その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はバスケットボール男子日本代表をヘッドコーチとして率い、7月のパリ五輪に挑むトム・ホーバスさんの『 スーパーチームをつくる! 最短・最速で目標を達成する組織マネジメント 』です。

【はじめに】

 試合終了のブザーが鳴る少し前から、沖縄アリーナを埋めたファンはすでに総立ちとなっていました。日本80点、カボベルデ71点。バスケットボール男子日本代表が48年ぶりとなる自力でのオリンピック出場を決めた瞬間、私は立ったまま頭の後ろで両手を組み、笑顔の選手たちの姿を目に焼き付けていました。

 ともに戦ったコーチ陣と抱き合い、ようやく緊張から解き放たれました。選手一人ひとりと握手や抱擁をしながら、感謝を伝えました。日本のバスケットボールと関わりを持って30年以上になりますが、今まで味わったことのないほどの熱気でした。アリーナの雰囲気は信じられないくらい素晴らしかった。日本代表のイメージカラーである赤一色で染まった会場から、途切れることのない歓声と拍手が私たちに注がれました──。

 2023年9月2日。私たちがワールドカップ最終戦で勝利した時の興奮と安堵の感情は忘れられません。「アジアの出場国で1位になってパリオリンピックの出場権を獲得する」。それは私が男子日本代表のヘッドコーチになってから選手たちと決めた目標でした。今までヨーロッパ勢に勝利したことのなかった日本は予選ラウンドで、世界ランキングではすべて格上になるドイツ、フィンランド、オーストラリアと同じグループに入りました。「死の組」といわれた困難なグループでフィンランドから歴史的な1勝を挙げ、続く順位決定ラウンドでも2連勝を飾り、何とか目標を達成することができました。

 歓喜に沸くロッカールームで、私は選手たちに日本語でこう伝えました。「ヘッドコーチに就任した時から『アジア1位になること』を信じているか、とみんなに聞いてきました。みんなは『イエス』と言った。最高です。この経験を忘れないで。これからスタンダードをつくります」

 高い目標を掲げ、それに対してみんながコミットする。選手たちは努力を積み重ね、特定のスター選手に頼らない「スーパーチーム」になりました。日本バスケットボールに新たな歴史を刻んだ彼らを、私は心から誇りに思っています。

 ただ一方で、あの瞬間から次のチャレンジは始まっていました。約11カ月後のパリオリンピックで、ワールドカップで勝ったチームより高いレベルの相手に勝利しなければ、本当の意味で世界を驚かせることはできません。だから、このワールドカップを戦ったチームのレベルを土台にして、これからより高いスタンダードをつくっていくのだと選手たちに伝えました。

 女子日本代表を率いた2021年の東京オリンピックでは、日本バスケットボール史上初となる銀メダルを獲得することができました。間違いなく歴史を変える快挙でした。しかし、私たちは金メダル獲得を目標に掲げていました。「絶対に勝つ」と信じていたアメリカに決勝で敗れた時、私はショックに打ちひしがれました。

 それでも、メダルセレモニーに向かう選手たちを見て、感情は変わりました。できることをやり切った彼女たちの幸せそうな笑顔を見ていたら、金メダルを取り損ねたのではなく、銀メダルを勝ち取ったのだというマインドになったのです。

 幸運にも男女の日本代表で結果を残すことができ、私の組織論やリーダーシップ、コーチングに多くの方々から関心を寄せてもらえるようになりました。複数の版元から書籍の出版依頼も届きました。その中で、今回、この本を日経BPから出すことにしたのは、バスケットボールファンだけでなく、ビジネスパーソンを中心とした幅広い層に読んでもらえる内容にしたいという思いを共有できたからにほかなりません。

 現役時代はトヨタ自動車で働きながら日本リーグでプレーし、そこからNBAに挑戦してアトランタ・ホークスに入団することができました。引退後、バスケットボールから離れていた私に、プロコーチとしてのキャリアを与えてくれたのも日本でした。だから、日本のバスケットボール界に恩返ししたいという気持ちが強くあります。

 私はバスケットボールを日本のメジャースポーツにしたい。野球やサッカーのように、子どもも大人も、男性も女性も、見て楽しみ、プレーして楽しむスポーツにできると思っています。もしパリオリンピックで私たちが今までにない成果を出すことができたら、日本のスポーツ界に大きな影響を与え、メジャースポーツへの一歩を踏み出せるはずです。

 パリオリンピックの目標は、今まで日本代表が到達したことのない「8強入り」と定めました。道のりは険しいです。ワールドカップ優勝国のドイツ、オリンピック開催国で東京オリンピック銀メダルのフランス、そして世界最終予選を勝ち抜いた1カ国とのグループステージを突破するためには、当然ワールドカップ以上のパフォーマンスが必要になってきます。ただ、アスリートは高い頂を目指すからこそ、成長できるのです。私たちの「天井」はまだまだ高いところにあります。

 この本の構成はバスケットの試合と同様に4つのクオーターに分けました。第1クオーターでは私の哲学やビジョンについて、第2クオーターでは強い組織のつくり方、第3クオーターでは進化し続けるコーチングのあり方、第4クオーターでは沖縄のワールドカップを振り返りながら私たちが逆境にどう立ち向かっていったかを紹介します。

 バスケットボールのチームづくりが必ずしも、ビジネスの世界にすべて当てはまるわけではないでしょう。しかし、人間と人間の営みですから共通点も数多くあると思っています。どれだけ読者の皆さんの参考になるかはわかりませんが、私や日本代表チームの経験を通じて、昨日より今日、今日より明日と、少しずつでも成長しようと思っている皆さんの背中を押すことができれば幸いです。

 よくメディアから、チームづくりやコーチングで一番大事なことは何ですかと聞かれます。私は「一番大事な」という質問があまり好きではありません。すべての練習に意味があるし、試合中のあらゆる動きにはつながりがあるからです。一番を決めることはとても難しい。

 それでもあえて言うなら、「ビリーブ」という言葉に尽きます。選手を信じること、チームを信じることができなければ、より強大な相手に立ち向かうことはできません。そして互いを信じるために大切なのは、噓をつかないことです。良いことも悪いことも、私は彼らの目を見て、正直に話します。甘い言葉で本当の気持ちをごまかして、自分が思っていることとは違う内容を伝えてしまったら、選手は決してついてきません。

 そのようなことは、ビジネスリーダーにとっても当たり前のことかもしれません。ただ、私は当たり前を徹底することはとても難しいと感じています。人を自由自在に操る魔法の言葉や、チームが急に強くなる特効薬はありません。日々の地道な練習を積み重ねるしかないのです。

 私のこれまでの経験や思考、そして日常で考えていることや実践していることが皆さんの成長の糧になるなら、こんなにうれしいことはありません。

 それでは試合を始めましょう。ティップオフの時間です!


【目次】

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