この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介しています。今日はクリスティアン・グラタルー(著)、藤村奈緒美、瀧下哉代(訳)、辻森樹(監修)、日経ナショナル ジオグラフィック(編)の『 地球史マップ 誕生・進化・流転の全記録 』。「序文」をお届けします。
【序文】人類、そしてすべての生物たちの惑星
80億人を数える我々人類は、ごくありふれた恒星の周りを回る、ごく普通の惑星に住んでいる。だが、この惑星には素晴らしい特徴が1つある。今のところ宇宙のどこにも見つかっていないもの、すなわち「生命」を育んでいるのだ。我々はこの惑星で暮らすさまざまな生命体の一種に過ぎないが、この種は征服欲が特に強い。「侵略種」と呼んでもいいほどだ。もちろん、気候温暖化に伴う環境不安の増大、生物種の減少、さまざまな形の汚染などは、このアトラス(図版集)の作成と無関係ではない。本書は完全に現代的である。だからこそ斬新なのだ。
9つの階層で語る地球史
本書の概要をまとめた下の図をご覧いただきたい。宇宙誕生から現代社会まで、地球史を語る9つの階層は、どれも始まりがあるが、終わりはない。宇宙は今日存在しているし、明日も存在するだろう。地球という惑星は、現在(これからも)宇宙の中のごく小さな点として確かに存在しているし、地球上の生命は(これからも)存在し、そのうち人間という動物が占める位置は現在(そしてこれからも?)ますます大きくなっている。人類は大地を耕してほかの動物を家畜化し、地球上のあらゆる場所に広まった。異なるグループどうしがつながりを持つようになり、やがて化石資源を燃料として利用するようになった。少数派だった人類は80億人に達してようやく、浪費してしまった地球の資産の管理について多くの疑問を抱くようになった。そのようなわけで、本書は時間軸に沿った多重階層の上に構成されているのだ。
歴史上のどの時点を切り取っても、過去は現在から眺めることしかできない。上の図は宇宙の始まりの出来事「ビッグバン」までほぼさかのぼるものだが、これは本書全体の縮図でもある。宇宙の歴史の階層が年代順に並び、同時に見わたせるようになっているのだ。各階層(各章)は、始まった順番に並んでいるに過ぎない。農業はプレートテクトニクスの仕組みが生まれてからずっとあとに始まった。それでも、動き続けているプレートの上で我々が作物を収穫していることに変わりはない。だが、各階層の終わりは当然ながら暫定的なものであり、すべては未来に向かって開かれている。1つのテーマを扱った見開きページの右上にある「こちらも参照」欄では、「地質」と「産業」、「海洋循環」と「植民地化」などを関連づけて、各階層を貫く縦のつながりを示している。
全体に目を通してもらえれば分かるように、「科学の歴史」と銘打った黒地の見開きページが、白地のページの間にときおり挟まれている。この黒地のページでは、自然科学および社会科学史上の重要なひとこまを取り上げている。過去の地球物理学や生物学の知識、また過去の社会に関する知識など、どれも人間が作り上げたものであり、視野に入れておくべきものである。さらに、取り上げたこれらのテーマは、たとえ過去の疑問の反復だとしても、現代社会が直面する課題と深く関わっている。
現代のための百科全書的プロジェクト
過去の歴史に現在に通じるものを見出したり、現在に歴史の繰り返しを見出したりすることは、本書のアプローチとして極めて重要なことである。現代の環境危機についての優れたアトラスは存在する。地質学や生物学の歴史を美しい画像で表したものもある。それに対し、現在の異論や議論も含めて歴史を十分に掘り下げたものはずっと少なく、それを地理学の視点で表したものはさらに少ない。それでも、読者のうち特に年長の方の中には、本書のページを開いて、口に含んだマドレーヌの小さなかけらが思い起こさせるような既視感を覚える人もいるだろう。そう、本書はかつて一家にひと揃いはあった百科事典を念頭に置いたコンセプトで作られているのだ。
百科事典というものは長年にわたり、地質学から工学まで、あらゆる知識分野を網羅しようと努めてきた。海溝も扱えば、蒸気機関、植物の系統樹、原子炉の内部も取り上げた。だが、いまや爆発的に増加した知識も、その表現方法の多様化も、現代の我々が直面している危機の複雑さを理解する助けにも、取るべき立場を決める助けにもならない。本書では、可能な限り一般的かつ開かれた視野に立ち、分野にとらわれない子ども(少なくとも7歳から100歳まで)の好奇心に、そして世界中の(同じ年齢幅の)思慮深い一般市民の要求に応えるものにしようと試みた。
我々の試みは、18世紀の百科全書の衣鉢(いはつ)を継ぐものと自負できるとしても、その一方では非常に現代的で、実際には過去の遺産と一線を画すものでもある。数十年前に似たような本を作ったとしたら、おそらく「人と自然のアトラス」などという、ありきたりなタイトルになっていただろう。だが本書では、この2つの語を大きく打ち出すことはない(例外はp.220~221の「科学の歴史」の見開きのみで、ここでは西洋思想における歴史と地理から見た「人と自然の断絶」を扱っている)。銀河間空間から原子レベルにまで至る生物物理学の世界は、“自然”という言葉で表せるものでは到底ないのだ。何しろ、人間という動物からして、地球に生きるすべての存在の一部なのだから。とはいえ、問題となるのは常に人類であり、それはこの特異な霊長類が表舞台に登場する前のことを扱った1~3章でも同じことだ。だから、これらの章で概説されるのは、彼らが存在するためのさまざまな条件であって、彼らがいる場所の背景説明ではない。
懐古主義でもなく、未来への幻想でもなく
18世紀の百科全書派も、20世紀半ばの百科事典作成者も、少しのためらいもなく、「進歩」という考えのもとに仕事を進めたようだ。環境に対する不安がある現在では、語り口が相変わらず一方向的であったとしても、その向きを完全に逆転させることも可能である。黄金時代は、もはや創造者たる人類の輝かしい未来にあるのではなく、控え目で慎ましい旧石器時代にあると考えられている。ただ、本書はそのどちらの道もとっていない。我々のロードマップは、適切に配置することで新たな筋道を示してくれるプロセスの存在に気づかせてくれるものである。それが当てはまるのが、地球の仕組みや生物の進化など、生物物理学を扱った最初の数章である。また、農業、人口の増加、グローバリゼーション、産業などの、人類が越えてきたいくつかの壁に関する記述もそうだ。どれをとっても、懐古主義にも未来に対する幻想にも浸ることなく示されている。本書に見出せるのは、絶え間ない進歩に動かされる人間性でもなく、自らの破滅に向かってやみくもに突き進む世界でもなく、その長い時間の中で改めて描き出されたダイナミズムを理解するための資料である。我々が目指すのは忘却との闘いである。各層を別々のものとして扱っていたのでは、過去を理解することはできない。我々の現在は同時に、数十億年、数百万年、数百年の歳月を経てきたものでもあるのだ。
本書を読んで、アリの拡散や星々の放射、エルニーニョ現象や鋳造(ちゅうぞう)ガラスの発明、黄金郷の探索やサン・ピエールの壊滅、棘皮(きょくひ)動物の分岐や蒸気機関の概要などをたどるうちに夢(または悪夢)を見ることになったとしても、人類の惑星が見せるめくるめく万華鏡の意味を本当に理解するには、各層を互いに結びつけるしかない。ニーチェは自らの著作に「人間的な、あまりに人間的な」というタイトルを付けた。こうして織り上げられた地球史が描き出すのは、あり得る地平、そして我々人類の責任である。
クリスティアン・グラタルー
【目次】

