その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はグレゴリー・M・ウォルトン(著)、野中香方子(訳)の『 人生を好転させる上昇スパイラルの生み出し方 たった1時間で流れを変えるスタンフォード式メソッド 』です。「プロローグ」をお届けします。

【プロローグ】

 子どもの頃に好きだった本の一つは、クロケット・ジョンソンの『ハロルドと紫のクレヨン』だ。少年ハロルドは魔法のクレヨンを持っている。そのクレヨンで描けば、何でも現実になる。無心に描いた落書きが深い海に変わると、ハロルドはすぐ船を描いて乗り込む。航海を終えたら、海岸線を描き、船から降りる。

 私たちもそんな魔法のクレヨンを持っていたら、新しい現実を創造し、悩みの種をすっかり消すことができるだろう。だが、もちろん人生は絵本ではない。朝から晩まで悩まされている疑問をさっと消す魔法は存在しない。ましてや、周囲の世界を消すのは不可能だ。「私は悪い人間か」といった羞恥心や「この人は悪人か?」といった不信感を簡単に消す方法はない。「あなたはナンバーワン!」と励ましてくれるポスターを部屋に貼っても、「自分は本当に優秀なのか?」という不安を拭い去ることはできないし、「自分の居場所はあるのか」という不安=インポスター症候群から抜け出すのは難しい。また、夫婦関係で「私たちの関係は大丈夫なのか?」と繰り返し悩み、不安が下降スパイラルに陥った時、それを容易に断ち切ることはできない。けれども、これらの疑問がなぜ生まれ、どのように作用するのかをもっと深く理解すれば、私たちを縛っている思考の悪循環から解放してくれる答えが見つかるかもしれない。

 本書は「変化」と、それをどう実現するかについての本だ。心や人生、人間関係やコミュニティーにおいて、物事がどのように間違った方向に進み、それをどのように正していけるのかを述べる。

 焦点を当てるのは、人生で本当に大切な事柄だ。例えば、最も重要な目標、大切に思う場所への所属感、親しい人との関係、人生を振り回すような対立、そして健康である。不安のスパイラルが長引くと、まるで変えられない宿命のように感じられ、身動きできないのではないかと思えてくる。しかし、実際には、変化するチャンスはいくらでもある。その変化を実現するツールは、あなたの手の届くところにある。

 私は本書で紹介する事例を「マジック」のように語ることもできる。例えば、夫婦関係がたった3回の質問で改善できることをご存知だろうか。本当にたった3回だ。シカゴ近郊の夫婦を対象とした研究で、そういう結果が出た。4カ月ごとに7分間、それを1年続けただけで、夫婦の絆が深まり、満足感が高まり、親密さが増した。新聞記事は「結婚生活を救う21分間」という見出しでこの成果を報じた。もう一つ紹介しよう。カリフォルニア州オークランドで、少年院(少年司法センター)帰りの子どもたちを対象にした研究で、たった1枚の手紙により、再犯率は40%ポイント下がった。三つ目の事例は、サンフランシスコの病院が舞台だ。退院した患者たちに継続してハガキを送った結果、自殺率が2年で半減した。この本に書かれている「マジック」を使えば、夫婦の愛情を深め、子どもを少年収容施設から遠ざけ、患者の命を救うことができるのだ。

 「そんなうまい話があるものか」とあなたは思うかもしれない。その気持ちは理解できる。だから、ゆっくりと話を進めていこう。

 25年前、大学院に入学してまもない私なら、こんな変化が起きるとは思わなかっただろう。なぜなら、直感に反しているからだ。ほんの小さな行動が、時を飛び越えて未来の大きな結果に直結することが果たして本当にあるのだろうか。これから紹介する話の中には、「魔法」のように感じられるものもあるだろう。科学というよりSFのように思えるかもしれない。私が説明する変化のためのツールは、とても小さく、すぐ簡単に使えるので、大きな成果に結びつくとは思えないかもしれない。しかし、有効性を示すデータがある。実際、これらのツールは、優れたチームが数十年にわたる基礎研究を積み重ねた成果だ。こうした魔法のような結果がなぜ、どのように起きるのかを説明する精緻な理論モデルも存在する。そして何よりも素晴らしいのは、その力を私たちが活用できることだ。

 ほんの小さなことから大きな変化が起きることを私たちはすでに知っている。例えば、1時間の手術でその後の人生が激変することもある。同じように、心に何度ものしかかる疑問に対して、短時間で的確に向き合う心理的なワークによって人生を好転させることがあってもおかしくない。この本では、厳しい査読を経て繰り返し再現されてきた貴重な研究成果を紹介し、小さな行動がなぜ大きな違いを生み出すのかを示していく。

 この話をいくつもの「マジック」として語ることもできるが、それはしない。なぜなら、それでは本当の価値が伝わらないからだ。私たちはマジックショーの観客ではなく、全員がこの舞台の主役だからだ。しかも、本書で語る物語の真価は舞台裏にある。そこへあなたを案内し、「変化の触媒」となる仕掛けを設計し、基礎研究を積み上げてきた科学者や専門家を紹介しよう。彼らの物語を通じて、変化は可能であるだけでなく、実は極めて日常的なものであることがわかるだろう。本書を読み終える頃には、そうした事例が「当たり前」かつ「並外れた」ものだと思えるようになってほしい。そして、実際に役に立つことを実感してほしい。この本が語る科学は、自分自身、人間関係、コミュニティー、組織、そして世界にとって何が可能かについて新たなビジョンを与え、並外れた変化がどのようにして起きるのか、それを起こすために一人ひとりが何をすべきか理解するのを手助けしてくれる。つまり、本書は「(マジックの)種明かし本」である。

 この物語を「マジック」の連続として語るべきではない理由がもう一つある。選ばれた少数のマジシャンを舞台に上げ、皆があがめる手本として示すつもりはない。変化を起こす知恵は、誰にでも開かれている。私たちは皆、自分と他者をより深く理解し、それぞれの立場や状況をより正しく把握しようと努めている。そうして得た知恵があるから行動できる。だからこそ、本書ではさまざまな状況に置かれた多くの人々から学んでいく。私も、成功だけでなく失敗して学んだことを含め自分の経験を皆さんと共有する。目指すのは、人生が私たちに突きつける課題を見極め、うまく乗り越えるために、ともに学び、より賢くなることだ。何より重要なのは、核心となるプロセスを明らかにし、何が本当に効果を持つのかを、確かなデータに裏づけられた科学から学ぶことだ。

 私は20年以上、社会心理学を基盤とする素晴らしいコミュニティーに所属する幸運に恵まれてきた。そこでは、人生で直面する課題と、それをどう乗り越えるかを中心に研究と実践が進められている。研究の多くは、研究室で静かに始まり、粛々と積み重ねられてきた。研究テーマは、誰もが直面する人生の場面と深くつながっている。学校でどう学ぶか、どういきいきと暮らすか、人とのつながりをどう築き維持するか、仕事でどう成果を上げるか。心理学者と熟練の実務家が力を合わせ、「疑念・反芻・対立」という悪循環(下降スパイラル)を断ち切る実践的な方法を一つずつ築いてきた。それは、科学と実践を融合し、人々の生活に意義ある変化をもたらし、その効果を確認でき、持続的な改善をもたらす方法だ。

 それでは、私と一緒に旅を始めよう。この旅では、一見「魔法」のような成果の背景にある科学を、実例を交えて丁寧に解き明かしていく。この仕事を少しずつ進歩させてきたさまざまな人々の洞察も紹介しよう。これから明らかにする仕組みは、「バタフライ効果」のような偶然の産物ではなく、むしろ、小さな刺激が連鎖反応を引き起こすタイプのものだ。私たちは、自分や他者に不安な問いが湧く時期を予測でき、それらの問いにどう答えればよいかを学ぶこともできる。それが人生に確かな違いをもたらすことがわかっている。そして、どの場面では有効で、どの場面では効かないかも、予測できるようになってきた。これは、確かなよりどころにできる知恵だ。目的を達成し、より良いパートナーや親になり、あるいは教育者や医療従事者として人々を支えるうえでも力になる。

 精密な心理学的ワーク、あるいは、変化を生み出すツールと呼ぶべきだろうか。心理学研究の世界では、これを「賢明な介入(ワイズ・インターベンション)」と呼ぶ。

 あるケースで私と同僚たちは、驚くべき事実を発見した。新入生が「自分は大学に居場所を見つけられるか」という問いについて深く考えるワークをたった1時間しただけで、その後、3年間にわたり学習意欲が高まり、メンターと良い関係を築き、より高い成果を上げることができた。10年後には、彼らは対照群の学生よりも幸福度が高く、キャリア面でも成功していた。まさに、たった1時間が人生を変えたのだ。

 このような成果は、私たちを驚かせる。しかし、本当に驚くべきは、その根底にある心理の力だ。人が特定の状況で自分に投げかける問い(「自分は大学に居場所を見つけられるか?」)にはパワーがあり、その答えが否定的な場合は、心理的・対人的に深刻な下降スパイラルに陥る(「居場所はないかもしれない」)。しかし、良い答えにたどり着くための貴重なチャンスが、私たちには開かれている。

 この本では、広く世界を旅する。私の研究室や世界中の研究室でおこなわれた研究だけでなく、賢明な教育者や専門家、深い知恵を持つさまざまな人々、私の子どもたちや学生、さらには児童書からも私は刺激的な洞察を得た。子ども向けの本は人を励まし、考えを広げてくれる特別な力を持つものだと私は考えている。中でも、ジャクリーン・ウッドソンの『The Day You Begin(邦訳『みんなとちがうきみだけど』)』は、アイデンティティーや人種の違いといった重要な問題について難しい問いを心の中に芽生えさせ、どの年齢であっても、読者が賢い答えに気づき、世界を広く見渡せるようにやさしく導いてくれる。

 本題に入る前に、私たちが「賢明な介入」でやっていないことを明確にしておこう。私たちは学生に「君はここに居場所がある」と言い聞かせたり、その言葉をプリントしたTシャツを配ったりはしない。また、人にこちらの考えを押しつけたり、人がそうしなかった場合に非難したりもしない。

 スタンフォード大学では、親友で同僚でもあるキャロル・ドゥエックと研究室を共有している。ドゥエックは、「成長マインドセット」と「固定マインドセット」についての画期的研究でよく知られる。私は彼女らとともに、成長マインドセットについて多くの研究を重ねてきた。成長マインドセットは、私の知る限り最も重要な「賢明な介入」の一つだ。

 残念ながら、「マインドセット」という言葉はしばしば誤解されてきた。世の中には「マインドセット」を個人の責任として捉える風潮がある。高校時代に「成長マインドセットを持つべきだ」と言われた大学生はたくさんいる。まるで、学業で苦労している学生でも、成長マインドセットをハロルドの魔法のクレヨンのようにひと振りすればうまくやっていけるかのように。しかし、私たちは多くの点で「固定マインドセット」の文化の中で生きている。例えば、生徒は「特別な才能がある子ども向けのプログラム」に入れられたり、天性の能力を測るというテストを受けさせられたり、「君はすごく賢い」と言われたりする。しかし、そうした「能力は生まれつき決まっている」という文化の中では、生徒は、壁にぶつかった時に「自分は本当に頭がいいのだろうか」と不安を抱くようになる。

 社会がこうした嫌な問いを突きつけてきた時も、ただ気持ちの持ち方だけで振り払うことはできない。世の中には「ここに居場所があると信じろ」「知能は伸ばせる」「自分を信じろ」といった掛け声があふれている。信じろと言われても、不安や疑いが頭に浮かんだら、それを無視することなどできない。

 そこにはプロセスが必要だ。ドゥエックはそれを「旅」と呼んでいる。このような混乱があるため、本書では「マインドセット」という言葉をあまり使わない。また、「信じろ」という命令形も使わない。私たちが直面する疑問は正当なものだ。「ここに居場所はあるのか?」「できるだろうか?」「愛されているか?」「あなたを信じていいのか?」。こうした問いは、ある時期や状況に応じて、当然の理由があって湧き上がってくる。そうした問いの源は、私たちの文化や日々の環境にある。だからこそ、私たちはその問いに向き合わなければならない。

 そこで役立つのが「賢明な介入」である。それは、直面する問いに落ち着いて向き合える場を提供する。そして多くの場合、他者の助けによって、より良い答えへ導かれる。例えば、親しい友人が、「君が抱えている悩みや不安はごく自然なもので、君に問題があるわけではないし、前に進む方法はいくらでもある」と気づかせてくれる。そのような言葉は、最悪の事態を想像してしまうような強い不安から解放してくれる。そうした支えになる会話のチャンスは、日常の中に意外とたくさんある。そして、あらかじめそうした状況を見越し、厄介な問いが生じることを想定し、それらと真正面から向き合える場をつくれば、誰もが上昇スパイラルに乗ることができる。だからこそ、たった三つの問いが結婚生活を変え、1通の手紙が子どもの人生の軌道を修正する。そうしたドラマは外からでは見えない。だが、実のところ、魔法のように感じられる変化は、日々起きている。

 学校では、成長マインドセットのような介入が、生徒たちがよく抱く厄介な問いに対して、前向きな答えを導こうとする。例えば、生徒がテストで落第点を取った時、「自分は頭が悪いのか」と考えるかもしれない。そんな時、成長マインドセットは挑戦こそが学びの本質であると教えてくれる。生徒はこの答えを糧にして、より良い方向に進むことができる。こうしたツールを使えば、私たちは自分自身や人生のパートナー、そして地域社会をよりよくする力を持っていることに気づける。それは誰もが持つ力であり、その力は自分が思っている以上に強い。

 だが、その力には限界がある。なぜなら、すべての学校がすべての生徒に居場所を与えているわけではないからだ。差別的な学校も存在する。また、すべての教室が、生徒が安心して成長マインドセットを実践できる場、つまり挑戦し、失敗し、わからない時に手を挙げられる場になっているわけでもない。だからこそ、教育機関には、生徒たちのためにより良い環境を整える重大な責任がある。変化はさまざまなルートで進んでいく。

 パート1「スパイラル」では、「賢明な介入」を理解するために必要な基本概念を紹介する。つまり、「中核となる問いは何か?」「それはいつ生じるのか?」「どうして下降スパイラルは引き起こされるのか?」「どうすれば下降スパイラルを逆転させ、ポジティブなスパイラルに変えられるのか?」である。続くパート2「私」とパート3「あなた」では、私たちが直面する五つの大きな問いを取り上げ、それらにどう答えれば成長できるかを探っていく。具体的には、居場所(第3章)、目標を達成できるかどうか(第4章)、自分のアイデンティティーと他者からの見られ方(第5章)、最も身近な人間関係(第6章)、社会における信頼と尊敬(第7章)についての問いだ。最後のパート4「私たち」では、一歩引いて私たちがともに生きる世界を、どのようにすればより賢明で、より良いものにできるかを考える。

 私の目的は、本書自体が一つの「賢明な介入」となり、自分が抱える問いだけでなく他の人々が抱える問いも含めて、人生が突きつける問いをよりはっきり見えるようにすることだ。多くの場合、これらの問いは表には出ず、意識の下に潜んで密かに私たちを傷つけ、膿のようにたまり、悪化していく。しかし、それらを正面から見据え、表に引き出し、その仕組みを理解すれば、私たちはそれらの問いにきちんと答えられるようになる。

 本書はすべての人に向けたものだ。そして、これは科学の物語でもある。読み進める中で、理論が十分に確立している分野が存在することに気づくと思う。そこで得られた知識がどのように発展してきたかを紹介する。一方で、理論がまだ十分に発展していない分野もある。科学者たちは大変な状況に直面している人々と一緒に学びながら、その経験を取り入れて、理論の不足している部分を補い、より良い形に直そうとしているのだ。

 本書を読み進める中で、あなたは多くの人に出会うだろう。中には共感できる人もいるはずだ。彼らの状況は、あなたがよく知っているものかもしれないし、実際に経験したものかもしれない。一方で、あまり好きになれない人もいるだろう。中には、愚かな人、ひどいことをする人もいる。しかし、本書は批判するためのものではない。私たちがそれぞれ異なる立場や視点で、人生の途上で直面する問いを理解するためのものだ。問いの道筋をたどり、それがどこにつながるのかを見極め、自分自身にどう答えればよいか、そして他者をどう助けられるかを学ぶことがテーマだ。誰でも少し見識を得るだけで、より良い行動をとれるようになる。

 私たちは「変わることは難しい」「人間関係には努力が必要だ」「自己成長に近道はない」と教えられてきた。確かに、その部分もあるが、それだけが誇張されすぎると希望が持てなくなる。問題を抱えたまま動けなくなり、諦めの気持ちを抱いてしまう。しかし、私が科学の世界での経験から学んだことは、「進歩はわずかずつ積み重ねるしかない、という思い込みに縛られる必要はない」ということだ。ほんの小さな気づきや、わずかな方向転換が、私たちを広大な新しい世界へと導いてくれるだろう。


【目次】

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