に使うのは、日本語の習得においては難所で、それは母語であっても変わりません。

(写真:milatas/stock.adobe.com)
(写真:milatas/stock.adobe.com)

バイリンガルの子どもは負荷が大きい

 2つの言語を日常的に使う、いわゆる「バイリンガル」の子どもの言語習得は、母語だけを使う「モノリンガル」より負荷が大きくなります。

 それはただ「2倍学ぶ」というだけの負荷ではありません。覚えなければならない単語が2倍あるとか、2倍の文法をマスターしなければならないというだけではないのです。

 子どものなかで英語のスキーマが優位であれば、先ほどのように日本語で「アイスクリームが冷たい」と言うべきときに「アイスクリームが寒い」と言いたくなるのは、自然なことです。英語を学んだ子どもには「アイスクリームが寒い」という日本語の選択肢が、当然のように思い浮かびます。

 けれど、そこで「日本語では、そうは言わない」と認識して、「寒い」という選択肢を抑え込まなければなりません。そういう調整も必要とするのです。そう考えると、バイリンガルにはモノリンガルの2倍以上の学習が求められると言えるでしょう。

 バイリンガルとして育つ子どもには、それだけ大きな負荷がかかっています。

日経ビジネス電子版 2026年5月20日付の記事を転載]

なぜ、日本人の英語は「I think」ばかり? 英語力を伸ばすのは丸暗記でなく、「推論力=アブダクション力」です。10万部突破の『英語独習法』を著した認知科学者の今井むつみ氏が、AIを活用した新しい英語学習法を提案します。英語を学びながら、仕事にも人生にも役立つ「独学の技法と奥義」を身につけ、AI活用にも熟達できる、唯一無二の学習バイブルです。

今井むつみ(著)/日経BP/1980円(税込み)