「ことばの意味を他人に教えることなど、誰にもできない」――そう話すのは、『 アブダクション英語学習法 認知科学者がAI時代に伝えたい独学の技法 』(日経BP)の著者、今井むつみ氏。ことばの習得とは、抽象的な思考のトレーニングにほかならないという。
バイリンガルの話をしてきました。バイリンガルとは、母語を2つ持つ人だと捉えてもいいでしょう。しかし、そもそも私たちは母語をどう学ぶのでしょうか。
母語の知識すらない、ことばの知識を何も持たない赤ちゃんは、どうやってことばを学ぶのでしょうか。大人が「ことばの意味を教える」のでしょうか。
そんなことはありません。「他人に意味を教える」ことなど誰にもできません。それは認知科学の研究からも明らかな事実です。
例えば、親子で訪れた公園にウサギがいたとします。
そこで、親御さんが「あ、ウサギさんがいるよ」と、子どもに声をかける。大人にできるのは、それだけです。
「白いウサギ」から、子どもが考えること
そこから意味を考え、「ことばの意味を発見する」のは、子どもの仕事です。「あ、ウサギさんがいるよ」と声をかけられた状況から「今、目の前にいる白い動物をウサギと呼ぶのだ」と理解しなければなりません。これは0歳や1歳の赤ちゃんにとっては簡単なことではありません。
しかも、それを理解したところで、「ウサギ」という「ことばを使う」には全然不十分なのです。
「この白い動物がウサギだ」と知ったところで、黒いウサギを見たときに「これもウサギだ」とわかるでしょうか。白い猫を見たときに「これはウサギじゃない」とわかるでしょうか。

これは、認知科学でいう「推論」の問題です。
最初に得た一つの事例(公園で見た白いウサギ)を、ほかの事例(黒いウサギや白い猫など)に拡張するという推論。これを「一般化の推論」と呼びます。点の知識を、面に広げるようなものです。
このような「点の知識を面に拡張する」ような推論を、赤ちゃんはいつもしています。
こんな話をYouTubeで聞きました。
ミカンの皮を「開ける」とは?
トイレから出たいときなどに「あちぇちぇー!(開けてー!)」と言っていた赤ちゃんがいました。この子はやがて、お菓子の袋を開けてもらいたいときも「あちぇちぇー!」と言えばいいのだと気づきます。すると今度は、親のところにミカンを持ってきて「あちぇちぇー!」と頼んだそうです。
ミカンの皮を「むいて」と頼む代わりに「開けて」と頼んだ。これは適切な日本語ではないとしても、優れた推論です。実際、中国語では「ミカンの皮を開ける」と表現します。
子どもたちが母語を習得するとは、これだけ複雑で奥深いものです。
ことばを「点の知識」として知っているだけでは、ことばは使えません。「どう使えるか」「いつ使えるか」の判断が必要になります。
そのときに必要なのは、そのことばを取り巻く「ほかのことば」にどういうものがあるかという知識。その知識を使って、それぞれのことばが使える範囲に線を引くのです。どこまでが「ウサギ」で、どこからが「猫」なのか。どこまでが「開ける」で、どこからが「むく」なのか。
つまり、そのことばが、どのような状況や文脈で使えるのかを理解する。そして、状況や文脈に合わせて使い分ける。こういうことをできるかどうかが、「ことばを使う」ときに大事になってきます。
ことばの学習には「推論」が必ず伴う
そこで、子どもたちがどうしているかというと、新しいことばを覚えるときに、必ず推論をします。
新しい単語に出合ったとき、子どもたちは、自分がすでに知っている「似ている単語」と関係づけます。「この単語は知らないけれど、この状況はあの単語を使う状況と似ているよね」と考えます。しかし、その一方で「わざわざ違う単語を使うということは、何かが違うはずだ」とも考えます。そこで「じゃあ、どう違うのだろう?」と推測しながら、新しい単語を覚えるのです。
このようにして、子どもたちは母語を学ぶとき、単語を覚えると同時に「ことばの仕組み」を探し、発見しています。
これは抽象的な思考のトレーニングにほかなりません。

[日経ビジネス電子版 2026年5月27日付の記事を転載]
今井むつみ(著)/日経BP/1980円(税込み)
