その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は清野由美さんの『 書店再興 まちの本屋さんのゲームチェンジのために 』です。

【はじめに】

ゲームチェンジが始まった

 数年前に東北に出かけた際、電車が来るまで時間があったので、駅前をぷらぷらと歩いたことがあった。「SONYベータマックス」の看板が残る電気店と一緒に、あたりはすっかりさびれていたが、その中で一つ、そこだけぽっと灯りがともっているような場所があった。引き戸を開けて入る方式の、昔ながらのまちの本屋さんだ。棚に並ぶ本の中から、「向こうから呼ばれた」気がして一冊の文庫本を手に取った時、なつかしい思いがこみあげてきた。

 私は本が大好きな人間だが、現在、読書の時間はYouTubeやサブスクの映像配信を眺めることに、ひたひたと侵されている。地元のショッピングセンターにあるメガ書店は、本の氾濫に圧倒されて、かえって足が遠のき、今ではネットのワンクリックで本を買うことが、すっかり日常となってしまった。しかし昭和の以前、本とはそうやって、まちの書店で偶然出会うものだったのだ。

 そのような幸福な出会いを与えてくれていたまちの書店が、急激に姿を消している。

 全国の書店数は2003年に約二万一千店舗あったものが、23年は約一万一千店舗と、二十年間でほぼ半減し、25年には約一万店舗と、さらに減少が進んでいる。書店がゼロか、一店舗だけの市町村は全体の半分に迫っており、それらの「危機」をメディアが喧伝する機会も増えた。

 人口減少の局面にある日本で、小売店はかつての市場規模を維持できなくなっている。これは書店に限らない。商店街ではパン屋さん、ケーキ屋さん、花屋さんと、日常を彩った店が次々と商売を仕舞っている。

 一方で、まちには新しいタイプの魅力的な書店も増えている。そのような店は個性的な店主がいて、空間の作りも品揃えも、独自のコンセプトで貫かれている。そのセンスと選択眼に触れたくて、私自身、自宅から遠い場所まで、わざわざ足を運んだりもしている。

 書店は本当に危機なのだろうか。

 危機というなら、その基準は何なのだろうか。

 まちから書店がなくなる一方で、新しい書店も続々と登場している様子を見ると、日本人が本を読まなくなった、というわけでもなさそうだ。ネット社会の到来で、本の情報へのアクセスポイントも多様化している。大ヒットした映画やドラマから、原作の本が売れていく逆ルートも増えた。

 もしかしたら、そこには昭和時代の教養主義、読書至上主義とは違った、新しい市場が広がっているのではないか。

 足りないのは、今の市場に適した書店のエコシステムの組み立てではないか。

 そのようにぐるぐると考えていた時に、クリエイティブディレクター、佐藤可士和さんのオフィス「SAMURAI」から、少し変わったお声がけをいただいた。

 「作家の今村翔吾さんが今度、神保町で開く書店のブランディングをSAMURAIが担当します。店舗をデザインする前に現地確認があるので、一緒に見てみませんか?」

 売上高が数千億、数兆円にのぼるグローバル企業のブランディングを次々と成功させてきた可士和さんと、凋落傾向にある書店との組み合わせは意表を突くものであり、クライアントが企業ではなく、直木賞作家というところにも不思議なミスマッチ感がある。そのステレオタイプではないところに、逆に可士和さんの戦略性を感じて、現地確認に同行させていただいた。

 物件は神田神保町・さくら通りの路地に面した角地の雑居ビル。その一階と、螺旋階段でつながっている地下一階が店舗になるという。寒い季節で、壁と天井がむき出しのスケルトン空間は、がらんとしたものだったが、裸電球が薄闇を照らす中に、物語を予感させるような雰囲気があった。

 その時の私は、今村さんが作家活動とともに、書店を複数経営しているということをよく知らず、また「シェア型」という、新しい書店の形についての知識もなかった。

 この時、今村さんは四十歳手前。ベストセラーを次々と繰り出す作家が、書店業界を変えようと動いている。その意図、中身はどういうものなのか。何も知らない状態から、「書店再興」を探る旅が始まった。

【目次】

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