その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は辰野勇さんの『 経営と冒険 辰野勇 私の履歴書 』です。
【はじめに】経営と冒険
古希過ぎてアルプス登頂
2024年9月、5年ぶりにスイスの山々を巡ってきた。前半はアイガーの麓にあるグリンデルワルト、後半はマッターホルンの麓のツェルマットに滞在。ヘリに乗ってマッターホルン山頂付近を飛行するなど、旧知の友人や地元の人たちから濃厚な歓迎を受けた。これらの村は私にとって第二の故郷のような場所だ。
55年前の1969年、21歳の私は岳友の中谷三次(さんじ)と2人でアイガー北壁に挑み、1泊のビバークで登り切った。アイガー北壁は高低差が1800メートルある岩壁だ。日本人では1965年に高田光政さんが登っているが、同行の登山家が墜死されており、無事完遂して生還した日本人としては初だった。また、当時としては最短時間、私は最年少での登攀(とうはん)記録だった。
登頂した時、眼前に広がる氷河の先にアルプスの美しい山脈があった。そこに次なる目標が見えた。マッターホルンである。アイガーから下山後、2人でツェルマットに出向いてマッターホルン北壁を登った。
2つの村には現在、私が立ち上げたアウトドア用品メーカー、モンベルの店舗を開設している。コロナ禍前までは毎年のように訪れていた。古希を過ぎ、麓から山々を眺めるうち、「もう一度、あの頂に立ってみたい」という思いが募った。とりわけそびえ立つ姿が素晴らしいマッターホルンには心を動かされた。
親しいツェルマット観光局長のダニエル・ルッケン氏はそんな気持ちを察したのかもしれない。北壁の登頂から50年となる2019年、「一緒に登らないか」と声をかけられた。72歳になる直前、2度目の登頂に挑んだ。ダニエルとともに地元のガイド協会の会長とその弟が付き添ってくれた。高山病の症状が出たが、岩場を安全に登る基本である3点支持(4つの手足のうち3つで体を支えること)を徹底して岩壁をよじ登り、頂上に立つことができた。
2024年7月で77歳になった。幸い、体は丈夫で、モンベルが関わる「SEA TO SUMMIT」というイベントには必ず出向いている。これは山の麓の海や川でカヤックを漕ぎ、自転車に乗り換えて登山口まで走り、その後歩いて山頂を目指す催しだ。今も参加者と一緒に汗を流す。10月にも兵庫県と長野県で開かれた催しに参加した。
自分で選んだ道、苦労を楽しむ
振り返れば、半世紀以上、アクティブな生活を続けてきた。10代からロッククライミングに明け暮れた。28歳の誕生日翌日に創業したモンベルは多くの方の支持を得て、グループの売上高1500億円、登録会員120万人を超える企業に成長した。2025年で創業50年になる。
経営者という立場になってもカヤックで困難な川下りに挑んだり、世界の秘境に出向いたりしてきた。冒険、起業をしてきた経歴から、死にそうな体験や苦労を数多くしてきたように見られる。しかし、「死ぬかもしれない」と思ったことは正直ないし、自分で選んだ道なので仕事の苦労は楽しんできた。
誰もが自分なりの居場所を探しながら生きている。私も同様だ。ただ、日本人には珍しいと言われる冒険心や経営の様々な決断の背景などを話してほしいと頼まれる機会が増えた。冒険と経営をどのようにしてきたのか。
本書は、2部構成になっている。第1部は、2024年11月1日から日本経済新聞に連載した「私の履歴書」。そして第2部は、新聞連載には載せきれなかった原稿、あるいはこれまで書き溜めてきたものを収録した。
本書を通じて、私の居場所探しの旅にお付き合い願いたい。
2025年4月 著者
【目次】






