その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は高津尚志さんの『 世界の経営幹部はなぜ日本に感化されるのか 伝統文化の叡智に学ぶビジネスの未来 』。「プロローグ」の一部を抜粋してお届けします。
【プロローグ】
トップビジネススクールが、いま日本からなにを学ぼうとしているのか?
禅、生け花、合気道、日本酒──。
これらの文化は、そもそも日本で生み出されて、あるいは日本に伝えられて日本に根付き、長い年月をかけて日本で洗練されていったものである。
さて、これらは、一部の限られた人々の趣味や嗜(たしな)みとしてのみ、受け継がれていくべきものだろうか。
あるいは、日本を訪れる多くの旅行客を魅了し、ひと時の驚きや感動をもたらす、観光資源として愛(め)でられればよいものだろうか。
そうではない、と私は考える。
これらは、難しいこの時代を生きる世界中の私たちに、代替的な在(あ)り方・生き方・歩み方を示してくれる、豊かな智慧(ちえ)の源泉だ。
それは個人の在り方・生き方から始まり、チームや組織の導き方、ライバルとの対峙の仕方、苦難との向き合い方、社会や環境との共存の進め方に至るまで、実に多様で豊富で、応用可能な教訓を与えてくれるものだ。
これらの教訓は、少なくともこの数十年、この世界、特に経営や経済の領域で私たちの多くが学び、支えにしてきたものとはどこか違っているところもあり、だからこそ、私たちにオルタナティブ(代替性)を提供しうるものとなる。
西洋社会に疲れや行き詰まりが感じられ、ビジネスやマネジメントに有効とされていたツールや考え方が通用しなくなった、という声をよく聞く。マクロに見れば、私たちは、1つの会社や1つの国に閉じた形では解決できない、さまざまな問題に直面している。
G7、G20からCOP29などの国際連携、あるいは国際機関も、解の創出と合意に苦しんでいる。そもそも国際的な枠組みそのものが地殻変動的激変に直面している。
ミクロに見ていくと、私たちの日常は加速的なシステム化の渦中にある。さまざまなクラウド型システムやマネジメントアプリと向き合わないと仕事にならない。しかし、これらが本来生み出すはずの便益を得るには、システム活用の習熟と日常的な更新、そしてさまざまなセキュリティやコンプライアンスの仕組みとの格闘を強いられる。
イスラエルの歴史家、ユヴァル・ノア・ハラリは、『サピエンス全史』(河出書房新社)で、農業が人間を家畜化した、と記した。私たちはいま、本来、効率化を通じて私たちを解放するはずだったITシステムの家畜に成り下がりつつある。映画「マトリックス」の悪夢のようだ。
その中で、私たちのウェルビーイング(well-being)が、蝕まれていく。
私たちは、なかんずく企業を含む組織の経営に携わるリーダーは、外部環境がいかに変化しても、冷静さを保ち、価値のある判断をし、行動を重ね、家族、仲間、同僚やステークホルダーとともにできることに取り組み、希望を生み出す責務を背負っている。
しかし、そのための適切な道具を、私たちは持てているのか。自問する必要がある。
「人生を変える智慧」を実践で体得する
この本の目的は、「難しいこの時代を生きる世界中の私たちに、代替的な在り方・生き方・歩み方を示してくれるもの」としての、日本の文化に潜む思想や方法を明らかにし、より実践に近づけることにある。そのための大事な取り組みを行う機会を得た。
2023年5月のこと。世界各国、30名の経営幹部が東京に集った。
スイスのビジネススクールIMDによるエグゼクティブMBA(EMBA)プログラム。その一環となるグローバル・イマージョン・ジャパン(Global Immersion Japan=GIJ)──。
参加者は後日、GIJに関し、それぞれのSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)で、以下のような感想を記してくれた。
日本でのGIJの経験は、日本の文化、経済、ビジネス慣行に対する深い洞察のきっかけとなり、私のプロフェッショナルとして、また個人としての成長に消えない影響を残した。
(スイス国籍、起業家〔スイス勤務〕)
アニメ、マンガ、ラーメン、寿司といった表面的な文化を飛び越え、おもてなし、生け花、座禅、玉心、徳、匠の技といったユニークなコンセプトを発見する機会となった。この旅の全体が、私たちが最高の自分になれるよう、そして周囲の人たちと価値を共に創出することができるよう、注意深く設計されていた。私自身の重要な学びは、価値ある変革をつくり出すには、啐啄(そったく)同時、つまり内からの力と外からの力の両方が必要ということだ。
(英国籍、国際機関の最高財務責任者〔ベルギー勤務〕)
多くの参加者が、「人生を変える経験」となったと語ったり、記したりしてくれた。
日本での経験のあと、生け花を学び始めた人もいる。彼らが得たインスピレーション(感化)やインサイト(洞察)こそが、日本の文化に蓄えられた代替的な思想や方法が、「難しいこの時代を生きる世界中の私たちに、代替的な在り方・生き方・歩み方を示してくれるものである」可能性を物語っている。
彼らは、それらの教訓を単なる座学や読書で完結する(したがって、「わかった気にはなる」が「本当に血肉化されない」ことが多い)形ではなく、実際に座る、生ける、組む、飲む、きく、といった身体性を伴う行為を通じてまさに「体感する」ことができた。
また、自分の中に生まれるさまざまな問いを、いまを生きる禅僧や師範、匠(たくみ)など熟達者と対話することを通じて「省察する」こともできた。
だから、繰り返しの練習や習慣化ができれば、「体得する」ことができるだろう。
そうすれば、これは、という場面において、「活用する」こともできるだろう。
この手ごたえを、さらにより多くの方々に伝えたいと思い、本書を記すこととした。
(以下略)
【目次】






