その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は山中浩之さんの『 ソニー デジカメ戦記 もがいてつかんだ「弱者の戦略」 』です。

【はじめに】デジカメ市場でサバイバルに成功したソニー

 カメラはスマホ、と言っても事実上差し支えない時代になった。

 スマートフォンは「一人一台」「いつでも持ち歩き」「動画も静止画も撮れて」「ネットで共有・配信できる」という、とんでもない道具であり、2007年6月に米国で初代iphoneが発売されて以来、デジタルカメラの市場を猛然と食い荒らしていく。

 マーケットの急減に次ぐ急減は、14ページの図(編注:この本文下部に収録した図1)を見れば一目瞭然。デジタルカメラ時代を拓いたカシオ計算機を初め、多くのデジカメメーカーが相次いで撤退した。

 だがソニーのデジカメは、そんな死屍累々の状況下で輝いている。

 レンズ一体型のコンパクトデジカメ「サイバーショット」で一世を風靡したソニーのデジカメは、スマホの襲来で大ダメージを受けたが、高付加価値の製品にいち早くシフト。中でもレンズ交換式デジカメ「α」シリーズは、小型軽量の「ミラーレス一眼(以下ミラーレス)」を10年から展開。そして13年からは「35ミリフルサイズ(以下フルサイズ)イメージセンサー」を搭載するミラーレス「α7」シリーズを発売して、当時、圧倒的に高性能だった「デジタル一眼レフ」と激烈な戦いを繰り広げる。そして5年後、ソニーはレンズ交換式カメラで世界市場シェアトップを達成。現在、デジカメ市場の中でミラーレスは、唯一成長を続けるゾーンとなっている。

逆襲のシナリオ「A1プロジェクト」

 この「ソニーの逆襲」にはシナリオがある。13年4月に社内で宣言された「A1プロジェクト(アルファ・ナンバーワン・プロジェクト)」だ。

 シナリオライターは石塚茂樹・元ソニーグループ副会長。上司の無茶ぶりをきっかけに「デジタルマビカ」を開発し、それが世界的に大ヒットしたことで、サイバーショットの草創期から短期間の中断を挟んで約四半世紀、ソニーのデジカメをずっと育てることになった人、である。

 デジカメ、というジャンルが生まれた時代ならではの、勢い任せというか「これぞソニー」と手をたたききたくなるような百花繚乱(ひゃっかりょうらん)の新型機の企画・発売が続いた時期から、効率と利益を重視する、大企業のビジネスとしての洗礼を受けた雌伏期へ。そしてサイバーショットがスマホに大打撃を受けることを予測して、限られた戦力を高付加価値商品に集中する決断。石塚氏の語る「デジカメ戦記」は、どこを取ってもビジネススクールの素材になりそうなくらい示唆に富んでいる。

 特に、ミラーレスの開発とそのブランド育成は非常に興味深い。ソニーはミラーレスに先行して、06年にコニカミノルタからカメラ部門を事業継承することでデジタル一眼レフ市場に参入していたのだが、高級カメラの世界では「ソニー」のブランドが通用せず、長年不振に喘いできた。ならば、どうしてフルサイズミラーレスでは成功できたのか。その背景を、石塚氏は率直に語ってくれた。

少年の心はまだあるか

 一方でこのデジカメ戦記は、やんちゃな少年のようだったソニーが、多くの試練を経て分別のある大人になっていく過程でもある。今やソニーのデジカメには「やりたいからやる」八方破れの商品はすっかりなくなり、デザインも王道。そして価格帯も大幅に上がった。それが支持されているのだから、ビジネスとしては文句の付けようがない。ないのだが、ど真ん中を歩む今のソニーの中には、もう少年の心は残っていないのだろうか。昭和生まれの会社員のノスタルジーかもしれないが、中にいる人はどう思っているのだろう。このあたりも石塚氏に真正面から聞いてみた。

 昭和から平成を過ぎ、時代は令和、21世紀。一時の低迷期から完全に脱出したかに見えるソニーは、10兆円近い売上高(2021年度)の大半をゲーム、音楽、映画、半導体、そして金融で稼ぎ出す企業となった。

 その中で、「静止画・動画カメラ」の売上高は4148億円(同)にとどまるが、利益への貢献はもちろん、ユーザーが自ら触り、撮影する道具、現実に存在する「モノ」として、強い信頼・愛着を勝ち取る使命を負っている。「SONY」の4文字は、ディスプレイやスクリーンで見るのもいいが、製品に付けられたときには格別な意味があるはずだ。

仕事で、モノづくりで、幸せになるには

 作り手の誇りが込められた製品は、ユーザーには愛着を、企業には利益を、そして作り手の人生には生きる喜びを与えてくれる。そんな製品を世に送り出すための具体的な方法論も、石塚氏は惜しみなく見せてくれた。

 ネットワーク、サブスクリプション花盛りのこの時代に、モノづくりの仕事の面白さ、難しさ、携わる喜びを聞く機会を得られたのは、本当に幸運だったと思う。コロナ禍がまだ収束しない時期だったため、オンラインでのインタビューが中心になったが、その不都合さを全く感じない、熱気あふれる話が次々と出てきた。ライブ感そのままに、対話形式でお送りする。

 初めて語られるソニーのデジカメ部隊のインサイド・ストーリー、どうぞご一緒に。

日経ビジネス シニア・エディター
山中 浩之(編集Y)

(図1 本書14ページ収録)
(図1 本書14ページ収録)
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