その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は財津和夫さんの『 大丈夫さ 私の履歴書 』です。巻頭エッセー「ユーチューブ」をお届けします。

【ユーチューブ】

 ユーチューブを見るのがやめられない。何を見るかというと、国内外の音楽家が演奏している動画だ。どれを見てもみな素晴らしい。自分にもこんな音楽的才能があったらなあ、こんな音楽的知性があったらなあと、悔しさとジェラシーを募らせる。

 気がついたら二時間も三時間もすぐに過ぎている。時計をちらっと見てあすの予定もあるからそろそろ寝なきゃと床についても、さっきまで見ていた映像が頭の中をぐるぐる回り、またジェラシーで意識がさえわたる。まんじりともしないまま、空が白みはじめることもしばしばだ。

 若い頃なら「追いつき追い越そう」と発奮する材料になるだろう。でもこの歳(とし)になると、自分の実力はよくわかっているし、これから成長できるとも思えない。行き着く先はないのだから、健康にいいわけがない。でもやめられない。ジタバタし続けている。

 若い頃の作品を聴き直し、下手だなあと恥ずかしくなることがある。今ならもっと完成度の高いものを作ることはできるだろう。とはいえ若い頃の作品には、無知だからこそ生まれる自信がみなぎっている。ヘタウマであっても、その時代でしか出せない魅力がある。今はないものだ。

 五十年以上音楽を仕事にすることができて、ラッキーだった。デビュー当時は、バンドのような仕事はせいぜい数年で終わるというのが常識だった。ビートルズに憧れて始めた、既存の歌謡曲と違う「自分で作って歌う」スタイルが続いた理由かもしれない。実力以上に評価され、支持してもらえたという思いがある。

 後に詳しく触れるが、私のバンド、チューリップは「私の小さな人生」というシングルレコードでデビューしている。この録音を終えた途端、四人のメンバーのうち二人が脱退したという意味で、「幻のデビュー曲」といわれる作品だが、ここで歌った「死んで行くその日まで/歌を歌って生きて行きたい」という目標には近づいている。

 振り返ると、恋愛は別にして、絶対やりたいと思ったことは実現できてきたように思う。遠い未来をイメージしたことはない。せいぜい数日、数カ月先の課題に全力で取り組む日々だった。困難な状況にあっても、目の前の課題をひとつずつ片付けてきたことが今につながっている。

 シングルが一枚出せて、「俺の夢はこれで終わっていい」とすら思ったが、バンドを作り直して上京し、今度はアルバムを作るという夢が達成できた。三年くらいは頑張ろうと思っていたら、さらに先が開けた。そんな繰り返しが、八年になり、十年になり、やがて五十年になった。

 今はチューリップ時代に私と二枚看板だった姫野達也とコンサートで全国をめぐっている。思い切りわがままに、若い頃に夢中になった自分たちが歌いたい海外アーティストらの曲と、お客さんが聴きたいであろうチューリップの曲を演奏するという構成で、どこでも温かく迎えてくれるのが本当にありがたい。

 バンドの崩壊や、信じていた人間からの裏切りなどつらい目にも遭った。病気もしたし、音楽への意欲を失ったこともある。それでも曲を作り、歌うことができてきたのだから、これでよかったのだろう。そんな私の半生をめぐる「心の旅」に読者の皆さんをお連れしたい。

【目次】

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