その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は山崎良兵さんの『 天才思考 世界を変えるイノベーションを生む10の思考法 』です。
【はじめに】
本書は、天才的なイノベーターに共通する思考や行動原理に迫ることを目指しています。イノベーションではなく、人間であるイノベーターに焦点を当てたのには、次のような理由があります。
イノベーションというと、オーストリア・ハンガリー帝国出身の経済学者、ヨーゼフ・シュンペーターの「新結合」という言葉を思い浮かべる人が少なくありません。新結合とは、異なるアイデアや要素同士を結びつけて、これまでになかったような新しい商品やサービスなどの革新=イノベーションを生み出すことを指します。
しかし、シュンペーターは同時に、イノベーションを起こす“人間”に強い関心を抱いていました。そして新結合について初めて触れた『経済発展の理論(初版)』でこう述べました。
「新しい結合はいつでも思いつくことができるが、欠かすことができない決定的なものは、(人間の)行動であり、行動力である」「『行動の人』にとっては、その度ごとに示される問題や新しい可能性が彼を引き付け、興味を起こさせる。彼は実験をせずにはいられなくなり、経済的な事態に自分の精神の刻印を押さずにはいられなくなる」「私たちの『行動の人』にとっては、示すことのできる休止点も、彼を休止状態にとどめる経済様式も限界効用水準も存在しない」
シュンペーターは、新しいアイデアよりも、イノベーションの担い手となる人間と、その行動力を重視していました。彼の「行動の人」という言葉からは、テスラCEO(最高経営責任者)のイーロン・マスクやアップル創業者のスティーブ・ジョブズのような、逆境や批判にさらされながらも、自らを信じて行動するイノベーターが想起されます。
「世界を変える」といった壮大な目標を掲げ、革新的な商品やサービスを生み出すイノベーターの頭の中はどうなっているのか。何が本人たちを行動へと駆り立てるのか──。
私は日経ビジネスや日本経済新聞の記者として30年近く、さまざまな経営者を取材するなかで、イノベーターに強い関心を持つようになりました。
これまでに、テスラとスペースXのCEOを兼ねるマスク、アマゾン創業者のジェフ・ベゾス、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ、エヌビディアCEOのジェンスン・フアン、セールスフォース創業者のマーク・ベニオフ、TSMC創業者のモリス・チャン、インテル元CEOのアンドリュー・グローブ、ピクサー・アニメーション・スタジオ創業者のエドウィン・キャトムル、ユニクロ創業者の柳井正、リクルート創業者の江副浩正らを直接取材し、特集や企業研究といったさまざまな記事を執筆してきました。
イノベーターには、常識の枠に収まらないユニークな発想をする人物が目立ちます。
例えば、火星を目指す宇宙ロケットを開発する理由をマスクに質問したところ、「地球が滅びる前に人類がほかの惑星に移住できるテクノロジーを開発しなければならない」という答えが返ってきました。SF的な世界観(宇宙観)には驚きましたが、マスクは人類を滅亡から救わなければならないと本気で考えています。
天才の基準は、その功績であって、人格でない
世界をあきれさせる破天荒な言動が注目されがちなマスクですが、EV(電気自動車)や宇宙ロケットでイノベーションを起こしたのは紛れもない事実です。2026年中にはAIヒューマノイド(ヒト型ロボット)「オプティマス」の量産にも乗り出す計画で「年間100万体の生産体制を目指す」と宣言しています。
「天才はいつも私たちをがっかりさせてくれる。少なくとも人としては。ただ、その非は私たちの側にある。天才の基準は、その功績であって、人格でないことを私たちは忘れている。功績とモラルは別物になる可能性があることを私たちは見落としている」。『イェール大学人気講義 天才~その「隠れた習慣」を解き明かす』の著者で、同大学で長年にわたり「天才」をテーマにした講義を担当してきたクレイグ・ライトはこう述べています。
マスクに限らず、ジョブズやマイクロソフトのゲイツ、アマゾンのベゾスも性格に問題があると、たびたび指摘されてきました。独善的で、部下を厳しく叱責するようなエピソードが何度も報じられています。「狂気の混じらない天才はいない」という古代ギリシャの哲学者アリストテレスが語ったとされる言葉は正しいようです。
性格に問題があっても、非常識だという批判を恐れない勇気や偏執的ともいえる集中力が、天才的な成果を生むことがあります。数々のイノベーターを取材し、さまざまな記事を執筆する中で、私は彼らの考え方や生きざまに、強い興味を抱くようになりました。とりわけマスク、ベゾス、ゲイツは、EVやインターネット小売り、ソフトウエアで業界を劇的に変え、世界一の富豪になったこともある人物です。
直接取材した際に強烈な印象を受けたことが忘れられず、3人が猛烈な読書家であることに焦点を当てた『天才読書 世界一の富を築いたマスク、ベゾス、ゲイツが選ぶ100冊』という本を2022年に出版しました。歴史から、SF、ファンタジー、経営学、経済学、科学、文学まで3人が読んだ100冊の本を、取材経験を踏まえて読み解いたものです。
それでも、何が天才的なイノベーターたちを駆り立てているのか、彼らの思考力や行動力の源泉はどこにあるのかに迫るためには、100冊の本を紹介するだけではもちろん限界があります。
そこで私は、イノベーション、イノベーター、天才について書かれた本を可能な限り集めて読むことにしました。巻末に書籍リストと参考文献も付けますが、その数は100冊以上に及びます。私は専門家ではないため、海外の書籍に加えて、研究者が書いた論文もできるだけ読むようにしました。
100冊以上の本やさまざまな論文を読み、私自身の取材や記事執筆の経験と照らし合わせる中で見えてきたのは、天才的なイノベーターの思考や行動原理には多くの共通点があることです。それらはイノベーター、起業家に限らず、あらゆるビジネスリーダー、ビジネスパーソンに役立つものばかりです。本書では、イノベーターたちに共通する「思考」を体系化し、私たちの仕事や人生に応用できる形にできるだけ落とし込んで解説します。
ここで『天才思考』の構成をおおまかに説明します。
まず序章では、「イノベーターとは何者なのか」について考えます。イノベーターにとってとりわけ重要なのは「行動力」です。アイデアパーソンは世の中にたくさんいますが、仮にいいアイデアを思いついたとしても、実行に移す人は決して多くありません。
天才的なイノベーターたちは驚くほど行動的です。マスクはテスラのCEOでありながら、スペースXのCEO、X(旧Twitter)の会長とCTO(最高技術責任者)も兼ねており、さらに生成AIのスタートアップ、xAIも起業しています。ベゾスもアマゾンを経営しながらブルーオリジンを創業して宇宙開発にも取り組み、2025年11月にはAIスタートアップの共同CEOに就任すると報じられました。どれだけ多忙でも、自分の心の声に従って行動するのがイノベーターです。
消えることがない情熱の炎
第1章では、このようなイノベーターの行動力の源泉となる、大好きなことに熱中して取り組む「情熱思考」とも呼べる考え方を、心理学の研究を踏まえつつ、彼ら自身の言葉や生きざまから紹介します。情熱思考とは、外部から与えられる報酬ではなく、自分自身の内側にある強い関心である「内発的動機」を行動の起点に据える思考です。
「初めの炎を保ちなさい」という私の好きな言葉があります。社会学者で東京大学名誉教授だった見田宗介が好んで語った、インドの哲学書に由来する言葉です。
マスクもベゾスも少年時代から宇宙が大好きで、数多くのSF小説を愛読していました。幼かった彼らの心に湧き上がった情熱の炎は、大人になってからも消えることがなく、宇宙開発に取り組むきっかけになりました。ゲイツも少年時代に寝る間を惜しんでプログラミングに熱中した経験が、ハーバード大学を中退してマイクロソフトを起業することにつながっています。
「コナトゥス(Conatus)」という、存在し続け、自らを高めようとするような力を指すラテン語があります。17世紀の哲学者で『エチカ』を著したスピノザが強い関心を示した言葉です。英語では「努力」と訳されることが多いのですが、「衝動」や「奮闘」という意味もあります。独立研究者の山口周は、コナトゥスを「自分らしい自分で居続けようとするエネルギー」と位置付けています。私は、このコナトゥスに基づく、強い感情と意志が、多くのイノベーターを行動へと駆り立てる原動力の1つになっていると考えています。
第2章が前著『天才読書』でも指摘した「知識の幅」を生かした「アナロジー(類推)思考」です。マスク、ベゾス、ゲイツは驚くほどの読書家で、幅広いジャンルの膨大な数の本を読んでいます。いわば自分の頭の中に図書館があり、多数の本棚が並んでいる状態といえるでしょう。
シュンペーターが『経済発展の理論』で述べたように、イノベーションは、さまざまなアイデア・要素を新たな形で組み合わせる「新結合」から生まれます。新結合を生み出すには、組み合わせる素材となる知識の幅が不可欠です。
膨大な知識を基に、これまでにない組み合わせを見つけ出す傑出した能力を世界的なイノベーターたちは持っています。これはアナロジー思考とも言い換えることができます。「新しいアイデアは『借りてきて組み合わせる』ことで生まれる」と『アナロジー思考』の著者である細谷功は述べています。異なる世界のアイデアを借用して、別の領域で組み合わせるような思考を指します。
例えば、アマゾンの強みであるインターネット通販で迅速な発送を実現するカギだった、自前の倉庫を効率化させるアイデアは、トヨタ流の改善手法に関する『リーン・シンキング』という本をベゾスが読んだことが1つのきっかけになっています。テスラが最初のEV「テスラ・ロードスター」を開発する際に、ノートパソコンなどに使われる「18650」と呼ばれるサイズのバッテリーを7000本近くつなぎあわせた電池パックを採用したことも、自動車産業の常識では考えられない新しい組み合わせでした。
歴史をさかのぼると、ヨハネス・グーテンベルクの活版印刷も意外な組み合わせから生まれています。グーテンベルクは、貨幣鋳造の職人として磨いた合金技術とブドウの圧搾機の技術を組み合わせて活版印刷機を実現させました。西欧が発展するカギとなる“知の爆発”につながる歴史的なイノベーションも、発明者の知識の幅とそれらを組み合わせる発想から生まれました。
重要なのは、イノベーションはすでに存在するアイデアや技術を組み合わせることによって生まれることです。「私がかなたを見渡せたのだとしたら、それは巨人の肩の上に立っていたからです」というアイザック・ニュートンの言葉をご存じの方は多いことでしょう(この言葉を最初に使ったのは、12世紀の新プラトン主義の哲学者、シャルトルのベルナールとされています)。先人たちのさまざまなアイデアを貪欲に学んで異分野で応用する「巨人たちの肩の上に乗る」ような思考がイノベーションには欠かせません。
マスクが実践する第一原理思考
第3章が「第一原理思考」です。第一原理は英語で「first principles」と呼ばれ、他の命題や仮定からは演繹できない基本的な命題や仮定のことを指します。古代ギリシャの哲学者、アリストテレスが『自然学』で述べた「第一原因(first cause)」に由来しており、ソクラテスも「真の原因であるものと、それがなければ原因が原因たりえないものとを区別すること」の重要性を指摘していたことが、プラトンの『パイドン』で紹介されています。
第一原理思考では、あらゆる常識、前提を疑い、そこから絶対に疑えない根本的な原理(第一原理)を見つけ出し、ゼロベースで従来とは異なる解決策を見いだします。マスクがテスラやスペースXの経営において大事にしている考え方で、テスラが掲げる企業文化にも第一原理を重視することが明示されています。
常識を破壊するイノベーションを生み出すには、知識の幅に基づくアナロジー思考に加えて、この第一原理思考が極めて重要です。先行企業が当たり前と思っている前提を覆すことができれば、コストと性能の両面において、圧倒的な競争力を実現できる可能性があるからです。
例えば、マスクは再利用可能な宇宙ロケットを実現する際に、打ち上げにかかるコストを詳細に分析しました。そして、打ち上げコストの6割以上を占めるとされる「1段目ロケット」、同1割を占めるとされる人工衛星などを格納する先端部の「フェアリング」を地上に帰還させて回収し、再利用するシステムを苦難の末に実現させました。
再利用可能な宇宙ロケットを実現するというスペースXの発想は宇宙産業において非常識なものでした。しかしながら、マスクは、第一原理思考に基づいて、課題を徹底的に分解し、どこに再利用のハードルがあるのか、どのような技術や工夫で克服できるのかを考え抜いて開発を進めた結果、文字通り不可能を可能にしたのです。
クレージーな人間で反逆者
第4章が「反逆思考」です。ジョブズはいったんアップルから追放された後の1997年に同社に復帰した直後に、「Think Different」という広告キャンペーンを始めました。その際につくられた60秒の動画には、ジョブズの反逆的な思想が強く映し出されています。
世界を変える人(イノベーター・天才)は「クレイジーな人間で、反逆者であり、厄介者である」と主張し、アルベルト・アインシュタイン、ボブ・ディラン、リチャード・ブランソン、ジョン・レノン、トーマス・エジソン、マハトマ・ガンディー、パブロ・ピカソといった幅広い分野で傑出した人物を取り上げました。
ジョブズは彼らを「物事をまるで違う目で見る人たちで、規則を嫌い、現状を肯定しない。反対する人も、称賛する人も、けなす人もいる」とし、「しかし、彼らを無視することは、だれにもできない。なぜなら、彼らは物事を変えたからだ。彼らは人間を前進させた」「彼らはクレイジーと言われるが、私たちは、天才だと思う。自分が世界を変えられると本気で信じる人たちこそが、本当に世界を変えているのだから」と述べました。
イノベーターは“反逆者”である──。そんなジョブズの主張には強い説得力があると私は考えます。アップルに限らず、テスラやスペースX、アマゾン、フェイスブック、ウーバーテクノロジーズ、エアビーアンドビーは、いずれも創業者の反逆的な思考から生まれているからです。
第5章で取り上げる「パラノイア思考」もイノベーターに欠かせないものです。パラノイアとは、過去に経験した不安や恐怖の影響を受けて、誰かが常に自分を脅かしているといった危機感を持つ状態を指し、精神医学では「被害妄想」とも呼ばれます。それでも過度な楽観主義に陥らず、イノベーションを起こすうえで脅威となるさまざまなリスクを早期に発見し、必要な対策を講じる姿勢がイノベーターには欠かせません。
いくら行動力があっても、イノベーターは艱難辛苦(かんなんしんく)を乗り越える必要があります。アイデアが革新的であればあるほど、「できるわけがない」と何度も否定されたり、「非常識だ」「バカじゃないか」と嘲笑されたりするからです。起業して事業を始めても、自分たちのビジネスを脅かされると考える先行企業などのライバルからさまざまな妨害を受けることもあります。
優れたイノベーターには、幼少期に悲惨ないじめや、国を追われるようなつらい経験をしている人が少なくありません。発達障害や、難聴、吃音などの障害を持っているケースもあります。しかし逆境を乗り越えた経験は、常に危機感や警戒心を持ち、どんな難局に直面してもあきらめずに挑戦し続ける精神力にもつながります。
例えば、マスクは自身が自閉スペクトラム症(ASD)であることを公表しています。空気を読めないタイプで周囲の人と上手くコミュニケーションできず、少年時代は長期間にわたっていじめられていました。殴る蹴るの集団暴行を受けて入院したことさえあります。アップル創業者のスティーブ・ジョブズも少年時代にいじめを受けて不登校になり、転校しています。ソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義も、在日韓国人として育った少年時代に石をぶつけられてできた傷跡が額に残っているそうです。
それでも、集団から孤立し、自分自身の力で生き抜くことを強いられた経験は、さまざまなリスクに対する嗅覚を高めるのと同時に強靱(きょうじん)な精神力を鍛えてくれます。周囲に味方がいなくても、自分を信じて努力すれば、困難は乗り越えられるというマインドセットが生まれるからです。さらに自分が手がけるビジネスにとって何が脅威になるかを早期に察知して、対策を講じるような警戒心にもつながります。
英雄の物語には共通する構造がある
第6章が「物語思考」です。マスク、ベゾス、ジョブズに限らず、優れたイノベーターは、物語(ナラティブ)を伝えることを重視しています。
イスラエルの歴史学者であるユヴァル・ノア・ハラリは『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』で、「大規模な人間の協力はすべて、共通の神話に根差している」と述べました。組織を一つにまとめ、多くのメンバーの協力を得るには、共通の物語が欠かせません。社外に対しても同様で、自分たちの物語に共感してもらえるかどうかが、投資を引き出したり、顧客や提携先を開拓したりするカギになります。
「古今東西の神話や民話に登場する英雄の物語には共通する構造がある」と、『千の顔を持つ英雄』の著者で神話学者のジョーゼフ・キャンベルは指摘しています。「ヒーローズ・ジャーニー(英雄の旅)」という理論で、ある英雄が旅に出て、数々の苦難を経験し、特別な力を手に入れて、強力な力を持つ敵に勝利し、故郷に帰還するといった共通の構造があるといいます。
マスクやベゾスらの伝記を読むと、彼らの物語にも同様の構造が見られます。2人が愛読し、ペイパルの共同創業者ピーター・ティールやゲイツも好きなファンタジーがJ・R・R・トールキンの『指輪物語』です。トールキンも神話の研究者で、この物語もまさに英雄の旅に合致する構造になっています。神話に根ざしたファンタジーを偏愛しており、その構造を理解していることも、イノベーターたちの伝える力を高めることにつながっています。
詳細は本文で述べますが、マスクが世界を救う英雄的な存在に自分を重ねたり、EVをアピールする際にストーリーを重視したりするのは、物語が多くの人の共感や支持を得る武器になることを理解しているからだと思います。
「ペル・アスペラ・アド・アストラ(苦難を乗り越え、星々へ)」というマスクが好きなラテン語があります。古代ローマの詩人ウェルギリウスの叙事詩『アエネイス』に由来しており、まさにこれこそが英雄の旅といえる物語です。2014年にマスクがつくった私立学校の名前も「アド・アストラ」で、この言葉に対する思い入れの強さがうかがえます。
自分勝手なイノベーターに欠かせない「チーム思考」
第7章では「チーム思考」を取り上げます。イノベーターは、突出した能力を持つスーパーマンで、1人でなんでも実現しているように思われがちです。さらにマスクやジョブズのように、自分勝手で周囲の意見を聞かない独裁者である、といったイメージを持たれている人物も目立ちます。
しかし現実には、天才的なイノベーターにこそ、自分の欠点や苦手なことを理解して補ってくれる優秀な経営幹部の存在が欠かせません。苦手なことは得意な人に任せる「チーム思考」がなければ、イノベーターは自らの強みに集中できないからです。
例えば、マスクが率いるスペースXでは、グウィン・ショットウェルが社長兼COO(最高執行責任者)として2008年から17年以上、実務を取り仕切ってきました。夫に発達障害があるショットウェルはマスクの良き理解者で、マスクのさまざまな無茶ぶりが引き起こすトラブルの解決に奔走してきました。テスラでも、共同創業者でCTO(最高技術責任者)だったJ・B・ストローベルらが長年にわたり、マスクを支えてきました。
マイクロソフトでゲイツを支えた盟友としては、共同創業者のポール・アレンや元CEOのスティーブ・バルマーが有名ですが、このほかにも5つの学位を持つ天才でCTOだったネイサン・ミアヴォルドなどの優れた幹部が活躍してきました。アマゾンでも、AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)の急成長を牽引したアンディー・ジャシーのような人物が活躍し、ベゾスの後継者としてCEOになっています。
自分の苦手なことを補い、支えてくれる同志を集めて、優れたチームを作る「チーム思考」は、イノベーションを起こすために欠かせません。
第8章が「SF思考」です。
現時点では存在しない新たなイノベーションを生み出すためには、未来を想像し、予測することが不可欠で、その力になるのがSFです。SF小説を執筆する際は、究極の未来を想像し、新しいテクノロジーのアイデアを考えて、それを人間がどのように使うかを具体的に描く必要があります。
未来のテクノロジーや社会を想像するうえで、SFはさまざまなヒントを与えてくれます。人間はどうしても現在の技術や社会の延長線上にある未来をイメージしがちですが、思考の限界を越えるような破天荒なアイデアはSFだからこそ描けます。もちろんイノベーターだけではなく、会社の長期ビジョンを描く経営企画や研究開発などの部門で働く人にとってもSFは参考になります。
マスクやベゾスが読んだ本のリストを見ると、SFが非常に多いことに驚かされます。彼らは少年時代から、アイザック・アシモフ、ロバート・ハインライン、イアン・バンクスなどが著した、さまざまなSFを読みあさってきました。メタ(旧フェイスブック)CEOのマーク・ザッカーバーグもSF好きで知られています。
実際に彼らが手がけているビジネスは、SFの強い影響を受けています。再利用可能な宇宙ロケットはその最たるものですが、それだけではありません。例えば、アマゾンのAIスピーカー「アマゾン・エコー」のアイデアの原点は、「スタートレックのしゃべるコンピューターだった」とベゾスは述べています。
この章では、「SFプロトタイピング」という未来の社会や技術の物語を具体的に描き、そこから逆算して新規事業などを創出するアイデアを生み出す手法も取り上げます。
短期的な結果のために、長期的な価値を犠牲にしない
第9章が「長期思考」です。ベゾスはアマゾンを起業した際に、長期的な成功を優先し、当面は赤字でも顧客に喜ばれるサービスを提供する姿勢を徹底しました。低価格、迅速な無料配送、安心できる返品の仕組みを実現するといった戦略です。短期的な利益につながらない経営方針は投資家に支持されにくいものです。1997年に上場したアマゾンの株価は、赤字続きだったこともあり、2000年には6ドルにまで下落するなど、低空飛行が長期間にわたって続きました。それでもベゾスの経営方針は揺らがず、長期的には大成功を収めました。
イノベーターは「短期的な結果のために、長期的な価値を犠牲にすべきではない」というのがベゾスの信念です。これは流行という常に変わり続けるものよりも、変わらないものに目を向けることが大事である、とも言い換えられます。
ベゾスが推薦する『小さなチーム、大きな仕事:37シグナルズ成功の法則』という本には、「ビジネスを立ち上げるなら、その核は変わらないものであるべきだ。人々が今日欲しいと思う、そして10年後も欲しいと思うもの。そうしたものにこそ力を投入すべきだ」という言葉があります。
長期的な成功を重視する姿勢は、マスク、ゲイツ、ザッカーバーグらも大切にしています。企業が時代を超えて生き残り、持続的に成長するためには、普遍的かつ本質的な価値を追求することが欠かせません。
長期計画が大切であることは、『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』(以下、『ゼロ・トゥ・ワン』)でピーター・ティールも指摘しています。アップルは「iPhone」や「MacBook Air」などの商品の優れたデザインや使い勝手の良さが人気の理由と考えられがちですが、「大事なことはほかにある」とティールは主張します。ジョブズから学ぶべき教訓は、「アップルは、新製品を開発し、効果的に販売するための明確な複数年計画を描いてそれを実行したことだ」といいます。
テスラもEVのロードスターを発売して間もないころから、モデルS、モデルX、モデル3を発売するというロードマップを描いていました。2012年に私が取材した際にも、マスクは具体的なプランを明示し、「生産規模を段階的に拡大して年間100万台の自動車メーカーを実現する」とはっきり語っていました。
人の心を震わせる「アート思考」
そして第10章が「アート思考」です。アート思考とは文字通り、アーティストのように思考することを指します。アップルのジョブズはテクノロジー至上主義だったコンピューターの世界にアート的な思考を持ち込みました。文字フォントの美しさや直感的に操作できる使い勝手、そしてスタイリッシュな外観を重視する姿勢が、パーソナルコンピューター「マッキントッシュ」のヒットにつながりました。それまでの一般的なコンピューターはグレーやベージュの武骨な直方体で、お世辞にも美しいとはいえず、フォントの選択肢も限られていました。
「テクノロジーだけでは十分ではない。テクノロジーがリベラルアーツや人文学と結びついたとき、初めて人の心を震わせる成果が生まれる」。ジョブズはこう述べています。多くの人の心を虜にする美しいデザインとマニュアルを不要にするような高い操作性は「iPhone」「iPad」などの多くのアップル製品に引き継がれていきました。
多くのメーカーは技術や機能を重視してきましたが、美しさが人間の心を揺さぶることをジョブズは見抜いていました。「アート思考とは、人々が世界をどう理解するかを変えることで価値を生み出す思考である」。アートとビジネスの専門家で『アートシンキング 未知の領域が生まれるビジネス思考術』を著したエイミー・ウィテカーはこう述べています。その意味で、さまざまなアップル製品はユーザーの世界観を変えたといえるでしょう。
米伝記作家のウォルター・アイザックソンは、著書『スティーブ・ジョブズ』の冒頭で、次のようなジョブズの言葉を紹介しています。
「僕は子供のころ、自分は文系だと思っていたのに、エレクトロニクスが好きになってしまった。その後、『文系と理系の交差点に立てる人にこそ大きな価値がある』と、僕のヒーローのひとり、ポラロイド社のエドウィン・ランドが語った話を読んで、そういう人間になろうと思ったんだ」
ジョブズは、コンピューターという理系のテクノロジーに、文系のアート的な考え方を融合させました。
文系と理系の交差点に立つアプローチは、英家電メーカーのダイソンを創業したジェームズ・ダイソンにも共通します。ダイソンはロイヤル・カレッジ・オブ・アート(英国王立美術大学)で家具やインテリアのデザインを専攻した後にエンジニアリングを学び、紙パックがいらないサイクロン式掃除機や過度な熱に頼らない速乾性があるドライヤー、羽根がない扇風機などの数々のユニークなイノベーションを実現してきました。ダイソン製品は優れた機能と多くの人が美しいと感じる優れたデザインを両立させることで、以前の家電製品にはない価値を生み出しています。
『天才思考』では、これら10の思考から、天才的なイノベーターの行動原理を読み解いていきます。
10の思考法は、特別な才能を持つ一部の天才だけのものではありません。視点を変え、考え方を意識することで、多くのビジネスパーソンにとっても応用可能なものです。イノベーションとは、特別なひらめきのようなイメージを持たれがちですが、それは思考と行動の積み重ねから生まれます。本書が、イノベーターの思考法を理解する一助となれば幸いです。
本書は、どの章からでも読み進められる構成にしておりますので、興味があるところから開いていただきたいと思います。文章中には人物の名前が多数登場するため、読者のみなさまが読みやすいように、原則として敬称を省略しています。また、登場する本の書影や著者、翻訳者、出版社などの情報は序章以降で本文の下部に掲載します。
山崎 良兵
【目次】




