その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はボブ・ウッドワード(著)、伏見威蕃(訳)の『 WAR(ウォー) 3つの戦争 』。「プロローグ」と「登場人物」などをお届けします。

【プロローグ】

 一九八九年二月の夜、ウォーターゲート事件報道の相棒だったカール・バーンスタインが、ニューヨーク市のディナーパーティで、ドナルド・トランプと偶然に出会った。
 「こっちに来ればいい」トルコ系アメリカ人の社交界の名士で、大手レコード会社創設者・元会長のアーメット・アーティガンが、アッパー・イーストサイドのタウンハウスで主催していたパーティの会場から、カールが私に電話してきた。「みんな楽しくやっているよ」カールがいった。「トランプがここにいる。じつに興味深い。ずっと彼と話をしていたんだ」

 カールはトランプの著書『The Art of the Deal』(訳注:直訳すると『ディールの技術』。邦訳『トランプ自伝』)に魅了されていた。私は渋々とではあったが、カールに合流することに同意した。ひとつには、カールがいまもしばしば指摘するように、そのとき私はカールのアパートメントに滞在していて、鍵が必要だったからだ。
 「すぐに行く」私はカールにいった。
 カールと私が、一九七二年六月一七日のウォーターゲート事件についての記事を共作してから、一七年が過ぎていた。
 当時四五歳だった私たちふたりがいっしょに立っているのをひと目見て、トランプが近づいてきた。
 「ウッドワードとバーンスタインが、ドナルド・トランプをインタビューするというのは、すばらしいんじゃないか?」トランプがいった。
 カールと私は、顔を見合わせた。
 「そうですね」カールがいった。「あしたではどうですか?」
 「ああ」トランプがいった。「トランプタワーの私のオフィスに来てくれ」
 「興味深い人物だよ」トランプが離れていくと、カールがいった。
 「しかし、政界の人間ではない」私はいった。
 私はたちまちトランプに興味をそそられた。やり手の起業家、入念にはぐくんで磨き上げた独自な仮面(ペルソナ)。当時ですら、正確かついくぶん無慈悲に他人を操るためにそれを装っていた。

 トランプのインタビュー*1は、マイクロカセットに録音され、タイプライターで文字起こしが作成されて、トランプの著書一冊とともにマニラ封筒に収められ、そのうちに記録、インタビュー、ニュースの切り抜きの山にまぎれた。私は余計なものもため込む収集魔だ。それから三〇年、カールと私はマニラ封筒を探した。
 トランプ政権について書いた三冊のうちの二冊目『RAGE 怒り』のためのインタビューを、二〇一九年一二月に大統領執務室(オーバル・オフィス)で行なったときに、私はトランプ大統領に“失われたインタビュー”のことでジョークをいった。
 「私たちはテーブルに向かって座り、話をした*2」トランプは思い出した。「よく憶えている」すばらしいインタビューだったから見つけるべきだと、トランプはいった。
 去年、二〇二三年に、私は自分の記録が保管されている施設へ行き、古いファイルを収めた数百箱を調べた。一九八〇年代の雑多なニュースの切り抜きの箱に、すこし傷んだ無地の封筒があるのを見つけた──例のインタビューだった。
 それは、もっぱら不動産取引に専念し、金を儲けて名士の地位を得ようとしていた四二歳の若き日のトランプのポートレートだった。だが、トランプは、自分の未来についての考えがはっきりしていなかった。

 「私は本気でいちばん最高のホテルを造るつもりだ」一九八九年にトランプは私たちに語った。「だから最上階にスイートをこしらえている。すばらしいスイートを造っている。
 きみたちは私に、どこへ向かっているのかときくが、まったく答えられないと思う」トランプはいった。「なにもかもが、いまとおなじままなら、どこへ向かうのか、たぶんいうことができるだろう」しかし、トランプは力説した。「世界は変わる」確実なのはそのことだけだと、トランプは信じ込んでいた。
 だれといっしょにいるかによって自分の態度が変わることについて、トランプは語った。「いまの仲間といっしょなら──つまり、建設業者などといっしょなら──あるやり方で行動する」そういって、トランプは手ぶりで私たちに示した。「ふたりの最高のプロ記者がテープレコーダーを持ってそこで私といっしょに座っていたら、当然、ちがうように行動するだろう。
 もっと興味深いのは、真の行動と見せかけが正反対だということだ」トランプは、自分自身についてそういった。“真の行動”とはなんだろうと、私は思った。
 「それよりもさらに興味深いことがある。それはばれなかった行動だ」トランプはつけくわえた。
 トランプは絶え間なく演技をしていて、その日、私たちは彼の魅力の総攻撃を受けていた。
 「だれかが同席していて、文字どおりメモをとっているときには、ふだんとはまったくちがう。そう、行儀よくするし、率直にいって、本気でわめいたり叫んだりするほどおもしろくはない」
 トランプは、勇ましくて強い人間に見られることだけを気にしているように見えた。
 「テレビ出演で最悪なのは、こってりメーキャップされることだ」トランプはいった。「けさもそういうのをやって、顔全体にメーキャップされた。きみたちは、シャワーを浴びてメーキャップを洗い流すか、それともそのままにしておくかな? 建設業では、メーキャップなんかしない。メーキャップしたら、厄介な問題を抱え込むことになる」

 私たちはトランプに、不動産取引の手順の一例について説明してほしいと頼んだ。どういうふうに行なわれているのですか?
 「とっさには」トランプはすかさずいった。「どういうものか、教えることはできない。なぜなら。正しい勘を備えているようなら、勘がそれ以外の要素よりもずっと重要だからだ。それに、私がやった最悪の取引は、勘に従わなかった取引だった。最高の取引は、勘に従い、“うまくいくはずがない”といった連中に耳を貸さなかった場合だった。
 適切な勘を備えている人間はきわめてすくない」トランプはいった。「しかし、他の人々にできないことを、適切な勘でやった人々を、私は見てきた」
 基本計画はあるのですか?
 「偉大な基本計画がどういうものか、私には定義できないと思う」トランプは、自分の人生を引き合いに出した。「きみたちはそれを理解しているだろう。しかし、どういうわけか、それが本能的な面でぴったり組み合わさるんだ。こうしよう。きみたちが突きとめたら、私に教えてくれ。私は関心を抱くはずだよ。じっさい、興味をそそられるかもしれない」

 私は社会的責任について質問した。「それによって、政治か、あるいは公的な役割に向かうような可能性は?」
 「そうだね、そういうことはすべてたいへん興味深い」トランプはいった。「数週間前に、私はアトランティックシティでボクシングの試合を見ていた。荒くれ男たちがいた。肉体的に荒々しい男たちだ。ある意味では、精神的にも荒々しい。私がいいたいのは、彼らは本を書かないだろうが、ある面で精神的にもしたたかだということだ。
 その試合では、チャンピオンが負けた。たいへん優秀なボクサーだが勝つとは思われていなかった相手に、打ち負かされたんだ。試合のあとで、勝ったボクサーがインタビューを受けて、口々に質問された。“どうやったんですか? どうやって勝ったんですか?”
 するとボクサーがいった。“ただパンチといっしょに行っただけだ。パンチといっしょに行っただけだ”。すばらしい表現だと思ったね」トランプはいった。「ボクシングやそのほかのどんなことでもそれが重要なのとおなじで、人生でもそれが重要なんだ。パンチといっしょに行くことが」
 いま、トランプの人生──不動産取引、大統領の職務、弾劾、捜査、民事と刑事の訴訟、有罪判決、暗殺未遂、再選の選挙運動──をふりかえると、トランプはまさにそれをやってきた。パンチとともに進んできた。
 「一〇年後がどういう状態かをいうやつは、知恵が足りない」トランプはつけくわえた。「世界は変わる。不況があるだろう。一時的な景気後退があるだろう。急激な上振れがあるだろう。下振れがあるだろう。戦争があるだろう。自分にコントロールできない物事、たいがいの場合、多くの人々にもコントロールできない物事がある。だから、ほんとうにパンチとともに進まなければならないし、前もってはるか先のほうを予測するのはまずい。自分がどこへ行くのかわからないんだから」

 そのときのトランプは、失敗した自分の取引に関する重大ニュースの見出しのことばかりを気にしていた。
 「買い手よりも売り手のほうがずっと大きな金を稼ぐ」トランプは説明した。「しかし、いま売り手になるのは敗者になることだとわかった。心理的にだが。そして、それは間違っている。
 そうだな。マーヴ・グリフィンという男を打ち負かした話をしよう」トランプはいった。グリフィンはテレビのトークショーの司会者で、マスコミ界の大物であり、カジノビジネスの大物だった。
 「ただ打ち負かしたんだ。こういうことだ。彼がやってきた──メーキャップの話を思い出してくれ。メーキャップしてテレビに出るこの男が、私のオフィスに来た。リゾーツ・インターナショナルの私の持ち分をすべて買うと、彼が持ちかけた」トランプはいった。「私は、ノー、ノー、ノー、ノーといいつづけ、グリフィンが付け値をいいつづけ、値段をどんどんあげる。突然、私にとってすごくいい取引になる。信じられないくらい有利な取引になる。
 くわえて」トランプは、さらにいった。「私にはまさに世界の至宝のタージ・マハルがある」インドの聖なる霊廟ではなく、アトランティックシティのタージマハル・カジノのことだ。
 「肝心なのは、私が負けたとだれもが考えたことだ」トランプはいった。「要するに、売り手として莫大な利益をあげた場合ですら、売り手は敗者だと考える傾向が、この五年のあいだ世界にひろまっている」

 私はトランプに質問した。朝、起きたときに、なにを読みますか? だれと話をしますか? どういう情報源を信頼しますか?
 「ほとんどだれもがやるようなことだ」トランプはいった。「《ウォール・ストリート・ジャーナル》と《ニューヨーク・タイムズ》を読む。《ポスト》と《ニューズ》(訳注:タブロイド紙《ニューヨーク・デイリー・ニューズ》)を読む。ビジネスとはあまり関係なく、私がニューヨーク市に住んでいるし、その街のことが報じられているからだ」《ポスト》とはタブロイド紙の《ニューヨーク・ポスト》のことで、極端なくらいトランプのことを報じている。
 「人間については、そういう一般の情報の流れほど頼りにしてはいない」トランプはいった。「タクシー運転手とも話をする。あちこちの都市へ行き、あれこれ意見を聞く。マール・ア・ラーゴはそうやって買ったんだ。タクシー運転手と話をして、質問する。“フロリダではなにが大人気かな? パームビーチで最高にすばらしい屋敷は?”
 “ああ、マール・ア・ラーゴが最高にすばらしいですよ”タクシー運転手がいった。
 どこにあるんだ? 連れていってくれ、と私はいった」トランプはさらに説明した。「そのとき、パームビーチにいて、ザ・ブレーカーズに泊まっていたんだが、ひどく退屈した」
 トランプは、その後、マール・ア・ラーゴを七〇〇万ドルで買った。
 「私はだれとでも話をする」トランプはいった。「私の世論調査、と呼んでいる。トランプはだれとでも話をするんだって、とみんな冗談まじりに私にいう。それに、そのとおりなんだ。私は建設作業員やタクシー運転手と話をするし、どのみちいろいろな面でそういう人々と馬が合うんだ。私はみんなと話をする」

 カジノ関連の機械を製造しているバリー・マニュファクチャリングの株を九・九%買い、短期間に三二〇〇万ドルを稼いだと、トランプは主張した。さらに同社株を買うのに「一億ドル近くを使い」訴訟を起こされたといった。訴訟の相手側の弁護士たちは、トランプに記録を提出するよう求めた。
 「彼らは私がその会社について途方もない調査を行ない、何週間も何カ月もかけて分析したことを証明しようとしたんだ」トランプはいった。「それに、私のところに天井まで積み上げられたファイルがあると思っていた。それで、なにもかも出させるために文書提出命令を取り付けたが、結局私は書類など渡さなかった。ファイルはほとんどなかった。それで私は、高い報酬をとるやつらの弁護士のひとりに、厳しく尋問された」
 トランプは、その弁護士の口真似をした。「どれほど長いあいだ、これについて知っていたのですか、トランプさん? いつからですか?」
 「要するに、彼らはこれが大がかりな陰謀だといいたかったんだ」トランプはいった。「知らないと、私はいった。買った日に考えはじめたのだと」
 弁護士は信じなかった。「では、いくつ調査結果があったのですか?」
 「調査なんかしていない。ピンときただけだ」
 「本格的な調査もなしに一社に一億ドルも注ぎ込むということが、彼らには信じられなかったんだ」トランプはいった。「私は頭のなかで研究したよ。でも彼らは、それだけで買ったのだとは思えなかったんだ。企業の意識や考え方では、そんなことがあるとは思えないんだ。あれは私の最高の取引だった」

 カールはトランプに、公職で役割を果たしている自分を想像したことがありますかと質問した。
 「想像したことはないが、そうとはいい切れない」トランプはいった。「私はまだ若い。理論的には、統計から判断して、長い歳月が残されている。いろいろなことをあきらめたせいで、苦しい時期が訪れたときになにもなくなった人々を見ている」
 ドナルド・J・トランプ財団を設立するつもりだと、トランプはいった。「私がバケツを蹴飛ばした──つまり死んだときに──莫大な金を財団に遺したい。一部は家族に、一部は財団に。家族に対する義務がある」
 トランプは、避けられないことだというような口調で、“苦しい時期”といった。「私はいつも最悪の事態のようなことに備えたいと思っている。あまり愉快な発言には聞こえないのもわかっている」トランプはいった。「悪い時期が来るのはわかっている。問題は、それがいつかということだ」
 トランプは、サウジアラビアの裕福なビジネスマンで武器商人のアドナン・カショギから買った全長二八二フィートの自家用ヨットの話をした。トランプは、そのヨットを〈トランプ・プリンセス〉と改名した。「いまヨットを新造したら、一億五〇〇〇万ドルか二億ドルかかる。きみたちが乗りたければ、いっしょに乗ってもいい……ものすごく楽しい。《タイム》誌をきみたちが読んでいるようなら、その船で私が一日ずっとぷかぷか海に浮かんでいることになっている。そんなことはない」

 あなたの親友はどなたですか? 私はたずねた。
 ビジネスマン、投資家、部下など、カールも私も知らない数人の名前と、弟ロバートの名前をトランプが挙げた。「それもビジネス関連のようだ」トランプはいった。「私が付き合うのは、そういうひとたちだけだからね。
 しかし、友情というのはおかしなものだ。いや、私はいつも友情のことが気になっている。ときどき、人を試したくなる。いまは、理由はともかくみんなが私の友人になりたがっている。理由はわかり切っているからそれでかまわない。
 ときどき、人を試したくなる。たとえば、トランプがドジを踏んで一週間ばかり不調だったときに、ある日、彼らに連絡して、ディナーに招待し、やってくるかどうかたしかめる。一カ月のあいだ、私がドジを踏んだと世間に思わせて、友だちがほんとうの友だちかどうかを試す。
 私は忠誠をものすごく重んじるんだ。人々の忠誠心をよしとしている。偉大な友人と巨大な敵がいるものだと信じている。トップにいた人間が、トップにとどまれなくなったら、突然……おべっかを使っていた連中がいなくなるというのを、私は見てきた。あっというまにいなくなるんだよ。
 ひとつの例は、ある銀行家だった。彼はほんとうにすごい銀行家で、大手銀行──シティバンクに勤めていた。そして、かなり重要な顧客の莫大な融資を担当していた。
 融資によって、彼はおおぜいの顧客を金持ちにした。そういう事実があってから二年後に、彼は私に電話をかけてきた。いやもう信じられないと、彼がいった。親しい友人で、しじゅう電話をかけてきて、あらゆる方法でおべっかを使っていた連中が、もう電話で連絡がとれない……彼が銀行を辞めたら、だれも電話に出なくなったんだよ。
 私なら電話に出る」

 トランプは、建築検査官が姿を消すか、忘れるまで、建築基準法違反の罰金の支払いを拒む戦略について説明した。
 「一日目から、失(う)せろとやつらにいう」トランプは、検査官についてそういった。
 「私がブルックリンにいると、検査官がやってきて、まったく完全なビルについて違反だという」トランプはそのときのことを語った。「私が“クソったれ”というと、やつらはさらに違反を指摘する。違反がどんどん増やされる。一カ月は悲惨な状態だ。違反はもっと増える──どれも根拠のない違反だ。それでも違反を指摘するのは、罰金を払えばまた来ようという魂胆だからだ。そんなわけで、一カ月も過ぎたら、“こいつはほうっておけ。ろくでなしだ”とやつらはいって、べつのだれかのところへ行く。
 得るものよりも手間のほうが大きいようにして、やめさせることが肝心なんだ」トランプはいった。
 「マフィアが相手のときも、おなじことがいえる。やつらとビジネスをやることに同意したら、やつらはしじゅう戻ってくる。失せろと──もっと上品な言葉で──いえばいい。だが、“やめろ。なんにもならないからやめろ”といったら、はじめのうち、やつらは圧力をかけてくるかもしれないが、最後にはもっと楽な的(まと)を見つけようとするだろう。やつらも、めんどうなのは嫌なんだ。検査官、マフィア、労働組合、どれもおなじだ。わかるかな?」
 それがトランプの基本的な生き方だった。

 カールが、最大の敵はだれですかときいた。
 「ああ、いいたくないね。きみたちはそいつらをインタビューしにいくだろう。批判者役は演じたくない」
 じつは、トランプはそれが大好きだった。「いわずもがなの敵は、エド・コッチだな」トランプはいった。「エド・コッチは、ニューヨーク市史上、最悪の市長だ」(訳注:七八年一月から八九年一二月まで市長を三期つとめた)
 三五年後、トランプはなおも敵をおなじような大袈裟な表現で批判した。「ジョー・バイデンは、アメリカ合衆国史上、最悪の大統領だ」二〇二四年七月に大統領選から撤退するとバイデン大統領がいったあとで、トランプはいった。
 一九八九年の時点でも、トランプの性格は、勝つこと、戦うこと、生き延びることに集中していた。
 「そして、それをやる唯一の手段は」トランプはいった。「勘だ。
 勝負しないでおりる人間だと見られたら」トランプはいった。「弱そうだと見られたら、付け狙われる」
 トランプはいった。それら「すべてがプレゼンテーションなんだ。自分の見せ方だ。
 聴衆のことを知っていなければならない。ある相手に対しては本物の悪党(キラー)になり、べつの相手に対しては好感の持てる人間(キャンディ)になる。相手しだいで変わる。相手によっては、その両方になる」
 キラー、キャンディ、あるいはその両方。それがトランプだ。

 それが一九八九年の驚くべきタイムカプセルだった。当時四二歳でマンハッタンの不動産王だった男の心の仕組みの全面的な調査。トランプが大統領になったり、時代を代表する政治家になるとは、思ってもいなかった。トランプが大統領だったときに私が報じた勘は、三五年前のトランプの性格の特徴でもあったのだ。このインタビューのトランプの言葉から、トランプ主義の起源が垣間見える。

1  ボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインが1989年にトランプタワーにて行なったドナルド・J・トランプへのインタビュー。
2  Bob Woodward, The Trump Tapes: Bob Woodward’s Twenty Interviews with President Donald Trump (New York: Simon & Schuster, 2022), p.46.

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