その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は中山淳雄さんの『 エンタメビジネス全史 第2版 「IP先進国ニッポン」の誕生と変貌 』です。
【はじめに】
2024年3月、オックスフォード英語辞典が改訂され、新たに23の日本語由来の語句が追加された。「おにぎり」「カツカレー」「お好み焼き」「おもてなし」など外国人観光客を通じて世界に広がったと思われる言葉とともに、3つのエンタメ用語が収録された。
「mangaka(マンガ家)」「tokusatsu(特撮)」「isekai(異世界)」。いずれも日本のエンタメ史に刻まれた言葉である。
「マンガ家」は、説明する必要はないだろう。マンガは日本のエンタメが世界中で愛されるようになった原動力と言える。日本アニメ発展の母体ともなったマンガ家たちの創造力は、エンタメビジネスの核心部で輝いている。
「特撮」は、『ゴジラ』から『ウルトラマン』『仮面ライダー』などに受け継がれた撮影手法である。特撮ドラマは、アニメとともに、玩具メーカーなどをスポンサーとするテレビ番組制作というビジネスモデルを持続・発展させてきた。それは日本のエンタメにおけるIP(知的財産)ビジネスの代表である。
「異世界」は、ラノベ(ライトノベル)と呼ばれる文芸の新ジャンルのストーリー設定を意味する。主人公が異なる世界へ転移・転生・召喚する物語だ。ラノベから生まれた異世界作品は、今ではアニメや映画の原作として引っ張りだこで、日本エンタメのメーンストリームにある。
これらの言葉がオックスフォード英語辞典に収録されたことは、日本エンタメの世界的人気爆発を物語る出来事と捉えていいだろう(「anime(アニメ)」「manga(マンガ)」「otaku(オタク)」は以前から収録されていた)。
『エンタメビジネス全史』の初版を上梓したのは2023年3月。日本のエンタメ産業にとって“神風”が吹き始めた時期だった。コロナ禍で生じた「巣ごもり需要」の中で、アニメなどの日本作品が世界的に人気化していたのである。
2020~22年の異常事態を通り抜けた2023~25年は、世界から見た日本が一変した。動画配信ブームで世界中の視聴者が大量のアニメ作品にアクセスできるようになり、米国ではZ世代の5割が毎週アニメを視聴し、日本アニメは国民的スポーツのNFL(アメフト)をしのぐほど人気となる。『ドラゴンボール』『ワンピース』『鬼滅の刃』などのトップ作品のみならず、日本のアニメ/ゲーム/Vチューバーが広く世界の若者に注視されるようになった。
「Anime is eating the world(アニメが世界を食らう)」。これはシリコンバレーの超有力ベンチャーキャピタルa16z(アンドリーセン・ホロウィッツ)が2024年9月に出したレポートで使った表現である。このAnime(アニメ)とは、主として日本アニメを指す。
こうした新しい時代に向き合い、好機を捉えるには、日本のエンタメ産業がどう生まれて、何がそれを育て、現在に至っているのかを改めて振り返る必要性がある。
本書の初版は、ビジネス映像メディアを運営するPIVOTに2022年4月から連載された『エンタメビジネス大全』をベースに書籍化されたものである。けんすう(古川健介)氏の「とんでもない名著。日本にこの本があるのとないので、この国の成否を分けてしまいそう。ここ5年で読んだ本の中でダントツかも」というツイートで売れ行きに火がついて増刷を重ね、その後、韓国語版と繁体字版が出版され、現在は簡体字版も準備が進んでいる。IPビジネスを志向するアジア圏に広がり、私の代表著作になってきたところで第2版の話をいただいた。
この第2版では、近年注目の変化につながる歴史的要因についての記述を追加した。異世界作品の母体となったラノベの誕生、ゲームの遊び方の変化とメディア化、音楽の新潮流を生んだボカロPの出現などである。それらの背景にはUGC(ユーザー生成コンテンツ)という創作活動がある。
さらに、2つの章を新たに追加した。リアルエンタメとして成長を続けるテーマパーク、日本エンタメのIPビジネスを支える玩具に関する章である。
ここ数年、エンタメ産業に対しては、政策的な注目度の高まりも著しい。2023年4月、経団連は政策提言「Entertainment Contents∞2023 ~Last chance to change~」を出した。その関心事は輸出産業としての重要性である。決して多くはないグローバルに競争優位性を持つ産業として、エンタメへの期待が大きくなっているのである。
エンタメコンテンツの海外売上高は2023年で5.8兆円。10年で4倍近くに膨らみ、すでに鉄鋼や半導体の輸出額を上回り、自動車(約21兆円)に次ぐ規模である。そしてさらに大きく成長するポテンシャルがある。同提言では、現状の輸出額の大部分を担うアニメとゲームに加え、マンガ、音楽、映像などに政府としてもコミットし、海外向けに「15兆~20兆円市場を目指す」という目標が提示された。
ただし楽観的な見方ばかりではない。同提言では、韓国や中国のエンタメ産業が官民連携を背景に成長していることを踏まえ、日本の現状について「機会損失により韓国・中国の後塵を拝し、世界シェアは減少傾向にある」と断じている。
この踏み込んだ提言に対して、政府も機敏に反応し、すぐにエンタメの官民連携の在り方を刷新する発信がなされ、2024年9月には「コンテンツ産業官民協議会」が発足した。経団連が2024年10月に追加で出した提言書では、「コンテンツ省(庁)」の新設や年間2000億円規模の予算投下など、さらに踏み込んだ内容が盛り込まれた。
こうした国内外の動きもあり、エンタメに関わる人口は急拡大している。
エンタメに関わる方々には、その産業としての成り立ちや発展の歴史を知っておいてほしい。日本がIP先進国へと発展した過程は、創造のヒントに満ちている。
また、ファンとして、アニメ/ゲーム/マンガ/映画/スポーツなどを楽しむ方々にとっても、そのビジネス化の歴史は面白さにあふれていると思う。
エンタメビジネスの歴史が、日本人の基礎教養として広がれば、と願っている。
2026年2月
中山淳雄
【目次】







