この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介しています。今日はエリック・ホイト(著)、田島木綿子(日本語版監修)、片神貴子(訳)、ナショナル ジオグラフィック(編)の『 ビジュアル クジラ&イルカ大図鑑 』です。

【はじめに】

 海に戻ってきた。顔に当たる風、潮の香り、船首にぶつかる波の音。広い背中と背ビレが見えると、カメラの連写音が響き、ハイドロフォンがドボンと海に投下される。この水中マイクで、クジラの歌やイルカの方言を盗み聞きするのだ。すると突然、足下の海が轟音、クリック音、鳴き声、悲鳴のような声でにぎわいだす。

 そこはクジラやイルカやネズミイルカ──いわゆる鯨類の世界だ。

 過去40年間、私は幸運にもこの瞬間を何度も経験してきた。それでも、決して飽きることはない。毎回、研究仲間や “クジラ友” と一緒に新たな発見をしたり、珍しい行動を目撃したりして、身震いするほどの興奮を味わえるからだ。

 クジラやイルカを最前線で研究することは常にワイルドな冒険だった。ほとんど情報がなかった頃、人類にとって鯨類はいわば「別世界の生き物」だった。そして長年にわたる研究のすえ、鯨類は海で暮らせるように進化した社会性を持つ哺乳(ほにゅう)類であり、捕食者であることが分かった。ところが最近になって、彼らがいかに特異な存在であるかが少しずつ見えてきた。本書では、野生における鯨類の生態の調査によ って明らかになったことを詳しく紹介していく。

 私が海で過ごしている間に、野生の鯨類に対する考え方や理解に革命が起こった。1960年代後半、「クジラを救え(Save the Whales)」というムーブメントにより、世間はクジラに注目するようになった。米国カリフォルニア沖で人気の娯楽となったホエールウォッチングはやがて世界各地に広がり、クジラが「海の怪物」だった時代は終わりを告げた。海はより親しみやすく、可能性に満ちた場所に変わったのだ。

 科学的なブレークスルーは通常、非常に狭い専門分野に取り組む専門家によってもたらされるものだ。それとは対照的に、クジラに対する理解が大きく進んだのは、スペシャリストだけでなく、幅広い知識を持つ有識者や一般人の努力の賜物である。私たちがクジラについて知ったことは、長年にわたる献身的なフィールド研究の成果であると同時に、高まる市民科学運動の勝利でもある。

 近年、鯨類に関する数々の科学論文によって新しい知識がもたらされている。本書もそうした論文を参考にしているが、第一の目的は、読者をフィールドに連れ出すことだ。野生のクジラやイルカを研究する現場を実際に見て、学び、参加し、楽しんでもらいたい。同時に、フィールドに出れば、彼らが日々直面している危険や、海の行く末に思いをめぐらせずにはいられないだろう。私たち人間は、結末を変えることができるのか──今はまだ分からない。

エリック・ホイト
英国ドーセット州ブリッドポートにて


【目次】

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