その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は川内潤さんと山中浩之さんの『 上司に「介護始めます」と言えますか? 信じて働ける会社がわかる 』です。山中さんの「はじめに」と川内さんの「おわりに」をお届けします。

【はじめに】

~介護と介護支援が経営課題であるワケ

 タイトルに「介護」と入っている、手に取りにくい本を開いてくださってありがとうございます。「介護支援と経営にどうつながりがあるんだ?」と不思議にお思いでしょうか。あるいは、内心「介護が始まりそうだけれど、会社に言いづらいな」とお悩みでしょうか。

 経営、そして社員が介護の問題でどんな影響を受けるのか。これからお読み頂く前に、本書の内容と目的を簡単に説明させて頂きます。あまり肩肘を張らず、気軽に(時には笑いながら)読めるように話を進めていくつもりですが、冒頭だけはちょっとビジネス書っぽくやらせて頂きますので、お付き合いください。

 2025年、第2次世界大戦後のベビーブームで生まれた団塊の世代の全員が、75歳以上になります。この75歳は高齢者医療の節目で、「要介護状態(2週間以上にわたって常に介護を必要とする状態)」として認定される人の割合が上昇します。要介護認定者の割合で比較すると、65~74歳では2.9%なのに対し、75歳を超えると23.1%に(厚生労働省「介護保険事業状況報告(年報)」令和元年度より)。それ以下の年代よりも一気に介護リスクが高まるのです。具体的に言えば、自立した生活を送るために必要な能力が急速に下がります。外出して買い物をすることが難しくなり、認知症の発症割合も上昇します。

 そして、この世代の親の介護に直面するのが団塊世代の子どもたち、いわゆる「団塊ジュニア世代」(1971~74年生まれ)です。

 団塊ジュニア世代は現在50代前半で、多くが若手経営層や管理職として企業の中核を担う層です。あるいは現場のベテランとして、働き手不足の中で貴重な後進を育てるためにも欠かせない存在となっています。

 この中核層が、親の介護と仕事の両立に悩む時代が目の前に迫っているわけです。この時点で、まず「介護は経営課題」と言えるでしょう。え、「そうはいっても介護は企業経営じゃなくて、個人や家族の問題では」とお考えでしょうか? では、先をお読みください。

経済損失9兆円の試算も

 そして50代が介護に悩めば、問題は若い層にも波及します。

 「実は当社で介護離職に至るのは、若い女性社員が多いのです」と明かしてくれたのは熊本県益城町に本社を置く化粧品メーカー、再春館製薬所の稲冨修一郎人財部労務・戦略人事マネジャー。親はまだまだ介護の問題からは遠いはずなのに、なぜか。

 「彼女たちは、自分の親が祖父や祖母の介護で疲弊するのを目にして『自分が助けなくては』と休みを取って手伝いを始め、そこから『自分が親のそばで働きながら祖父・祖母の介護をする』と決意してしまうのです」

 親を支援するならほかの手段もあるよ、と、説得する間もなく「もう再就職先も決めています」と、職場を去ってしまう人も多いのだそうです。

 要するにこれから日本の社会に「介護をしながら働く」人が、どんどん増えていくのです。

 経済産業省ヘルスケア産業課の水口怜斉課長補佐は「介護は、今直面している人だけの問題ではなく、働く人すべてが考えておくべき課題」と言います。2030年には、家族を介護する人の4割に当たる約318万人が有職者(いわゆる「ワーキングケアラー」「ビジネスケアラー」)になる、という推定もありました。

 経済・経営誌「日経ビジネス」では、24年11月に40代以上のビジネスパーソンらを対象に、仕事と介護についてのアンケート調査を実施しました。現在仕事をしながら介護中の444人を対象に「今、介護や親の手助けを理由に勤務先を辞めることを考えているか」と聞いたところ、「辞めるつもり」「辞めることを悩んでいる」という回答が42.8%と、半数近くを占めたのです。

 個人の問題として抱えきれず、仕事より介護を選ぼうとしている人がこれだけいる。

 社員も、そして会社も、この状況に対する備えができているのでしょうか。

「休ませればいいんでしょ?」では事態は悪化する

 残念ながら、企業による介護支援は進んでいるとはいえません。制度はあっても、十分に使われていないことが、調査からうかがえます。家族の介護体制を整えるための短期休暇制度「介護休暇」(対象家族が1人の場合は年5日)を取得した社員がいる事業所の割合は、わずか2.7%です(21年4月~22年3月末、厚生労働省調べ)。

 こうした状況について、国は「労働損失の影響は甚大であり、政府として、喫緊の対応が必要」と動き出しました。「育児・介護休業法」を改正して、企業に社員の仕事と介護の両立支援をより明確に義務付けたのです。施行は25年4月で、具体的には、介護支援制度を社員に個別に周知することや、利用の意向確認、社員への情報提供、研修実施や相談窓口の設置、介護のためのテレワークを努力義務とする、などなど。

 一見、「なるほど」と思えますが、介護の専門家の間では、この法改正によって会社が「とにかく休みを与えて、自己責任で介護させればいい」という方向に暴走しないかと危惧する声が上がっています。

 何を恐れているのかといえば、社員が親の介護を自力で始めてしまうきっかけになってしまうのでは、ということです。

 「それのどこがおかしいのか」。そう思った方はぜひこの本を読み進めてください。

 社員に、そして組織に「介護は個人の問題」という固定観念があること、日本の社会に「子どもが直接親の介護をすることが、親孝行である」という思い込みがあること。これらの影響は非常に大きく、社員は「実は介護が始まりそうです」と会社で言いにくくなり、介護支援策の利用や、仕事を続けることを難しくさせています。

 逆に、介護を社員に抱え込ませない制度と雰囲気を経営がつくり出すことができれば、社員のロイヤルティーやモチベーションは上昇し、それが業績数字となって返ってくるのです……という話を、これから実例を交えて噛み砕いてお話ししていきます。介護支援が経営課題であることが、ご納得頂けると思います。

 会社で人事(HR)を担当する方も、親御さんの介護が始まりそうなあなたも、介護への発想を切り替える手掛かりに、ぜひこの本をお役立てください。

社員の人生と、会社の成長のために

 「介護は親孝行、自己責任、という社会圧から、介護中に親との距離が近づき過ぎ、それがストレスになって、親への暴力や介護離職につながる。そんなケースが多い」。本書の共著者で延べ3000人以上の会社員の個別介護相談に乗ってきた、NPO法人となりのかいご代表、川内潤さんは常々この問題を訴えてきました。川内さんの考え方に触れて、自分(編集Y)は実際に親の遠距離介護を経験し、今、介護と仕事を無事に両立できています。その経緯は『親不孝介護 距離を取るからうまくいく』(弊社刊)で、詳しく告白させて頂きました。具体例な介護の実例については同書をご覧頂ければ幸いです。

 本書では、個人だけでなく支援を行う会社側の目線も加えて、介護・介護支援の正しい(=親と自分と組織にとってストレスが小さい)取り組み方と、そのために有効な支援について、現場の声や調査、経営層の考えをふんだんに織り込んでお伝えしていきます。

 取材にご協力頂いた皆様に感謝しますと共に、上司に「これから介護が始まりそうです」とフランクに言える会社が、少しでも増えるきっかけに本書がなればと心から願っています。

編集Y(山中 浩之)

※本書に登場する方々の役職は2024年取材時点のものです。敬称、役職名は一部略させて頂きました。会社によって表記が異なる言葉は、基本的に固有名詞を除き弊社ルールで統一しています。また、本書は日経ビジネス2024年11月18日号特集「介護離職クライシス その支援策では救えない」(山中浩之・馬塲貴子)をもとに大幅に加筆しております。本書に掲載している介護に関する調査の概要は左の通りです。
【調査概要】日経BPコンサルティングに依頼し、2024年9月から10月にかけて、2種類の調査を行った。(調査A)介護経験者の実態調査。インターネット調査会社のモニターに対して、介護を必要とする方の実態や、回答者の関わり方、離職状況などを尋ねた。回答数は718人。このうち「現在、介護中」は572人、「介護経験者」は146人。「離職経験者」は330人だった。(調査B)日経ビジネス及び日経ビジネス電子版の読者を対象とする介護に関する意識調査。介護に対する考え方や、職場の雰囲気などを聞き、介護経験者と未経験者の意識の違いなどを調べた。回答数は779人。このうち「現在、介護中」は243人、「介護経験者」は236人、「未経験者」は300人だった。


【おわりに】

~12年前、初めての介護セミナー

 今から12年前の私は、介護現場での経験から「家族による高齢者虐待を止めたい!」との思いで「となりのかいご」という市民団体を立ち上げたはいいものの、どうしたら虐待が止められるのかさっぱりわかりませんでした。そもそも、社会福祉学科をギリギリで卒業した自分が、そんな大きな課題に取り組めるのか、あるのは不安ばかりです。一応、大学で福祉の勉強をしていれば、高齢者の虐待防止が、どれだけアンタッチャブルでリスクの高い課題であるかは理解できるからです。

 それでも、これ以上本気になれる社会的課題は見つからず、介護事業所で働きながら、シンポジウムや冊子の発行といった活動を、助成金をもらいながら細々と続けていました。地域の介護者の会にも出席して、介護体験を聞いて回りました。家族による高齢者虐待の深い闇を見た気がして、自分が選んだ道への不安が強くなっていきます。その結果「やらないよりはいい。だけど、これが本当に自分のやりたいことなのか……」と悩む日々が続いていました。

 そんなある日、ある大手企業が社会貢献で行っている、非営利組織向けの広報スキルアップ講座に出席しました。そこで講師をされている方から、認知症のご家族の相談を受けました。当時、私は認知症の方専門のデイサービスで管理者をしており、つい熱く認知症ケアについて語ってしまいました。

 すると「あなたの話、けっこう面白いからうちの会社で話してくれない?」と、思ってもみない誘いを受けました。さて、大企業で忙しく働いている方に、私の介護の話に興味を持ってもらえるのだろうか? と疑心暗鬼でしたが、講座でお世話になっている手前、恩返しをするために引き受けさせて頂きました。

 こうして、2013年3月に「認知症の家族と無理なく笑顔で会話できる方法」というタイトルで出張介護セミナーを行いました。大手企業の社員さんが私の拙い話を、真剣にうなずきながら聞いてくださり、セミナー後にたくさんの質問を頂きました。「こんなに優秀なビジネスパーソンでも、認知症について誤解しているんだ」「自分で介護しなければと、思い余って仕事を辞めれば、それが虐待につながってしまうのは当然だろう」と思ったとき、これだ! と気づきました。

 もしかしたら、企業に出張して認知症や家族介護についてレクチャーすれば、家族による虐待防止にもなるし、継続性のある事業にもできるのではないだろうか、と考えたのです。何か、バチッと回路がつながった感覚でした。それから知り合いの企業に頭を下げて、お昼休みに会議室を借りて無料で介護セミナーを繰り返していきました。さすがに無料では申し訳ないと謝礼を頂けることが増えていき、何度かメディアで取り組みを紹介頂いたことで、さらに依頼が増えていきました。一人ひとりの家族介護の悩みに応えるため、個別の介護相談も併せて実施することで「明らかに虐待を止めた!」という実感が持てるようになり「やっぱりこの方法でよかったんだ、自分は間違っていなかった」と確信を持てるようになり、独立することにしました。

 この文章を書いていて、初めての介護セミナーがつい昨日のことのように思い出されますが、もう12年もたっていることに驚きます。思えば、たくさんの方々の応援やご縁により今の仕事につながっているのだと気づかされて、改めて感謝の気持ちが湧いてきました。支えていただいた恩は、支援する企業の従業者さんとそのご家族に返していきたいと思います。その価値に共感してくださる支援先企業の担当者の方々に感謝して、今日も一人ひとりの悩みに寄り添っていきたいと思います。

2025年2月

NPO法人となりのかいご 代表理事 川内 潤

【目次】

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