その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は秋山昌廣+小黒一正(編)の『 論点解説 日本の安全保障 防衛基盤の強化と防衛力の持続可能性を考える 』です。
【はじめに】
「人類は戦争に終止符を打たなければならない。さもなければ、戦争が人類に終止符を打つことになるだろう(Mankind must put an end to war, or war will put an end to mankind.)」(John F. Kennedy)本質的に人類は戦争よりも平和を望むはずだ。1945年、広島や長崎に原爆を投下され、多大な人命を失い損害を被った日本ではなおさらではないか。しかし、その後も世界では戦争は起こっている。特に、ロシアによるウクライナ侵攻は、「冷戦終結以降、このような本格的な陸戦はない」と思い込んでいた世界に大きな衝撃を与えた。現状を力で一方的に変更しようとする動きは、日本のすぐそばにもある。中国による台湾侵攻が危惧され、北朝鮮が着々と核武装を進めるなか、日本の安全保障政策も再考を迫られている。
こうした情勢下で2022年末に政府は、国の外交・防衛政策の基本方針を定めた「国家安全保障戦略」を改定した。しかし、世界の地政学的状況が大きく変化し、日本自身が人口減少など深刻な国内問題に直面するなか、日本は多くの安全保障上の課題について一層の議論と備えが必要な段階にきているのではないか。本書は、このような問題意識に基づき、日本が直面するそのような広義の安全保障上の課題を17の論点から掘り下げたものである。
経済大国であり国際社会における極めて重要なプレーヤーである日本は、世界の安全保障構造で特異な位置を占めている。中国やロシアといった地域の大国と海を隔てて接し、朝鮮半島に近接する日本の安全保障上の懸念は多面的かつ多種多様である。日本の戦略的選択は、歴史的経験、特に平和主義憲法とストイックな専守防衛姿勢という第2次世界大戦の遺産の影響を受けている。しかし安全保障環境の変化は、日本の安全保障政策の再評価と再調整を必要としてきている。
日本の安全保障政策は、多極化へのシフト、非伝統的安全保障上の脅威の拡散、技術革新の重要性の増大といった世界的潮流にも対応せねばならない。サイバー脅威の台頭、宇宙安全保障への懸念、レジリエントなサプライチェーンの必要性は、日本が取り組まなければならない新たな課題である。技術先進国である日本は、サイバーセキュリティや宇宙セキュリティに関する規範や枠組みを発展させ、世界の安定と安全保障に貢献するリーダーとしての可能性を秘めている。
さらに、日本の安全保障政策はその経済戦略と密接に結びついている。エネルギー安全保障、技術的リーダーシップ、安全なサプライチェーンを含む経済安全保障は、日本の安全保障戦略全体にとって不可欠である。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)は、経済的レジリエンス(復元力)の重要性とグローバルサプライチェーンの脆弱性に対処する必要性をさらに浮き彫りにした。サプライチェーンを多様化し、特に半導体や医薬品などの重要分野において、特定の国への依存を減らす日本の努力は、安全保障政策の不可欠な要素である。
長い人類の歴史を見れば、ローマとの第3次ポエニ戦争で滅亡したカルタゴや、ナポレオンが率いるフランス軍に降伏して滅亡したヴェネチア共和国のように、戦争が原因で国が滅亡した事例は多い。基本的に国際社会は(世界的な中央政府は存在せず)アナーキー(anarchy)なため、伝統的なリアリズムの世界において、国の存続を考慮すると、経済よりも安全保障の優先順位の方が高い。言わば経済は安全保障に従属する。
だが、第1次世界大戦(1914―18年)や第2次世界大戦(39―45年)以降、特に冷戦期においては、見かけ上、経済と安全保障が分離されているかのような状況が醸成された。
この理由の断定は難しいが、一つの有力な仮説は、米国はソ連との核抑止問題に取り組むなど冷戦に対応するため、同盟国を経済的に西側陣営にとどめ、その陣営を強固にする必要があったという事実に関係すると思われる。すなわち、この目的を達成するため、米国は自由主義的な国際経済を推進しながら、欧州や日本に経済支援を行ってきたわけで、一部の例外を除き、西側陣営では経済が政治問題化する事例が少なかったという仮説だ。
この仮説は、安全保障は「高次の政治」領域の問題に位置づける一方、経済は「低次の政治」領域の問題として区別する、いわゆる「ツー・トラック・システム(a two-track system)」の下での運用にもつながる。また、第2次世界大戦以降、世界での戦争や紛争の犠牲者数も減少傾向にあったことも、経済と安全保障の問題を分離可能とする雰囲気を醸成したと思われる。
もっとも、第2次世界大戦後において、国家間の紛争や内戦は必ずしも減少していない。1970年以降、内戦は増加しており、件数は少ないが国家間での紛争も定期的に勃発している。また、米ソの冷戦が終結した1989年まで、国際連合(United Nations)はわずか2件しか経済制裁を発動しなかったが、90年以降は24件以上も発動している。
なぜ、冷戦が終結したにもかかわらず、近年、世界的に紛争や経済制裁が増加傾向にあるのか。この問いに対する解明は難しいが、一つの仮説としては、ハーバード大学のアリソン教授が提唱した「トゥキディデスの罠」論が関係している可能性がある。「トゥキディデスの罠」とは、古代アテネの歴史家トゥキディデスから名づけたものだが、「台頭する新興国と挑戦を受ける覇権国との間で発生する揺らぎこそが、均衡と安定の最大の敵であり、それが国家間の摩擦や戦争などの衝突を引き起こす」という仮説を指す。
この仮説は、コヘイン(1984)の「覇権後の理論」もあるが、基本的にロバート・ギルピン(1930-2018)等の「覇権安定論(Hegemonic Stability Theory)」の延長に属するものに思われる。
「トゥキディデスの罠」仮説に対する批判も存在するが、アリソン(2017)では、アリソン教授が率いる研究チームが過去500年間の覇権争い(16事例)を分析したところ12事例が戦争に発展し、この理論で説明できるとしている。現在の覇権国である米国は圧倒的なパワーを保有しているが、経済力でも軍事力でも中国が追い上げはじめ、米国も一定の脅威を感じている。
このような状況のなか、2022年2月にはロシアのウクライナ侵攻が起こった。また、翌2023年10月にはハマスによるイスラエルに対する越境攻撃が始まり、その後のイスラエルのガザ地区への侵攻も世界を揺るがしている。台湾有事や北朝鮮の問題などもあり、日本の国防政策の在り方も再考を迫られている。
こうした情勢に対応するため、2022年12月、政府は防衛費(対GDP)を倍増することを決め、23年度から5年間の総額を43兆円程度とすることを閣議決定した。しかしながら、国際秩序の変容の先行きを考えた場合、国防政策の問題は財源のみの問題ではない。例えば、急速な人口減少が進むなか、不足する自衛隊員の問題をどうするか、核の問題にどう向き合っていくのか等の問題についても、中長期的な視点で議論を行い、議論を深める必要があるのではないか。
本書は、鹿島平和研究所主催の「国力研究会」「安全保障外交政策研究会」のメンバーなどが中心となり、17の論点につき整理を行い、鹿島平和研究所「国力研究会」のプロジェクトの一部成果として、その内容を書籍として世に問うものである。時代が混迷し、不確実性が増す今だからこそ、議論の整理が必要な段階にきていると思われる。
このような問題意識の下、安全保障や経済など異なる分野の専門家が集まり、「不足する自衛隊員の問題をどうするか」「有事の財源調達をどうするか」「核抑止の問題や軍備管理・軍縮にどう対応するべきか」「核シェアリングと拡大抑止において日本の選択肢はどうあるべきか」「台湾有事や尖閣占拠にどう対処するか」「日米同盟はどのように強化すべきか」「日欧、諸外国との安全保障協力の充実にどう対応するか」「平時や有事でのエネルギー資源・食料の調達をどうするか」「核兵器攻撃と原子力施設への軍事攻撃にどう備えるか」「防衛産業をどう育成するか(日本版DARPA構想)」「国家安全保障と国民意識との関係をどうするか」「宇宙・サイバー・電磁波領域をどう防衛するか」「気候変動による装備・施設・運用への影響にどう対処するか」「先端技術を防衛にどう活かすか」「日本のインテリジェンスは必要十分か」「経済安全保障において経済と安全はどのようにバランスをとるべきか」「自衛隊をめぐる関連法制はどのように再構築されるべきか」といった17の論点につき、微力ながらも、議論のたたき台を提供することを目的に、整理を行った。
混迷する時代のなか、日本の国防基盤を確かなものにする一助になることを期待したい。
2024年12月
元防衛事務次官 秋山昌廣
法政大学教授 小黒一正
京都大学教授 関山 健
・グレアム・アリソン(2017)『米中戦争前夜』(藤原朝子訳)ダイヤモンド社
・Keohane, Robert Owen (1984) After Hegemony: Cooperation and Discord in the World Political Economy, Princeton University Press
【目次】










